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紅葉乃山佐乃絵は探偵である



 

「犯人は貴方です」



 そう――彼女は告げた。

 告げられた犯人からすれば、今までの行動を振り返り、今まさになんでそうなったのかについて悩んでいるのかも知れない。

 けれど、まぁ、いつも彼女に連れ回されている僕からすれば、それはまさにいつもの通りであり、



「だからなんで僕!?」



 と言ってしまうわけで。

 その僕の突っ込みに対し、

「一件落着ですね」

「いや全く落着してないけど!?」

 と突っ込むのはごく普通の事である。



 彼女――

 つまり、この場における探偵――

 紅葉乃山佐乃絵もみじのやまさのえは探偵である。

 そして、僕――坂之下好江さかのしたこのえは、彼女の執事であり、彼女の家の居候であり、付き人である。

 紅葉乃山家は、割と由緒正しきお金持ちだったのだけれど、折り悪く、あの悪しき、ガソリン事件が起こり、世界中のガソリンが無くなり、経済界、つまり、貿易業における失敗の煽りをまともにくらい、当時、目の玉が飛び出る程あったお金というお金が懐から飛び出し、なんだかんだすったもんだの末、会社を手放し、現在の中流家庭に落ち着いた。

 運が良いと僕は素直に思った。

 一家離散が起こり、無理心中という事態も考えられるような話であるが故に。

 当時、僕は中学に上がったばかりであり、それなりの執事道をすでに学び、彼女の従者をやっていたのだけれど、その話を聞いて、「てことは僕クビ?」と思ったものである。

 とは言え、我が坂之下家は僕が中学の頃から奉公に出ている事からわかるように、当然、紅葉乃山家に代々仕える執事、メイドの家系だったので、落魄おちぶれたとはいえ、元は主家。とりあえずお前頑張ってきなさいとそのまま奉公に出され続け、僕は今も彼女の付き人をやっているという事になるわけです。


 なんで?


 まぁ、坂之下家は優秀なメイドや執事を育成する『機関』(ものものしい名前である)を運営しているので、別段僕が帰って来なくても、なんとかなるというか。収入の道はすでに確保されているというか。

 そういうわけで、かねてより、事件現場に勝手に出入りする事に定評のあったお嬢様は探偵事務所を勝手に経営し、助手として僕を扱っているわけで。

 そこで、話が元に戻るわけだけど、



「この現場から、昨夜ダイヤが盗まれた、という事はすでに掴んでいます」

「うん。さっき警部さんが言ってたからね」

「ご存じでしたか!?」

「警部さん!?」

 丸顔ちょびひげのおじさんが戦慄した。

 僕はその事実に驚愕する。

「簡単な推理です」

 ドヤ顔のお嬢様である。

「流石だ!」

 褒める警部さん。

 僕は思わず白目をむいたが、どうにか気を落ち着ける。

「と、とりあえず、お嬢様……」

 と声をかけてみるが、そんな事は構わず、


「犯行時刻は、この美術館がしまる二〇時から今日の開館前の準備時間――朝の九時までの間ね」


「まさかそんな事まで!?」

 ドヤ顔のお嬢様である。

「さっきそっちの新人さんが言ってましたよね!? まんま言ってましたよね!?」

 今この場にいるのは、館長、警部さん、新人さん(警部の部下)、僕、第一発見者の食堂のおじちゃんであり、第一発見者のおじちゃんの奥さんであり、第一発見者のおじちゃんの息子さんまでいる。ちなみに第一発見者のおじちゃんの娘さんは今、トイレにいっているらしい。


 多すぎないか? 第一発見者のおじちゃんの家族……。


「流石、警部が呼んだ探偵だけある……っ!」

 新人さんは驚愕していた。ポニテが震えている。

 揃って節穴である。

 好江のあごが落ちた。

「だから犯人は好江――貴方よ!」

「何故!?」


 好江、驚愕の叫びである。


「だってそうでしょ? 今日、貴方がこの美術館に来ようと言ったんじゃない」


「言ってませんよ!? そんな事ひとっことも言ってませんよ!? 此処にくる事自体、お嬢様が公園でランチを食べたいとか言って、やっぱり動物園……いやしかし……っ! なんて事をやってる時にあそこに居る警部さん達がうろうろしてたからついてきただけじゃないですか!? ていうか勝手に僕の携帯使って姉さんとかに連絡しないでくれませんか!? お姉さんポイントが勝手にたまるんですからね!? それ!」


 ちなみにお姉さんポイントはたまると、好江が色々とサービスをしてくれる。割と人気商品である。それと別に佐乃絵ポイントがある。佐乃絵ポイントはたまっても、佐乃絵の推理が発揮されるだけである。割と人気がない。


「お恥ずかしい」

 警部さんが照れた。

「意味がわからないっ!」

 好江が突っ込んだ。

「流石の突っ込みです!」

 ポニテが揺れた。意味がわからないっ!

「で、どうやってダイヤを盗んだの? ほら、早く教えて。かもん、かもん」

「何故!? だから盗んでませんよ!? 耳を寄せないでくれませんかっ!? ていうかダイヤとかに興味がないのはお嬢様が良く知ってるでしょ!?」

「秘密にしておいてあげるから。ちょっと警察に教えるだけだから。……ねっ? ていうかもう少し此処に息吹きかけて」

「……ねっ? じゃないですよ!? なんで無駄に可愛く振る舞ってるんですか!? ていうか告げ口する気まんまんですよね!? ていうか最後に追加された文言は何!?」

「もう……意地悪っ!」

「意地悪じゃないですよね!? 犯罪者になるかどうかの瀬戸際ですよね!?」

「で、探偵さん……犯人は助手さんなのですか?」


「大体ね」


「大体で犯人に決まってたまるかっ! 証拠を見せてからにしてくれませんか!?」

 まるで犯人のような口上を述べてしまったのだけれど。

 というより、僕からすれば、それはもうなんて言うか、まぁ外から見る人が見ればそれはもう、丸わかりなのだけれど、第一発見者のおじちゃんがもうなんて言うか汗をダラダラ流し、さっきから手を握ったり、開いたりしたりで忙しく、まぁ割に笑顔でにこにこしている奥さんが犯人の風格たっぷりで……。

 つーか、消去法的に、お嬢様がダイヤに興味を示すはずもなく、警部さん、新人さん(ポニテ)も除外したら、この場にいるのは支配人と第一発見者のおじちゃんの家族およびおじちゃんだけになるわけで。

 そして館長がわざわざそんなアブナイ橋を渡る必要はないわけで。

 国営の美術館なのだから。

 こう言ってはなんだけれど、そういう事とは無関係に居られる場所だ。

 本来は。

 ……おじちゃんははっきり言って、そういう事に向いてはいなさそうだけれど、手を出さなければならないような状況に陥りやすそうな人に見える。悪い人ではなさそうだけれど、そうしなければならないような状況に陥ってしまえば、やりきる人だろう。

 現に、この数分で、汗は止まり、手を握ったり開いたり、といった行為も終え、時計を見る事もやめた。

 ということは、これで何かが終わったということだろう。

 何より、僕が気になるのは、おじちゃんの奥さんである。おじちゃんは結婚指輪をしていて、彼女はしていない。

 まるでわざと疑われるように仕向けているかのように、である。

 時間稼ぎ、この上ない感じである。


 さてさて。


「で、お嬢様……? 僕が犯人だったとしたら、どうやって盗んだんです? 此処の警報装置の番号は館長しか知らず、この部屋自体、その番号を館長が打ち込まない限り、開かない仕組みで、それはしかも二重で、箱自体に仕掛けられた警報装置と、部屋の番号――このどっちも入手するには館長しか出来ないと思うんですが……?」

 一瞬、名前が出た館長がびくっとするが、すぐに、なんだその話か、という感じで腕を組み直す。

「それはまぁ、ほら、好江、パソコン得意でしょ?」



「何処の天才クラッカーですか!? 僕は!?」



 まさかの過大評価だった。

「ていうかそういうバックドアとかシステム的な話になったら全く話の展開的に無理があるでしょ!?」

「いやいや。だってほら? 男の子の股にはそういうドアが……」

「どんな社会の窓の話!? お嬢様!? ていうかそれを出しても出てくるのはただの犯罪記録だけですよね!?」

「知ってる知ってる。バックドアでしょ? あの良くトラックを誘導する……」

「バックオーライ!?」

「好江の変態っ!」

「どうして!?」

 好江が突っ込んだ。ついでにお嬢様のボディブローがヒットした。ごろごろと好江が転がる。良いところに入ったらしい。ちなみにお嬢様はお嬢様流格闘術の達人である。お嬢様流格闘術はお嬢様達が襲われた時に抵抗出来るように開発された武術であり、そのパンチを受けた者はひたすら苦しみ続けるという噂の武術である。

 極めると、死んだ方がマシだ! と思うくらいの苦痛を与え続ける事が出来るらしい。現に、好江がエクトプラズム(生体エネルギー)を吐き出しそうになったが、お嬢様はそれを押しとどめている。

「でもまぁ、それは簡単にクリアできる問題です」

「……」

「あれ? 好江? ……もう、仕方ないなぁ……えいっ」

 お嬢様流格闘術で昏倒した相手を蘇らすキャンセルお嬢様格闘術という武術があり、効果はお嬢様流格闘術で昏倒した相手の意識を取り戻す荒技であり、キャンセルされた相手は『もうらめぇええええ! ひぎぃいいいいい!』という快感ではなく、リアルな痛みによって強制的に現実に引き戻されるのだ。


「もうらめぇええええ! ひぎぃいっ!」


 一応、好江は蘇った。執事としてあるまじき形相だけど、割と日常茶飯事にこういう目に遭ってるので一般的な男性よりはミジンコ程度の耐性はある。子供が見たらトラウマになりそうな形相だけれど、気にしないで欲しい。そういうものなのである。

「でもまぁ、それは簡単にクリアできる問題です」

「そ、そうなんですか……? ていうか、あれ? おじいちゃん……?」

 若干、向こう側に行っていたらしいけれど、気にしないで欲しい。そういうものなのである。

「例えば、メンテナンスする時に使う鍵を使えばいいんです」

「……なるほど」

 そう言って、彼女はかちゃかちゃと扉を触り(一応、鑑識作業後です。一応、ね)、

「まぁそれよりも単純に、非常時用の鍵を使った方が正しいですかね? 番号を忘れた、時、もしくは不測の事態のために用意された。警部さん、此処の解錠記録はどう出ていたんですか?」

「なるほど! 流石探偵さん!」

「調べてなかったの!?」

 好江が驚いた。

「此処にありますよ、警部。一応、探偵さんに言われたように、非常時用の鍵が使われてますね」

 ささっとポニテの新人さんが取り出す。

 いや、……ていうか警部さん? 貴方、もしかしてわざとやってません?

「ということは、その鍵の在処さえわかれば、犯行は可能なんですね」


「だから、好江、貴方が犯人です」

「短絡的過ぎるだろうっ!? 誰でも良いなら、この場にいる誰でも犯人になれるじゃん!」

「わたしは昨日友人と飲んでいました!」

 いの一番に新人さんが身の潔白を証明しだした! なんで!? あんた警察官でしょ!?

「儂はキャバを梯子していました!」

「だから警部さん!?」

 さっきからこの人ホントに警部!? エリートですよ!? 警部さんってさ!


「私はダイヤに興味がありません!」


「それ、犯人でないって証拠にならない発言ですからね!? お嬢様!?」

「だから好江が犯人になれば良い、私はそう思います。大丈夫。世間的に顔向け出来なくなっても、私は好江を見捨てないわ」

「どんな発言!?」



 と、その時、携帯が震える。それを目聡くお嬢様が見つけ、僕から携帯を奪い取り、二言三言交わすと、こう――告げた。




――「犯人は貴方です」



 館長が捕まり、共犯であったおじちゃんは情状酌量となった。

 事の発端は、館長がおじちゃんの家族を誘拐し、脅した事にあったわけだ。

 それに気付いたお嬢様のぶっ飛びすぎた推理に、乗っかったのが、お嬢様の命を受けて出撃した我が姉が率いる無駄にハイスペックな『軍団』である。

『軍団』は、警察の特殊部隊にも出張しているという間違った方向性で運営されている機関の教育のこれまた無駄にハイスペックな箇所であり、メイド服の下に特殊装甲を編み込んだ『真・メイド服』と『メイドの嗜み』と呼ばれる軍事訓練を受けた能力(狙撃銃から装甲車、果ては戦闘機まで一通りの軍事行動の精錬化)を駆使し、事件解決に導く、なんていうか都市伝説みたいな集団である。

 ちなみに以前、僕が姉に連れて行かれた時は、警察官のむくつけき、特殊部隊の方々がきっちりいかつい顔のまま『真・メイド服』を着こなし、整列していた。

 最早、なんていうか世紀末の様相であった事を此処に伝えておこう。


「で、なんで僕に手錠が!?」

 館長さんだけでなく、僕にまで手錠である。

「いや……ノリ?」

「ノリで犯人にしないで頂けませんか!? ていうか警部さん!? なんで『あれ? おかしいな?』ていう顔をしてるんですか!? おかしいのはこの状況ですよ!? ていうかお嬢様を信用しすぎです!」

「わたしは気付いてました!」

「だから新人さん!?」

「ちなみにわたしはこのまま連行しても良いですよ!」

「一体なんの話ですか!?」

「いえ……二人きりで、その、……取り調べとかどうでしょう? カツ丼、奢りますけど?」

「だから一体なんの話なんですか!? それ!?」

「デートです!」

「よしんばそれがデートだとしても取り調べがデートってなんかちがくないですか!?」

「わたし、カツ丼が好きです!」

「うぉおおおおお! なんかリアクションが違う! そういう事じゃない! そういう事じゃなくて!」

「ふん。そのまま変な性癖を覚醒させちゃえばいいんじゃない!?」

「お嬢様!? 踏んでる! 凄く踏んでる! 痛いから! 凄く痛いから!」


 まぁ、結局、捕まらずに済んだし……これでいいんじゃないですかね?






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