第十一幕 仲間を救え、決戦前夜に秘められた陰陽師の決意
五十嵐典膳と生島現藤太との戦いを余儀なくされた晴明と流ノ介は、一進一退の攻防が続くなかで圧倒的な力を誇る典膳の攻撃に不利な状況に追い込まれる流ノ介を庇い…深手の傷を負う晴明だったが、それでも流ノ介を守ろうと必死になって典膳の攻撃を防ごうとしたものの、容赦ない典膳は攻撃の手を緩める事はなかった。
更に、現藤太も続けざまに晴明を攻撃していくが、すかさず流ノ介は現藤太の攻撃を防ごうとするも…逆に晴明同様深手の傷を負う羽目になってしまったのである…。
「つ、強すぎる…。」
「これ程の力…普通の人間ではあり得ない何かがあるに違いありません。」
深手の傷を負いながらも必死になって応戦していく晴明と流ノ介だったが、それでも容赦ない攻撃を続ける典膳と現藤太は嘲笑うかの如く罵倒するのであった。
『他愛もない…。安倍晴明の力はどの程度かと思えば、思った以上に期待外れだったとなは…。』
『実にくだらんな…。弾正様も、手強い相手だから心して掛かれとの仰せだが…あれだけの弱さだったなんて正直がっかりだぜ。』
だが、晴明と流ノ介は決して最後まで諦める事なく…典膳と現藤太に再び戦い挑もうとしていた。
「て、典膳…。お前だけは絶対に負ける訳にはいかないんだ。」
「私も晴明様と同じ、この戦いに終止符を打たなければ先に進む事すら叶わない…。」
『まだその様な戯れ言を申すのか…。お主たちの力では、我等を倒すのは到底不可能な事だ…。』
『潔くこの場にて朽ち果てるがよい…。』
もはや最大の危機に直面した晴明と流ノ介…。
しかし、思わぬ形でこの危機を脱する事になろうとは誰もが予想する者はいなかった…。
「おい、そこで何をしている…。」
遠くの方から現れた一人の浪人が晴明たちの前に立ち、典膳と現藤太に睨みを利かせながら刀を構えていったのである。
『貴様っ、何者だ…。』
「俺か…俺は佐々木兵馬と言う天下無楽の浪人だ。」
『その天下無楽の浪人である貴様が何の用だ…。』
「別に大したことじゃないんだが、どうもお前たちが二人の若者相手に卑劣な事をしているのを見過ごせない質なんでね…。」
『どうしても邪魔立てをすると申すのか…。』
「無論、相手になると言うのであれば…こっちは手加減無しで勝負してやってもいいんだぜ。」
『おのれ、減らず口ばかり叩きやがって…。後で後悔しても知らないぞ。』
「面白い…。おいっ、こいつ等をやっつける代わりに酒代を工面してはくれぬか…。」
「な、酒代を工面してくれとは…。」
「分かった…。酒代なら幾らでも工面してやる。」
「晴明様…。」
「心配するな。あの浪人なら典膳と現藤太の二人をやっつけてくれるんだ…。酒代ぐらいくれてやってもいいじゃないか。」
「さすが話が早い…。これで契約成立だな。」
兵馬は晴明に酒代を工面する事を条件に、典膳と現藤太を必ず倒すと約束をしていったのである。
『浪人の分際でこの五十嵐典膳と生島現藤太を倒そうなんざふざけた真似をしおって…。』
『後で後悔しても知らぬぞ…。』
「後悔するかしないかは戦ってみないと分からぬぞ。それに、お前たちの実力ではこの佐々木兵馬を倒す事は不可能だからな…。」
『ならば、どちらが剣の腕前が上か…尋常に勝負致すがよかろうぞ。』
典膳と現藤太の二人が刀を構えて兵馬に斬り掛かろうしたその時、突然兵馬の表情が一変し…一瞬の早業で典膳と現藤太の二人をその場にて打ち捨てていくのであった。
『ば、馬鹿な…。』
『ほんの一瞬で、我等を打ち捨てるとは…。』
「まだまだこんなものではない…。さて、これからどう貴様たちを始末しようか…。」
『ま、待て…。』
『我等を斬れば、あやつの仲間がどうなってもいいのか…。』
「兵馬殿…。あの二人を斬るのを待たれよ。」
晴明は兵馬に典膳と現藤太を斬るのを待つよう咎めるが、兵馬はしばらくして落ち着いた様子で晴明の顔をじっと眺めながらこう話したのだった。
「晴明殿と申されたな…。どの様な事情があったかは知らないが、どうやらそなたのお仲間が何かの事件に巻き込まれている様子…。もしよろしければ、不精佐々木兵馬…そなたの仲間に加えて頂けないだろうか。」
「な、いきなり仲間に加えて欲しいと言われても…。晴明様、如何なさいましょうか。」
すると晴明は、一人でも多く仲間が居ればかなりの戦力になるのでは…と考え、兵馬を仲間に加える事を承諾したのである。
「流ノ介、どうやら兵馬殿も我々の危機を助けてくれるらしい…。ここは一つ、あの者の力を借りようと思う。兵馬殿、是非とも我々と共に戦う事を改めて約束してくれないか…。」
「かたじけない…。」
「さて、そろそろ白状してもらおうかな…。本当の黒幕は誰なのかを…。」
『な、何の事だ…。』
「惚けても無駄だぞ。お前たちが私の命を奪うよう命じたのは…妖婆黒刀自だと言う事をな。」
「晴明様、いったいどう言う事なんですか…。」
流ノ介は晴明の命を狙う典膳と現藤太が何故わざわざ襲撃と言う手の込んだ事をするのかを晴明に訪ねると、晴明は背後には妖婆黒刀自が裏で糸を引いているのではと推理する…。だが、普通に考えればあまりにも単純な策略の様にも見えるが、もう一つ晴明には気掛かりな事があると流ノ介に話すのである。
「流ノ介、あの二人の首筋をよく見てみろ…。」
「…って、あの刻印はまさか。」
「あの印は、人間に術を掛ける際に使われる《九紋龍》と呼ばれる刻印だ。恐らく、黒刀自は禁断の妖術《影操りの術》を使って…典膳と現藤太に術を掛けたのであろう。」
と、突然兵馬に倒された筈の典膳と現藤太が再び立ち上がり…何かに取り憑かれた感じで兵馬を襲撃していったのだった。
「何っ、倒したはずなのに…また襲って来ると言うのか。」
「まさか、黒刀自め奴等に術を施しやがったな…。」
「兵馬殿、油断召されるな…。奴等は黒刀自の妖術によって操られている。気を引き締めて戦い挑まれよ…。」
「承知致した…。」
兵馬は再び襲い来る典膳と現藤太に恐れを為す事なく斬り掛かっていくが…これまで以上に圧倒的な攻撃力を誇る典膳と現藤太には到底敵うはずもなかった。
「何て凄まじい攻撃力なんだ…。とてもじゃないが、こいつ等を倒すのは不可能かも知れないな…。」
「諦めては駄目だ…。兵馬殿なら必ず解決出来るはずです。だから、決して最後まで諦めずに悪の権化を滅ぼすのがそなたの宿命なのだから…。」
晴明の言葉に奮起した兵馬は、心の奥底に眠っていた鬼神の力が覚醒され…得意の必殺剣で典膳と現藤太を一刀両断していくのである。
「天嗔一刀流奥義・滅殺十文字斬!」
兵馬の必殺剣である天嗔一刀流奥義・滅殺十文字斬が繰り出され、典膳と現藤太はその場にて打ち倒されたのだった。
「兵馬殿、助けて頂き改めて礼を申し上げます。」
「晴明殿、礼を申される程大した事をしてはおらぬ…。だが、今の連中に命を狙われるとは相当訳ありの事情があると見えるが…。」
「実は私の仲間が妖婆黒刀自に捕らわれ、未だ行方が分からない状況にあるのですが…更に詳しく調べてみたところ、ギヤマン御殿に幽閉されている事が判明したのです。」
「ギヤマン御殿…。」
「兵馬殿、何か心当たりでも…。」
「いや…。そのギヤマン御殿に、晴明殿のお仲間が捕らわれているとなれば、どうやら一刻も早く助けないと大変な事が起こりそうな予感がしてならないのです…。」
「晴明様、急ぎましょう…。正親様や導満様が晴明様の事を待っているに違いありません。」
「ああ…。」
晴明と流ノ介、それに新たに加わった佐々木兵馬の三人は正親たちと合流する為…ギヤマン御殿近くの旅籠へと向かっていった。
それからしばらくして、無事合流する事が出来た晴明たちは、まず飛鳥が妖婆黒刀自に連れ去られた経緯を事細かく話していき、自分たちが就いていながら飛鳥を連れ去られた事を詫びていったのである。
「兄弟子たちが就いていながら飛鳥どのが妖婆黒刀自に連れ去られたとなれば…もし飛鳥どのの身に何かあったら取り返しのつかない事になるのですよ…。」
「晴明、すまなかった…。俺達が飛鳥どのを守れなかったばかりに…。」
「それに、飛鳥どのは恐らくギヤマン御殿に連れ去られたのではないかと数馬殿が教えてくれたんだ。」
「数馬殿が…。」
「詳しい事はよく分からないんですが、恐らく飛鳥どのはギヤマン御殿の何処かに幽閉されている可能性があると思われます…。」
「ギヤマン御殿には、主の更科弾正と妖婆黒刀自…それに弾正の右腕である赤目の権次と言うゴロツキの頭もいるみたいだ。奴の屋敷を侵入するのは相当覚悟を決めて掛からないと飛鳥どのを救う事は出来ないぞ。」
すると兵馬は、夜になるのを待ってギヤマン御殿に突入するのが一番の得策なのではと晴明に話すが、晴明は兵馬の考えた策略に賛同する素振りを見せていた。
「夜か…。確かに夜なら暗闇の中でも動く事も出来るが、万が一奴等に見つかったとしても逆に敵の罠に引っ掛かる可能性がある。」
「ですが、妖婆黒刀自は名うての妖術使い…。心して掛かりませんとこちらがやられてしまいます。」
「それに、更科弾正もかなりの剣の使い手と聞き及びます。そちらの方も用心召された方がよろしいかと…。」
「数馬殿、兵馬殿…。お二方のその強い志し…この安倍晴明しかと受け止めさせて頂きます…。しかしながら、このまま突入するのはあまりにも無謀と言うもの…。かと言って無視する訳にもいきません。」
「晴明、お前が決断を下さないと先には進めないんだぞ…。男だったらズバッと決断を下すのが真の指導者ってもんじゃないのか…。」
「導満、今の言葉で目が覚めたよ…。よしっ、こうなったら今宵今夜…ギヤマン御殿を襲撃し、飛鳥どのを救出する。」
「そうと決まれば、早速準備を整えて妖婆黒刀自との決戦に備えなければ…。」
「晴明様、万が一に備えて薬草をなるだけ沢山用意致しましょう…。」
「そうだな…。では、用意が出来次第ギヤマン御殿へ出発する。それぞれ各自獅子奮迅の如く戦ってくれ…。もし刃向かう輩共が居たら、その場にて容赦なく斬り捨てても構わぬ…。」
そして夜になり、いよいよギヤマン御殿での決戦の時を迎え…晴明たちは神妙な赴きで夜道を歩いていた。
晴明はもちろん、導満や流ノ介…そして正親の四人に加え、数馬と兵馬と言う心強い仲間を得て敵地に潜む悪人を懲らしめようと意気揚々と歩を進めていくが、近づくにつれ緊張感が高まってくるのが犇々(ひしひし)と感じるのを晴明は仲間たちの命を預かる身として責任感を重く感じていたのだった。
「もうすぐギヤマン御殿に到着するが、どんな事があっても決して最後まで諦める事なく目の前の敵を粉砕するぞ…。」
「ああ…。妖婆黒刀自を倒し、主の更科弾正を倒して飛鳥どのを必ず助けてみせる。」
「ちょっとドキドキしてきたけれど、晴明様が居るから逆に緊張感が解れた様な気がしてきました…。」
「俺達には陰陽道の神・八将神が護ってくれているんだ…。何事にも恐れず、敵地に乗り込んで敵を滅ぼすのが使命だからな…。」
「晴明殿の仲間となったからには、この佐々木兵馬命を掛けて戦い挑む所存…。」
「同じく、この立花数馬も兵馬殿同様…獅子奮迅の如く婆沙羅将軍に加担する輩共を成敗致します。」
そして遂に、晴明たちはギヤマン御殿の門前へとたどり着き…更科弾正と妖婆黒刀自との最終決戦の時を迎えようとしていた。
「いよいよ決戦の時は来た…。あとは運を天に任せるのみ…。」
「晴明、此処から先は地獄の一丁目…。もう引き下がる事は許されないが、それでもお前は飛鳥どのを救う自信があるのか…。」
「兄弟子、正直飛鳥どのを救う自信などはありません…。だけど、仲間を救うと言う宿命を背負われた以上…もはや避けられない運命だと前から感じていました。だからこそ、私は心を鬼にして悪を滅ぼす…。」
決戦を前にして改めて仲間を救うと言う使命を果たそうと、悪鬼羅刹の如く妖婆黒刀自と更科弾正を滅ぼすと誓った晴明たちは…果たしてこの戦いに勝利する事が出来るのだろうか。
第十二幕に続く…。