第十二幕 妖婆黒刀自の逆襲、ギヤマン御殿に仕組まれた恐怖の罠
ギヤマン御殿にたどり着いた晴明たちは、遂に妖婆黒刀自と更科弾正との決戦を迎えようとしていた。
すると、兵馬は刀を抜いてギヤマン御殿の門を一刀両断し…雪崩れ込むかの様にギヤマン御殿の屋敷へ突入して辺りを見回すが、しばらく様子を伺うと物音に反応した弾正の手下が数人現れ…屋敷内に侵入者が忍び込んだとの連絡を受けた更科弾正が晴明たちの前に姿を見せ、互いに対峙しながら宿命を掛けたギヤマン御殿での最後の戦いが今始まろうとしていた。
「お前がギヤマン御殿の主・更科弾正なのか…。」
『如何にも我は更科弾正だが、そう言うお主は何者だ…。』
「我が名は陰陽師・安倍晴明と申す者…。この御殿に捕らわれている仲間を助けに来た…。」
『その様な者は此処には居らぬ…。』
「嘘をついても無駄だ…。更科弾正、貴様は妖婆黒刀自と言う妖術使いを知っているな…。」
『何の事だかさっぱり分からんな…。』
「そこまで知らぬ存ぜぬを貫き通すと言うのであれば、こちらだって黙っている訳にはいかないな…。」
すると晴明は、右手で印を結んで術を唱え…しばらくすると晴明の周りに複数の式神が現れ、妖婆黒刀自が隠れている裏木戸の陰に式神が見つけたのである。
「妖婆黒刀自、そこに隠れているのは分かっている。潔くその姿を現すがいい…。」
すると、裏木戸の陰から妖婆黒刀自がゆっくりと姿を現し…不気味な雰囲気を漂わせながら晴明たちの前に現れたのであった。
『ひゃっひゃっ…。とうとう見つかっちまったみたいだね…。さすがは安倍晴明と言いたいところだけど、お主が探している飛鳥と申す娘は既に我等の下部として働いて貰っておるぞよ…。』
しかし、そこに居た飛鳥は全くの無表情で晴明たちを見つめていたが…晴明は飛鳥の姿に異変を感知していたのである。
「飛鳥どのっ…。」
晴明は必死になって飛鳥を呼び続けたが、飛鳥は晴明の呼び掛けには反応する事はなかった。
「さては黒刀自め、飛鳥どのに何か細工を施しやがったな…。」
正親は黒刀自が飛鳥に何らかの細工を施したのではないかと推察するが、その原因すら特定する事は出来なかったのである。
「飛鳥どのに、いったい何があったのでしょうか。」
「分からない…。とにかく今は妖婆黒刀自と更科弾正を倒す事に集中するしか道はなさそうだな。」
「それに、赤目の権次と言うゴロツキの頭始め…約三十人くらいの手下も居るらしいから、相当気を引き締めて挑まないと苦戦を強いられてしまうぞ…。」
「晴明様、何やら良からぬ事が起きそうな予感がしてなりません…。」
「晴明、もはや悩んでいる場合ではないぞ…。」
すると晴明は、何か吹っ切れたかの如く自分自身に檄を飛ばしていき…奮起を高めていった。
「みんな、私はこれまでとは違い…不貞の輩を退治するのが我が使命だと考えてきた。だが、これからはそんなのを打ち捨てて…邪悪なる者に忠誠を誓う者には容赦せぬ所存。如何なる相手がどんな手段を講じようとも、この安倍晴明…悪鬼羅刹となって悪を滅ぼしてしんぜよう。」
「晴明、俺も力の限り奴等を倒し…飛鳥どのを助ける。」
「決戦は一度限り…。逆らう者がいれば容赦なく斬り捨ても構わぬぞ…。」
正親は晴明たちを励ますかの如く、それぞれの士気を高めて更科弾正と妖婆黒刀自との決戦を開始しようとしていた。
『ええい、どいつもこいつも愚かな輩共め…。構わぬ、一人残らず斬り捨てぃ…。』
弾正の一声で赤目の権次を含め、多くの手下が晴明たちに一斉攻撃を開始したが…多勢に無勢の状況の中、晴明たちは縦横無尽の活躍で赤目の権次以下三十人の手下をあっという間にやっつけ…残るは弾正と妖婆黒刀自のみとなっていた。
「あとは更科弾正と妖婆黒刀自のみ…。」
「そろそろいい加減に観念したらどうだ…。」
しかし、あくまでも抵抗を続ける弾正と黒刀自は最後の切り札として飛鳥に晴明を殺す様に差し向けていったのである。
『冗談じゃない…。そう簡単に降伏する我々ではない。』
『かくなる上は飛鳥に晴明の命を奪うしか方法があるまい…。飛鳥、奴の息の根を止めてしまえっ…。』
しかし、飛鳥は黒刀自の命令を無視し…息を殺しながら不気味な笑い声が屋敷中に響き渡っていった。
「ふふふ…。ふはは…。」
『な、何が可笑しい。』
「何が可笑しいって、てめぇ達が本物の飛鳥どのと勘違いして捉え…それに全く気付かないてめぇ達の間抜け面に思わず笑っちまったんだよ。」
『ま、間抜け面とは無礼だぞ…。その方、自分がどの様な立場にあるのかまだ分かっておらぬ様だな。』
「ったく、まだ気付かないのか…。俺様の変装術を見抜けない様では、貴様たちも相当の間抜け連中だな…。」
『ま、まさか…。』
「そのまさかだよ…。」
妖婆黒刀自の傍にいる飛鳥は、実は晴明が変装していた姿であり…飛鳥の危機を察知した晴明は得意の変装術で飛鳥に化けて、飛鳥は晴明の顔を型取った覆面を被せ…更に飛鳥の腕に填められていた紅孔雀の腕輪には晴明の声が式神を通して遠隔操作によって話せる仕掛けになっていたのであった。
そして、飛鳥に変装していた晴明は…空中回転しながら正親たちの下へ戻り、自ら正体を明かして妖婆黒刀自の悪事を暴いたのである。
「妖婆黒刀自、貴様は婆沙羅将軍の片腕である妖魔元帥の命令で飛鳥どのを誘拐し…髑髏葛の煎じ薬で仲間に引き込もうと画策していたんじゃないのか…。」
『な、何を馬鹿な事を…。そんな根も葉も無い言い掛かりを申すとあらば、何か証拠でもあるのであろうな…。』
「この期に及んで証拠を見せろと言うのか…。ならば仕方があるまい。」
すると晴明は、懐から髑髏葛の煎じ薬の粉末が包まれていた赤い薬包紙を黒刀自に差し出したのだった。
『そ、その薬包紙は…。』
「お前が俺に飲ませようとした髑髏葛の煎じ薬が入っていた薬包紙だ。てっきり髑髏葛の煎じ薬を飲んだと貴様は思っていたかも知れないが、あの時俺は影に隠れて髑髏葛の煎じ薬をある方法を用いて吐き出したのさ…。」
『だが、確かにあの時…あたしの目の前で髑髏葛の煎じ薬を飲んで既に悪鬼の心となっておる筈じゃ…。それに、あの時確かに正真正銘の飛鳥である事はこの目ので確かに見ておったぞ…。』
「だが残念だったな…。正真正銘の飛鳥どのはお前たちの目の前に居るぞ…。」
すると、晴明の覆面を被った飛鳥が黒刀自の前で正体を明かし…それを見た黒刀自は思わず目を疑い、正親たちも驚きの様子を隠せなかった。
「あ、飛鳥どの…。」
「いつの間に…。」
「晴明、これはいったいどうなっていると言うのだ…。」
「導満、詳しい話は後だ…。今は妖婆黒刀自を倒すのが先決だ…。」
『ええい、小賢しい連中め…。こうなったらお前たち纏めて地獄へ送ってやる…。』
すると黒刀自は、大きな数珠を天に翳して術を唱え…晴明たちを窮地に追い込もうとしていた。
『我が妖術の恐ろしさ、思い知るがいい…。』
黒刀自の妖術を唱え終えると、周りが一瞬にして暗闇の空間を作り上げ…晴明たちの身体を金縛り状態に陥らせ、身動き出来ない状況まで追い込ませていったのである。
「し、しまった…。」
「おのれ黒刀自め…。妖術で動きを封じるとは卑怯だぞ…。」
『ひゃっひゃっ…。卑怯もへったくれもあるものか。貴様たちが苦しみながら死に絶える姿が目に浮かぶわい…。さぁ、そろそろ仕上げの段階へと参ろうかのう…。』
もはや黒刀自の術中に嵌まった晴明たちは、まさしく背水の陣に陥った状況まで追い込まれていった。
が、しかしこのあと晴明たちも予想だにしなかった奇跡が起きようとしていたのであった。
『晴明様に指一本触れさせる訳には参らぬ…。』
突如晴明たちの前に金色の光が放ち、そこに現れたのは見慣れぬ装束を纏った三人の若者が黒刀自の妖術を破り…再び晴明たちは金縛りの呪縛から解放されたのである。
『だ、誰だお前たちは…。』
『我等は晴明様を御守りする為に遣わされた仙界護衛隊である。』
『婆沙羅将軍に加担する不貞の輩め、晴明様に傷を付けるなど断じて許さぬ…。』
『今こそ我等の力、思う存分天の裁きを受けるがいい…。』
『お、おのれ身の程知らずめ…。仙界護衛隊だか何だか知らないが、我等に邪魔立てする者は容赦せぬ。』
黒刀自は再び妖術を繰り出して仙界護衛隊に攻撃を仕掛けていくが、仙界護衛隊はひらりと黒刀自の攻撃を避けながら一瞬の早業であっという間にやっつけてしまったのであった。
「あの者たち…今まで見た事のない技を繰り出しながら黒刀自をやっつけてしまったぞ…。」
「いったい何者なんでしょうか…。」
「確か、仙界護衛隊とか言っていたな…。」
「晴明、あの者たちに心当たりはあるのか。」
「いや…。だが、あの者たち何処かで見た記憶があるんだが…全く思い出せない。」
すると、仙界護衛隊の一人が晴明に近寄り…自分たちはかつて仙界と魔界との戦いの折、辛うじて生き残った太公望の命を受けて晴明に助けを求めるよう遣わされたと話していった。
「何っ、太公望殿が私に助けを求めてきたと申すのか…。」
「太公望様は仙界を滅ぼした冥府十神を倒そうと力の限り戦いましたが…その中でも圧倒的な魔力を誇る妖魔元帥に敗れ、その後太公望様は難を逃れて神泉境と呼ばれる神の領域へと身を隠されたので御座います…。」
「まさか、そんな事があったなんて…。さすがの太公望殿も、妖魔元帥には敵わなかったと言うのか。」
「御意…。今では太公望様は全ての霊力を失い、完全に霊力が回復するまでは…とても動けない状況にあるのです。ですから、どうしても晴明様のお力が必要なのです。」
「我々仙界護衛隊だけでは冥府十神を倒すのはとても不可能で御座います。」
「どうか、太公望様の為にお力添えを願い奉ります…。」
すると晴明は、しばらく考え込んでから仙界護衛隊に陰陽師としての威厳を損なわない為にも…身分を超えて共に婆沙羅将軍や冥府十神を倒す事を約束していったのである。
「分かりました…。及ばずながら、この安倍晴明…太公望様と共に戦う事をお誓い致しましょう。」
「ありがとうございます。これで、太公望様もさぞお喜びになられましょう…。」
「晴明様、恐らく奴等は太公望様の命を狙っているのかも知れません…。一刻も早く太公望様にお会いになられた方がよろしいかと…。」
「そうだな…。それより、気になるのは弾正の処分をどう裁くかだ…。」
と、その時だった。
突然弾正の様子が豹変し、何かに憑依された雰囲気に包まれた形でいきなり晴明たちに襲い掛かってきたのであった。
『ふはは…。よくも我を殺してくれたな。だが、そう簡単に諦める黒刀自ではないぞ…。』
「ま、まさか…。」
「黒刀自の奴め、弾正に憑依しやがったな…。」
「どうする、晴明…。」
「どうするもこうするも、完全に黒刀自の魂を弾正から引き離さないと大変な事が起こるぞ…。」
「晴明様、此処は一つ私にお任せ願いませんでしょうか…。」
「飛鳥どのが…。」
「私ならあの者の身体から黒刀自の魂を引き離す事が出来るかも知れません。」
「晴明殿、此処は飛鳥どのを信じるしかありませんぞ…。」
兵馬は飛鳥が弾正の身体に憑依した黒刀自の魂を必ず離脱させると晴明を説得させ、それを聞いた晴明は飛鳥に全てを託そうとしていた。
「飛鳥どの、決して油断召されるな…。相手は名うての妖術使い。どんな卑劣な手段を講じるか分からないから、心して戦われよ。」
「はい…。」
飛鳥は弾正に憑依した黒刀自を成敗しようと、あらゆる術を施していったが…黒刀自も妖術を駆使して飛鳥を窮地に追い込もうとしていた。
『無駄じゃ無駄じゃ…。お主の攻撃や術では、この黒刀自を倒す事は出来ぬぞ…。』
「無駄かどうかは最後までやってみないと分かりません…。」
『ひゃっひゃっ…。小娘如きがたった一人で挑もうとは…まだまだ力不足じゃな…。』
「確かに今の私の力では到底及ばないかも知れません…。ですが、私には多くの仲間がいるんです。だから、私は最後まで決して諦める訳にはいかない…。それが、私に課せられた使命なのだから…。」
宿命を背負って黒刀自に対峙する飛鳥は、晴明たちに見守られながら戦い挑もうとしていたが…黒刀自の容赦ない攻撃に苦戦を強いられてしまうのだった。
だが、飛鳥も負けじと黒刀自の圧倒的な攻撃に怯む事なく流星の如く奮起していった…。
果たして、この戦いの顛末や如何に…。
第十三幕に続く…。