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君恋い  作者: 深水晶
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第1話 酒酔い男

実体験を元にしたフィクションです。登場する人物名は全て仮名で、状況やストーリー進行などもだいぶ改変され、ほとんどフィクションになっています。

『あのさ、ぶっちゃけ好みなんだよ』

 唐突だった。

 どのくらい唐突だったかというと、私が受話器を取ると最初に、

『杉村夕夏?』

 と突然名前を呼ばれて、

「そうですけど?」

 と答えたところ、先の台詞を告げられたのだ。

「あの、どちら様でしょうか」

 知らない男の声だった。声だけならば、わりと好みだった。だけど相手は見知らぬ――少なくとも親しい知人や友人ではない――男なのだ。心当たりは全くないし、最近誰かに電話番号を教えた覚えもない。

『今日、会社の新入社員研修があっただろ?』

 確かにあった。だから一瞬、ストーカーかと思った。

『俺、実は入社式の時からイイなぁと思ってて、でも夕夏、遅刻ギリギリに来た上、速攻帰ったでしょ? 休憩時間も友達と盛り上がってたし。だから声かけづらくて。今日の自己紹介でやっと名前判って、電話番号も判ったから電話したんだよ。俺って結構情熱的でしょ?』

 男は酔っている。ろれつは回っているが、声が大きく、少しハスキーで、やけに浮かれた熱っぽく濡れた声で、情熱的といえばそう聞こえるような調子で、饒舌で少々早口。

 私は身構えた。酔っている男は非論理的で支離滅裂だ。その上、常識は通用しない。だけど、これは重要だ。

「ですから、どちら様でしょうか」

 何にせよ、相手の素性を知らないのは怖すぎる。まだ入社してから土日を挟んで四日目、二週間の研修を受けるため、正式雇用されていない、配属先もまだ知らされていない見習いだ。

 この就職難では、やっと決まった仕事を諦めて逃げるという選択肢はかなり辛い。

 だから、相手に興味があるかどうかなど関係なく、自衛のためにも、相手の名を知る必要がある。敵を知らなければ、守りようも戦いようもない。

『今日、俺、夕夏の後ろに座ってたんだけど知らない?』

 勿論知らない。だいたい私の背中側には目はついていないのだ。しかも、私は用もないのに人の顔を凝視する趣味もない。

『まぁ、いっか。ところで夕夏、何歳?』

 酔った男はあらゆる意味で危険だ。目の前にいない事だけは救いだが、いなくても絡まれるのは困る。非常に困る。特に、酒で饒舌になり、積極的・行動的になる男に、ろくなやつはいないのだ。少なくとも私はそう考えている。

『なぁ、何歳? いいだろ、それくらい。あ、そうだ。それと彼氏いるの? いないんだったらデートしようよ。マジ好みなんだよ。初めてこんなマジ惚れした。夕夏ってすっげー可愛くて美人。ストレートのロングで清楚なお嬢風で、地味なのに程良く派手で、ちょっぴり真面目でカタそうなところも良い。俺の好みど真ん中。ね、すぐに付き合えって言わないからさ。まずは軽くデートしない? 気に入らなかったらそれで良いから』

「お気持ちは有難いですけど、知らない人とデートできませんから」

『わ、ますます好みだ。良いねぇ、そういうの。今、彼氏いないんだろ。判っちゃった。だって彼氏いたら、彼氏がいるから付き合えませんって言うもんね』

 しまった。そう言えば良かった。

『でも俺、夕夏くらい可愛かったら彼氏いて当然だと思うし、全然オッケー。な、本当、最初から付き合えって言わないからデートしようぜ。できれば今すぐ。なんだったら家まで迎えに行くからさ』

 蒼白になった。現在時刻は午後九時七分、月曜日。アパートに妹と二人暮らし。妹は入浴中という状況で。

「あ、あの、お酒飲んでの車の運転は法律違反です。捕まります」

 むしろ本当に捕まって欲しい。そうすれば、顔を見ずに済む。

『え? 夕夏、心配してくれるの? 優しいなぁ』

 か、会話が噛み合わない。なんでそうなるの。

「えっと、私、あなたの名前も知らないんですけど」

 勿論遠回しに断り入れてるつもりなのだけど。

『あのさ、本当に今から会えない? 絶対無理?』

 酒に酔った男は、普段に増してそういう事に鈍くなるから、通じないのだ。アルコールによる酩酊は、個人差はあれど恐ろしい。人の理性を、知性を、感覚を鈍らせる。

「無理です」

『きっぱり言うなぁ。じゃあ、今度の週末は?』

「無理です」

『それはないんじゃないの。自分で言うのもなんだけど、俺ってイイ男だぜ。速攻で拒否っちゃったら、絶対後悔するって。俺、夕夏になら無茶苦茶尽くすよ? 浮気もしない。一途だから。一目惚れだけど、マジに惚れたんだよ。な?』

「無理です。私はあなたの顔も名前も知りませんから」

『おとなしめに見えて強気でクールだな。そういうところもまた惚れた。最高だよ、夕夏』

 いい加減にして欲しかった。しかし、相手は酔っ払い。何を言っても埒が明かない。私は途方に暮れて黙り込んだ。

『なぁ、夕夏。ちょっとお茶飲んで話すだけで良いから』

 私は無言で通話を切った。



「彼だよ」

 翌朝、研修所で昨夜のことを話したら、友人が教えてくれた。

「たぶんアレだよ。だってずっとこっち見てるもん」

 色白で線の細い少年のような男だった。たぶん身長は163cmの私と10cmくらいしか違わらない。意外と美少年顔で小顔で、穏和そうな、見た目だけならナイーブな文学少年。荒っぽさや強引さとは縁が薄そうな印象。カラーリングしない素のままの柔らかそうな髪を、適当に流すように一見無造作にセットしている。

 無言でじっと強い視線を当ててくるくせに、私が振り向くと視線をそらす。決して話しかけないし、近寄りもしない。何を考えているか判らなかった。少なくとも今は素面だ。酒に酔ってはいない。

「なんで電話番号知ってたんだろ」

 私が不安に思いながら言うと、

「あれじゃない? 初日に現在の電話番号と住所確認の用紙が配られて、書いて提出したじゃない。あれを見られたんじゃないかな」

「それってやっぱりストーカーなの?」

「良く判らないよ。だって今のところまだ証拠はないし。相手、名乗らなかったんでしょう?」

 そう、名乗りもしなかった。でも、名乗りもせずに告白されるのは初めてではなかった。何故か私の周囲には、名前も素性も言わずにそういう事を言う人が多い。だけど私は、素性の知れない人とは話をしたくないのだ。従って自然、冷淡な対応になる。私は、自分の名前をはっきり言えない男と付き合った事はない。

 正直に告白すれば、私は異性に困った事はない。そもそも恋愛にはあまり興味がなく、たまに好きな人が出来ても、積極的に付き合いたいとは思わない。付き合ったら付き合ったで、色々面倒だったり、楽しい事だけじゃなく悲しい事や辛い事もあるから。だけど好きな人に好きだと言われれば嬉しい。言われたら付き合う。だけどここ一年半は誰とも付き合っていなかった。

 友人が指摘した男が、昨夜の酒酔い男なのだとしたら、小柄で若すぎる印象だけど、確かにルックスは良いと思う。ただ、私は外見の良し悪しで、付き合うかどうかを決めた事はなく、内面で選ぶ。つまり、初対面や知らない人と付き合う事はまずない。私は用心深く臆病なのだ。相手がどういう人間か知らないのに、相手が理解できないのに付き合う事はできない。少なくともある程度の共通項を見出せなければ、親近感も抱けない。

 恐いのだ。


まぁ、ぶっちゃけ冒頭の酒に酔った男の名前を名乗らない告白(しかも強引で支離滅裂)だけほぼ実話(主な会話内容はだいたいフィクション)。

現実の方はと言えば、小娘で男の心情を察してやれるほどの余裕も経験もなかった私は、罰ゲームか何かの間違いだと思ってスルーしたのですが、後日結婚後に再会し、再度酔った彼に、今度は面と向かって告白されて初めて本気だったのかと気付きました(ニブすぎ)。

彼が本気だったと知っていても、付き合ったかどうかは不明ですが(そもそも彼がどういう人なのかすらまともに知らない)その時の戸惑いや衝撃を小説にしてみようと思います。

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