第一幕 謎の天才陰陽師・安倍晴明登場!
今からおよそ千三百年以上の京都四条大橋に、その名を轟かせた稀代の天才陰陽師が古風な住居にたった一人で住んでいた。
彼の名前は安倍晴明と言って、京の都では知らぬ者は誰一人いないとされていた。
しかし、晴明の素性は謎に包まれ…ミステリアスな部分を垣間見る事もあるが、そんな矢先の事…朝廷からの使いと名乗る使者が晴明の屋敷を訪ね、今すぐに帝様の所へ赴くよう諭したのである。
すると、晴明は落ち着いた表情で朝廷の使者の言葉に従い…陰陽師の正装に着替えて用意されていた牛車に乗り込んでゆっくりと帝のいる京都御所へと向かっていったのである。
「さて、この私が朝廷に呼び出されるとは…何やら不穏な動きがある予兆としか思えぬがのぅ…。」
「ですが晴明殿、帝様も昨晩から悪夢に魘されていて眠れぬと嘆いておられるのでございます。」
「それに、最近京の都では奇っ怪な出来事が頻繁に起きているのです。もしかしたら、北西の方角にある《百鬼夜行》が封じられている封魔塚の封印が解かれたのでは…。」
「いや、そんなはずはない。封魔塚は三百年前に私の御先祖が二度と復活出来ないように封印した場所…。余程の事が起きない限り、封印が解かれる事などあり得ないはずだ…。」
それからしばらくして、京都御所に到着した晴明は牛車から降りて帝の待つ玉座までゆっくりと歩き出し、その後帝の前に正座して挨拶をしたのである。
「よう参られたな…。堅苦しい挨拶は抜きにしてゆっくりなされるがよかろう…。」
「恐れいります…。」
「晴明殿、使者からの話は聞いておると思うが…近頃悪夢に魘されて眠れない日が続いておるのじゃ。」
「帝様、何か心当たりでも御座いますので…。」
「そう言えば、昨晩使者の一人が北西の方角にある御札を剥がしたみたいだが、それ以降この御所で怪奇現象が起こるようになったのじゃ…。」
「何ですって…。まさかその御札って、邪鬼が封じられていた《鍾馗札》では…。」
「確か、そのような名前の札だった記憶があるのだが…。」
「その札を剥がせば、とてつもない恐ろしい邪鬼が人間を食い殺してしまう厄介な妖怪…。もし、邪鬼が甦ってしまえば、多くの犠牲者が増えるのは実情…。一刻も早く邪鬼を捕まえないと大変な事になってしまいます。」
と、その時だった。
帝の護衛兵の一人が邪鬼の大群が一条戻橋付近に現れたとの報告が為され、早速帝は晴明に邪鬼討伐命令を下したのである。
「も、申し上げます。一条戻橋付近で邪鬼の大群が現れ、早くも犠牲者が出たとの事にございます。」
「何っ、邪鬼の大群が現れたと申すのか…。」
「帝様、全てこの安倍晴明にお任せ願えませんでしょうか…。」
「頼むぞ、晴明…。この世に蔓延る化け物を退治出来るのは帥だけだからな…。」
「はっ、万事お任せの程を…。」
早速晴明は、帝の命令で一条戻橋に現れた邪鬼の大群を退治しようと急ぎ足で向かっていくと…そこに現れた不気味な醜態をした邪鬼の大群が晴明を睨み付け、いきなり襲い掛かろうとした次の瞬間、晴明は懐から《急々如律令》と書かれた御札を投げつけ…見事邪鬼の大群を封印するも、あと一匹と言うところで逃がしてしまうのだった。
「しまった…。」
しかし、ここで諦める晴明ではなかった…。
晴明の懐から式神を取り出し、呪文を唱えると命が吹き込まれた式神が邪鬼の追跡を開始させ…それを追い掛けるが如く晴明も式神の後を追い掛けていった。
それからしばらくして、晴明は邪鬼の親玉を追い詰め…とどめを刺そうとしたその時、突然晴明の目の前で激しい落雷に遭遇し、洞窟が破壊されるのと同時に封印されていた魔界の王・婆沙羅将軍が五百年の眠りから目覚めてしまった。
「な、何だ今のは…。」
突如現れた婆沙羅将軍に動揺を隠せない晴明は、背筋が凍るくらいの恐怖を感じていたらしく、その場から全く動けなかったのである。
『やっと五百年の眠りから目覚める事が出来る…。』
「あ、あれが…魔界の王・婆沙羅将軍。遂に伝説の魔王が復活しやがった…。」
『ん、貴様何者だ…。』
「我が名は陰陽師・安倍晴明なり…。魔界の王・婆沙羅将軍、まさか落雷の衝撃で復活するとは…嫌な時に遭遇しちまったな。」
『陰陽師・安倍晴明か…。どうやら我を倒そうとしている目付きをしておる。だが、貴様の力ではこの婆沙羅将軍を倒す事は出来ぬぞ…。』
「だったら、試してみるか…。京の都随一の陰陽師・安倍晴明が貴様を必ず倒してみせる。」
晴明は得意の陰陽術で婆沙羅将軍に戦い挑もうとしたが、婆沙羅将軍は晴明の攻撃を悉く打ち破り…魔導妖術で晴明を窮地に追い込むのであった。
『はぁ〜っはっはっ…。貴様の力はその程度か。』
「つ、強すぎる…。」
『さて、そろそろとどめを刺すとするか…。』
婆沙羅将軍が晴明にとどめの一撃を刺そうとした次の瞬間、突如現れた謎の白覆面が婆沙羅将軍を撃退させ…晴明は九死に一生の危機を脱したのであった。
『くっ、とんだ邪魔が入ったようだな…。たが、この次は必ず貴様の命を貰い受けるゆえ…左様心得ておくがいい。』
婆沙羅将軍は捨て台詞を吐きながらその場から姿を消していき、一命を取りとめた晴明は謎の白覆面に礼を言ったのである。
「助けてくれてありがとう…。お主のお陰で命拾いをした。」
「安倍晴明殿、今回の一件で京の都が闇に包まれるのは時間の問題である事は承知しておるはず…。」
「失礼ながら、なぜ私の名前を存じておられるのかは知らぬが…これ以上の余計なお節介は御免被る…。」
「しかし、婆沙羅将軍はいつか必ずそなたの命を狙って来るやも知れません。今度の一件から手を退いていただきたい…。」
「せっかくの御忠告感謝します…。しかし、婆沙羅将軍が私の命を狙われている限り、一歩も手を退く訳には参らぬ所存…。この安倍晴明、命を代えてでも京の都を守ってみせます…。」
「左様でございますか…。ならば、無用な手出しはしませんが…これだけは聞いておいて下さい。婆沙羅将軍は神出鬼没の魔王であるのと同時に、この世を破滅に導く元凶である事をお忘れなきよう…。」
そう言って、謎の白覆面は晴明の前から霧の如くスッと姿を消していくが、晴明はあの謎の白覆面はいったい何者なのかを詮索する事はなかったが、その後晴明は京都御所に戻り、帝にこれまでの経緯を報告するのであった。
「何っ、あの婆沙羅将軍が甦ったと申すのか…。」
「はっ、私が邪鬼を追跡していた矢先に突然落雷に遭遇し、洞窟に封印されていた婆沙羅将軍が五百年の眠りから復活した様子にございます。」
「まさか、五百年前に封じられていた婆沙羅将軍が復活するなど夢にも思わなかった…。」
「帝様、そもそも婆沙羅将軍とはいったい何者なのでございますか…。」
帝は晴明に婆沙羅将軍がいったいいつ頃から現れ、誰によって封印されたのかを詳しく説明していった。
「婆沙羅将軍は今から約五百年前に突如京の都に現れ、羅生門に封じられていた白髪鬼や九十九神、雲外鏡といった魑魅魍魎の妖怪を甦らせて巨大な魔界帝国を築き上げたそうだ…。」
「五百年前にそんな恐ろしい出来事があったとは…。帝様、その後婆沙羅将軍はどうなったのでございますか…。」
「悪事の限りを尽した婆沙羅将軍は、その後一人の陰陽師によって封印され…五百年間何事もなく平和な時代が続いていたのだが、予想外な事が起きてしまったのが残念でならない。」
「…帝様、この安倍晴明に婆沙羅将軍討伐をお許し願えませんでしょうか。」
「しかし、奴はとてつもない魔力を秘めている恐ろしい魔王である。お主一人では太刀打ち出来ない相手だぞ。」
「御心配には及びません。私には多くの仲間がおりますので、必ずや婆沙羅将軍を倒して御覧に入れましょう…。」
晴明は帝に婆沙羅将軍を必ず倒すと自信に充ち溢れたその姿に、帝は晴明に婆沙羅将軍討伐命令を許したのであった。
「晴明よ、お主の決意…しかと受け止めた。では、改めて命令を下す…。安倍晴明、本日より婆沙羅将軍討伐の任を命ずる。よいか、決して命を粗末にするではないぞ。」
「はい…。」
それから晴明は、自分の屋敷へ戻って婆沙羅将軍の事を詳しく調べようと過去の出来事が記されていた資料を徹底的に調べ上げていた。
すると、ある一冊の古びた資料には…婆沙羅将軍を封印する為の法具が必要と書かれていたのである。
「婆沙羅将軍を封印するには、七星宝剣と八卦退魔鏡、それに閻魔大王の勾玉が必要なのか…。しかし、どれも皆伝説上の法具でこの世には存在しない物ばかりだ。いったいどうすればいいんだ…。」
そんな晴明が悩んでいるところへ、親友で生涯の好敵手である芦屋導満が訪ねて来た。
「晴明、何悩んでいるんだよ…。」
「ああ、導満か…。いや実はこの本を読んでいたんだが、ここに書かれている法具が本当に存在するのか凄く悩んでいるんだ。」
導満は晴明から本を取り上げ、そこに書かれていた内容を読んですぐにただならぬ事が起きている事を見抜いたのであった。
「晴明、どうやらこの京の都に恐ろしい事が起こっているみたいだな…。」
「導満、やはりお前も気付いていたのか…。」
「そりゃそうさ…。オレとお前はライバルであり親友でもあるんだぞ。それくらいの事を知らなきゃな…。」
「やっぱり持つべき物は親友だな…。お前も知っていると思うが、魔界の王・婆沙羅将軍が復活しちまったらしいんだ。」
「婆沙羅将軍…聞いただけで身震いするような名前だな。」
「その婆沙羅将軍を封印するには、そこに書かれている三つの法具が必要なんだ。」
「だったら、その法具を探せば済む事だろ…。」
「だけど、どこにあるのか分からないんだぞ。」
「それなら簡単さ…。」
「って、まさか旅に出るって訳じゃないだろうな…。」
「その通り…。恐らく婆沙羅将軍は京の都だけではなく、日本全土を支配する可能性だってあるんだ。」
導満は婆沙羅将軍が日本全土を支配し、再び魔界帝国を築き上げるに違いないと晴明に話し、一緒に旅をしながら三つの法具を探そうと持ち掛けていったのである。
「晴明、こうなったら旅に出掛けようぜ。」
「そうだな…。婆沙羅将軍の行動も気になるところだし、どうしても三つの法具をこの目で見てみたいんだ。導満、一緒に行こう…。例えどんな危機が迫ろうと、必ず三つの法具を見つけ出し…婆沙羅将軍を倒す。」
「それでこそ晴明だぜ。オレは絶対旅に出掛けるって信じていたからな。」
「ったく、導満は旅って言葉を聞くとなぜだか顔が綻ぶと言うか…自然と笑顔になると言うか、とにかく根が正直なんだよ。」
「敵わねぇなぁ…。よしっ、早速旅の支度を済まさないとな…。」
「出発は明日の朝、待ち合わせ場所は巽橋近くの神社で待ち合わせよう…。」
その日の夜、晴明と導満は翌日出発する為の支度を済ませ…まだ陽が昇りきらないうちに二人は巽橋近くの神社に合流すると、一路東へと歩を進めていった。
もちろん、あらかじめ晴明は帝より通行許可証を受け取っており、身分を証す為の印籠も所持するなど準備万端の体勢で二人の旅道中が始まろうとしていた。
それからしばらくして、晴明と導満は尾張国に到着し、近くの旅籠に宿泊する事にしたのである。
「晴明、今のところ変わった形跡は見当たらないみたいだな…。」
「ああ…。だが、油断するなよ。奴はどこに隠れているのか予想がつかないしな…。」
「分かっているって…。その為にオレたちはこうして旅をしているんじゃないか…。」
「だけど、この尾張国でもさっきから嫌な空気が漂っているみたいだ。」
「そうかぁ…。オレには全く感じないけどな…。」
「導満は全く緊張感が無さすぎるって言うか、とにかく周りに注意して行動しろって言ってるんだ。」
「わ、分かったよ。」
その日の夜、すっかり静まり返った雑木林で一人の男性が何者かによって殺害される事件が発生し、現場には奇妙な足形が残されているのを発見した。
知らせを受けた晴明と導満の二人は、早速現場を調べてみると…足形だけではなく殺された男性の首筋に頸動脈を食い千切られた痕が残されていたが、果たして犯人はいったい誰なのか…。
奇妙な殺害事件の裏側には婆沙羅将軍が関係していると睨んだ晴明は、この事件の真相を解き明かす事が出来るのであろうか…。
第二幕に続く…。