第十幕 宿命を背負った決死の戦い
その翌日、奈落の底へ落ちた数馬は幽閉されても決して諦める事なく脱出を試みるも…あまりにも脱出するには不可能に近い状態にあった。
しかしながら何としてでも奈落の底から脱出して飛鳥を救出しようと辺りを見回していたその時…岩壁の一部に通気孔を見つけ、しばらく岩壁の溝を削っていくと岩がスッと抜けて外が見える様になり、これなら脱出出来ると確信した数馬は更に岩壁の溝を少しずつ削って何とか自分の身体が通れるくらいの隙間を確保する事が出来…無事脱出に成功するのだった。
「ふぅ…何とか脱出する事に成功したが、結局飛鳥を助ける事は出来なかったけど、さてこれからどうしようか。再び侵入してもまた奈落の底へ落とされたんでは示しが付かないからな…。」
数馬はしばらくの間ギヤマン御殿の様子を伺うのと同時に、黒獅子ヶ島へ八卦退魔鏡を探しに向かっている正親と導満の二人が来るのを待つ事にした。
それから三日後、黒獅子ヶ島から帰って来た正親と導満は肝心の八卦退魔鏡を見つける事は出来ず…代わりに古びた地図の半分を入手したと数馬に報告するのだった。
「正親様、八卦退魔鏡の方は見つかりましたか。」
「いや、何処にも無かった。その代わり、黒獅子ヶ島の洞窟の奥から八卦退魔鏡の在りかを示す地図の半分を手に入れたんだ。」
「やはりあの島には鏡は無かったんですね。」
「申し訳ない…。それより、数馬殿の方はどうなりました。」
「それが、囚われた飛鳥どのの行方が掴めたのですが…その囚われた場所がギヤマン御殿と呼ばれる難攻不落の屋敷なのです。しかしながら、不覚にも敵の罠に引っ掛かってしまい…その後なんとか無事脱出する事が出来たのですが、私一人ではどうする事も出来ないのです。」
「それで、そのギヤマン御殿の主と言うのは…。」
「確か、更科弾正とか申す人物だった記憶があります…。」
正親は更科弾正と言う名前に少し苦虫を潰した顔をしながら不機嫌な態度をしていたのを導満は見逃さなかった。
「正親様、その更科弾正とか申す人物…何か心当たりがあるので御座いますか。」
「ああ…。思い出しただけでゾッとするくらい嫌な奴だ。今から十五年前に、俺の親父をギヤマン御殿の岩牢に閉じ込めた張本人だからな…。」
「いったい、何の罪で岩牢に閉じ込められたのですか…。」
「別に悪い事をした訳ではないんだが、どうやら親父は《白龍の鍵》を持っていたらしいんだ。」
正親が言う白龍の鍵とは、かつてこの世の何処かにあると言う伝説の宝剣・天狼斬空剣が納められている宝物箱の鍵の事で、更科弾正はその鍵を正親の父親から奪い天狼斬空剣を我が物にしようと岩牢に幽閉したと言うのであった。
「その白龍の鍵を強引に親父から奪おうとしたが、親父は頑として拒否した。それに激怒した弾正は親父をギヤマン御殿の岩牢に幽閉したんだ…。」
「何て卑劣な事を…。」
「更科弾正…全く以て許せないな。」
「それはそうと、あのギヤマン御殿へ再び侵入しようと思っているんだが…我々だけではどうも不安で仕方がないんだ。こうなったら、庚申塚に居る晴明と流ノ介を呼び寄せようと思っているんだが…。」
「そうですね。こうなったら、晴明の力を借りるしか方法はありません。」
「導満、式神を飛ばして晴明たちにこの事を知らせるんだ…。」
「分かりました。」
早速導満は、式神に術を施し…晴明の下へ飛ばして合流する様にと庚申塚へ式神を放っていった。
「これで、晴明が気付いてくれたら助かるんだがな…。」
「晴明は絶対来ますよ。あいつは不正を行う者には容赦なく成敗する正義の心を持っていますから…。」
「正親様、導満様…。一番の厄介は妖婆黒刀自の存在です。あの妖婆は何を企んでいるのか全く読めません…。先ずは妖婆黒刀自を討つのが先決かと思われます。」
「そうだな…。あの妖婆の攻撃で我々は不利な状況に追い込まれたからな…。そのせいで飛鳥どのが囚われてしまったんだ。」
「くそっ、あの時俺が飛鳥どのを助けていたら…。」
「導満、そう自分を責めるな…。あとは晴明に一任するしか解決策は無い。」
正親たちは晴明と流ノ助が到着するまでの間…遠く離れた宿屋に宿泊して鋭気を養っていた。
一方、晴明と流ノ助をの二人は…庚申塚の謎を解き明かそうと庚申塚だけではなく近くの神社や仏閣、あらゆる場所を探索していったが…収穫はゼロに等しかった。
しかし、晴明と流ノ助はこのまま引き下がる訳にはいかず…探索開始から数時間後に一本の巻物を発見したのであった。
「あ、あったぞ…。」
「晴明様、遂に見つけたのですね…。」
「ああ…。長年探し求めていた〔究極陰陽太極陣〕の巻物を見つける事が出来たんだ。」
「しかし、この庚申塚とその巻物にはどんな関係があると言うのですか。」
「流ノ助、この巻物には恐ろしい力が封印されていて、その威力は竜巻の約五十倍の破壊力を誇っているんだ。そこである術者がこの庚申塚に封印したと言う伝説が残っていると俺の爺さんから聞いた事がある。」
「その巻物に、そんなすごい力があったなんて全然知りませんでした。」
「だから、親父に聞いても教えてはくれなかったんで…片っ端から書物を読み漁って偶然庚申塚に巻物が封印されている事が書かれていたんで、いつかこの巻物を手に入れようと決意したんだ。」
「晴明様の長年の夢が実現した訳ですね。」
「こいつさえあれば、婆沙羅将軍を倒す事が出来るかも知れない…。」
「それともう一つ気になる事があるんですが、三尸っていったい何者なんですか。」
「元々三尸は天の帝に仕えていた従者だったが、ある日謎の死を遂げ…妖怪となって人々を襲うようになったとされていたんだ。その後三尸はこの庚申塚の脇にある要石に封印されたらしい…。」
「晴明様、もし三尸が復活したら大変な事になってしまうのでは…。」
「心配するな…。三尸は善の心を持つ者には危害を加えない習性を持っている。悪い事さえしなければ現れる事はない…。」
と、その時晴明の前に三匹の妖怪が現れ…いきなり土下座をして挨拶をしていったのである。
『も、もしやあなた様は晴明先生では御座いませんか…。』
「…おお、お前たちは三尸ではないか。」
『晴明先生、我々の事を覚えて頂けたので御座りますか…。』
『あの時は我々三尸を助けて頂き感謝の言葉も御座いません…。』
晴明の前に現れた三匹の妖怪…実は庚申塚に封印されていた筈の三尸で、以前晴明に助けられた事が忘れられず…そのお礼に参上したのだと言うのだ。
「上尸、中尸、下尸…相変わらず元気にしていたか。」
『晴明先生こそ、どうして此処にいらっしゃるのですか…。』
「いや、実は庚申塚に巻物が隠されているのを思い出し…しばらく調べていたらこの巻物を見つける事が出来たんだ…。」
『左様で御座いましたか…。ですが、他に何か調べている事でも…。』
晴明はその昔狒々と呼ばれる妖怪が神隠しをしていたとの噂を聞きつけ、その真相を確めようと庚申塚周辺を調べていたのだと言う。
『その話ならば、我々も聞き及んでおります。晴明先生もご存知の通り…狒々と言う妖怪はとてつもなく恐ろしい化け物だとされ、特に若い娘を拐っては自分の子供をその娘に宿らせると言う卑劣な行為をするとんでもない輩に御座います…。』
「でもな、狒々は元々天界に支える守護神だと聞いているぞ…。何故天界に支える守護神が狒々と言う妖怪に変貌を遂げたのか、その真相を確めたいんだ。」
すると、三尸の一人である中尸が新たな証言を晴明に話し…その内容はあまりにも衝撃的な内容だった。
『晴明先生、実は狒々が何故天界の守護神から妖怪に変貌を遂げたのか…それは、婆沙羅将軍の側近である妖魔元帥の仕業ではとの噂が…。』
「何だと…。」
『驚かれるのも無理はありません…。ですが、この話は紛れもない事実なので御座います。』
「晴明様、妖魔元帥と言えば…かつて黄泉国に封印されていた冥府十神の一人だったと聞いています。」
「冥府十神と言えば、かつて仙界と魔界が激闘を繰り広げた《崑崙山の戦い》で仙界を滅ぼした最強の破壊神…。中でも妖魔元帥はとてつもない魔力を誇る史上最強の妖術使い…。」
『それに、仙界最強の道士・太公望でさえも妖魔元帥に勝てなかったと言う噂も…。』
「晴明様、仙界が滅ぼされたとあっては…魔界に封印された魔物が次々と復活するのは時間の問題です。」
「妖魔元帥…いったい奴はどんな魔力を秘めているのか。直接対峙してみないと何とも言えないな…。」
と、そこへ一枚の式神が晴明の下へ飛来し…飛鳥が妖婆黒刀自に拐われたとの知らせを受け、更にギヤマン御殿の主である更科弾正の魔の手が迫っていると式神に記されていたのであった。
「何っ、飛鳥どのが黒刀自に拐われただと…。」
「晴明様、どうやら悪い予感が起きてしまったようですね…。」
「ああ…。だが、飛鳥どのが何処に居るのか全く見当がつかないが、とにかく急いで兄弟子の所へ急ごう…。」
すると、三尸の一人である上尸が晴明に一緒に連れていって欲しいと懇願し…それを聞いた晴明は三尸に同行する事を承諾したのである。
『晴明先生、我々も連れていって下さい…。』
『どうしても晴明先生と一緒に飛鳥どのを助けたいので、どうか同行をさせて頂けないでしょうか…。』
『晴明先生のお役に立てるかどうか分かりませんが…我々三尸も飛鳥どのをお救いするのを手伝わせて下さいませ…。』
「お前たち、そこまで言うのであれば…命を掛けてでも共に戦おうぞ。」
『あ、ありがとうございます…。我々三尸、どんな困難に立ち向かおうとも…必ずや晴明先生の護衛を致します。』
「晴明様、飛鳥どのの安否も気になります。」
「分かっている…。飛鳥どのが敵の手中に居る今、迂闊に近寄れば飛鳥どのの命が危ない…。流ノ介、急いで兄弟子と合流するぞ。」
「はいっ…。」
晴明と流ノ介は飛鳥の安否を案じつつ、三尸を連れて足早に兄弟子である正親の下へと急いでいった。
この時晴明は、初めて飛鳥に出会った瞬間から将来的に一生涯の伴侶として迎え入れようと前々から決めていたが…どうしても最初の一歩が踏み出せず、心の中で葛藤していたのである。
「晴明様、何か考え事をなさっていたのですか…。」
「い、いや…。それより、妖婆黒刀自が何故飛鳥どのを拐ったのか…その真相を確かめなければ先に進む事すら叶わないだろう。」
「私、何だか嫌な予感がしてなりません。もしかしたら、飛鳥どのに何か災難に降り掛かったのでは…。」
「馬鹿な事を言うな…。飛鳥どのに限ってその様な事が起こる筈がない。」
「ですが、もし万が一飛鳥どのの身に良くない事が起きたとしても…決して避けられない運命なのかも知れません。」
「例え避けられない運命でも、必ず飛鳥どのを助けてみせる…。それが、陰陽師としての宿命だからな。」
その道中、晴明と流ノ介は街道沿いを通り…分かれ道に差し掛かった矢先の事、突然晴明たちの前に現れた二人の男が行く手を阻み、最大の危機を迎えていた…。
「な、なんだお前たちは…。」
『貴様、安倍晴明だな…。』
「如何にも安倍晴明だが、お前たちはいったい何者なんだ…。」
『我等はギヤマン御殿の主・更科弾正様に仕えし家臣…五十嵐典膳。』
『同じく、生島現藤太。』
「何っ、更科弾正の家臣だと…。」
「そこを退いてくれないか…。我々はどうしてもこの道を通らなければならないんだ。」
『残念だが、弾正様の御命令により…お主たちを殺せとの仰せだ。』
『悪く思うなよ…。』
「くっ、よりによって弾正の手下に命を狙われているとは…相当運が悪いと言うか、とにかく此処を突破しないとヤバい事になりそうだな。」
「晴明様、如何なさいましょうか…。」
「仕方がないな…。手荒な真似はしたくはないが、奴等を倒さない限り先には進めない。なるべく術を使わずにあの二人を倒すしか方法がなさそうだ。」
「そうですね…。私も極力術を使わずに戦います。」
そして遂に、晴明と流ノ介の二人は五十嵐典膳・生島現藤太との対決が始まろうとしていた。
剣術を極めた典膳と現藤太の二人は、晴明と流ノ介に得意の剣で一斉攻撃していくが…晴明と流ノ介も負けじとそれぞれの武器で応戦していったのである。
果たして、晴明と流ノ介の二人は典膳と現藤太を撃破する事が出来るのだろうか…。
第十一幕に続く…。