第三九代目夏上家当主――夏上野乃月の災難 2 チャイナ服制服化事件
第三九代目夏上家当主――夏上野乃月の災難 2 チャイナ服制服化事件
夏上野乃月はただの一七歳の高校生だ。
家はそれほどのお金持ちではないし、貧乏でもない。気立てはまぁ……その外見を良く裏切ると言われている。本人は無自覚である。趣味は本屋巡り。インドア派であり、よく『私ってオタク……? いやまだ大丈夫』と自問しているが、まぁそれはいいとして。
ていうかオタクじゃね? 認めちゃえよ、……ユー。
……、まぁ、そう、それはそれとして。
彼女が普通の高校生と違うのは、式神と契約している、という『一点』だけだ。
それ以外は……まぁ、なんだろう? 見た目と中身が以外と裏腹っていう所くらいだろうか? まぁでも、その辺りは人間なら誰しも持ってる物なので、さしたる特徴とは言えないかも知れない。
兎に角――
夏上家は廃れた陰陽師の家系であり、野乃月はそこの暫定的当主なのだ。
*
BLという業界について詳しいかと聞かれれば、別段詳しくないです。
でも、好きか嫌いかで言えば好きです。
なので、
「これが最近のおすすめ」
「ふむふむなるほど」
雪が鞄からどさどさと本を渡して来ます。
大変有り難い限りです。
彼女とは、好みのジャンルが違ったりもしますが、私は案外雑食ですし、それほど知らないのでなんでもいけます。どか食いです。なんだかこう……ドキドキしますね。
心のイケナイ部分がドキドキ、みたいな。
「ていうか、野乃樹はそれについて何も言わないの?」
「言うも何も、貸したらダメージを負ったりしてますが、なんだかんだ読んでますよ」
「(にやにや)」
何故か雪が笑っています。……悪い顔です。
たまにおすすめのBLを貸したりしますが、『こ、これを読めと言うのか……っ!!』『面白いですよ。特に犬耳王子が猫耳眼鏡にぎとぎとに翻弄されるシーンとか』『……くっ、他意はないんだろうし、ごく普通に感想を求められるだけだろうし、ていうかこの場合他意がないのがホントに泣きそう……そして、こういう趣味も共有出来るのは強いって雪も言ってたし――でも試練だよね! これ!? そういう趣味はない! 目覚めたくないんだぁああああああっ!』
……毎度毎度、野乃樹はわけのわからない事を言いすぎですよね。黙ってれば格好良いのに。面白かったですが、存外複雑な気分でした、というのは秘密です。
猫耳眼鏡、と言えば、心当たりがないわけでもないわけですし。
「ふむ。しかし、雪さん」
「なんだい? 明智君」
「いやね、最近の事件てのはなんでこんなに変態化……ではなく、誰が稀代の名探偵ですか。ていうか、アンタは何?」
「小林少年。ついてないけど」
「何処に向かっての発言ですか!? ていうか、登場人物がそれだと一気にラブコメ臭が漂う作品になっちゃうじゃないですか!? なんて事をするんですか! 私、気になります!」
「憧れの名探偵に弟子入りするべく、男装し、小林少年は明智探偵事務所に潜り込む」スマフォゲーでありそうですね! やりたくなりました! ギャクハー! 逆ハー! 誰か商品化してくださぁあああああい!
「ていうか、雪としては男×男の方が好みじゃないんですか?」
と、私は最もな疑問をぶつけてみます。BLゲーについても彼女は詳しいのです。
「ケースバイケース。あたしは今幸せだから○ラブルもバッチこいよ」
「……なるほど」
まぁ、上手くいってるらしいので何よりです。昨日は吉田君とデートしてたのだとか。
……。
「ふむ……」
「いや、流石にそんなきらびやかなぎとぎとのシーンを見ながら考え込むのはどうかと思うわ。あたしは。聞いてる? 野乃月?」
「……入ってますね」
「そういう事じゃないわよ!? 此処教室だからね!?」
そう言えばそうでした。……これはいけませんね。TPOを弁えないと。
たいむぷれいすおぶじぇくと、と読みます。私、博識ですっ!
出来る女は空気を読むのです。
「はい」
見せてあげることにしました。雪の後ろに座ってる野乃樹が噴きましたね。
「いや、あたしのだから内容は知ってるわよっ!? ていうか一緒に見たいわけじゃないしぃっ!」
「雪はわがままですよね。全く……
……私は、その、一緒に見たいです」
「なんであたしがわがままになってるの!? ていうかどんな要望!?」
なんのかんのとやりながら、休み時間が過ぎていきます。
人生は短し、励めよ、乙女、ですか……。
「良し」
「だからなんで拡げたまま席を立つのよ!」
「トイレいってきます」
「宣言せんでいいわ! てか置いてけ!」
*
廊下を歩いていると、前方から、なかなか整った容姿と眼鏡の黄金律が素晴らしい男性、もとい異性が歩いて来ます。とても同い年には思えません。
「あ、夏上。ちょうど良いところに。あのさ」
などと話しかけてきます。
「……どちら様でしたっけ?」
などと首をひねってみます。
「お前同業者だよなぁ!? ていうかその前に同じクラス!クラスメイト!小学生の時一緒だったろ!?」
突っ込まれました。
「冗談ですよ。乃志波君」
乃志波香奈恵。女の子みたいな名前ですが、歴とした男の子です。
その上、ラノベでありがちな生徒会の……なんでしたっけ?
「……雑用……パシリでしたね。確か」
「あのさ、言い方ひとつで印象って変わるからな? 一応、確かに僕は雑用係だけど、パシリじゃなくて、庶務。雑務係」
「似たようなもんじゃないですか」
「お前からかってるな? からかってるよな!?」
「いえ。眼鏡は素敵ですね」
「からかうなよ……ていうか、野乃樹は何してんの? あれ……? ていうか眼鏡……? あれ……?」
手を振ってさらっと流してからのボケでした。クールですからね。クールでボケてます。野乃樹と居る時はクールでもなんでもなくて、ただのおボケきゃらにされていますがね。カブキ過ぎなくらいに。以前、野乃樹と一緒に騒動に巻き込まれた時は、一緒に全裸で走り回って結局雪がトドメを刺したんでしたっけ……?
まぁそれはそれとして。まぁ由緒正しき陰陽師の家系らしいのに妙に野乃樹と一緒にいます。そうそう、どうでもいいですが、ついでに、後輩にもモテててます。彼。わからないでもないのです。知的な雰囲気と怜悧な瞳が『……先輩』とかさせそうな感じなんですよね。婚約者持ち、というのもまた女の子の奪取癖を加速させるのかも知れないですし。ついでに美人のお姉さん持ちという話も聞いたことがあります。
……まぁ、なんかどっかの主人公みたいですね。
「はぁ。教室でBL見て、なんか噴いてましたけど」
「いやね、こういうのは何かと思うぜ?」
「?こういうの、と言いますと?」
「……お前、一応陰陽師だろ?」
「まぁ今年限りですけどね」
阿付兄さん――夏上家の本来の当主です。が、英国から帰ってくれば、私の陰陽師としての役目は終わります。
「だから常に式神と行動を……――って今年限り!?」
「受験がありますから」兄さんが帰ってくる予定ですし。
「うぇええ!? 一般人に戻るわけ!?」
「?乃志波君は大学とか行かないんですか? ていうかそもそもそれほど一般人と差がないですよ。陰陽師は」
……てっきり、そういう青春を謳歌するにはパーフェクトな人間に見えましたが。ていうか、今だって一般社会に席を置いてる気がしますけれどね。
「あー……僕は家業を継ぐからなぁ。きっと」
ちなみに陰陽師と農業が乃志波君の実家の仕事です。
「そうですか。でわ」
「……どっか行くわけ?」
「そりゃ行きますよ」
漏れそうですからね。
「……ついていくよ」
「いや、来ないで下さい。変態ですか」
「誰が変態!?」
「乃志波君ですよ。それ以外誰が居るんですか?」
「……なんとなく、野乃樹がしょっちゅう叫んでる一端を覗いた気がしたなぁ」
「はぁ。とりあえずやんごとなき所要ですので、ついてこないで下さい」
「はいはい」
手をひらひらと振って、廊下を曲がります。
さて、
……。
「きゃー」
「大丈夫か!? 夏上!」
……。
私の声ってかなりか細いんですよねぇ。
無言でとりあえず乃志波君のホッペタをつねります。
「ひたいたひたひいたい!」
「良いから教室に戻れ」
「乱暴な言葉遣いに!?」
当然です。鼻フックしても良いくらいですよ?
「何かあれば私は野乃樹を呼ぶから大丈夫ですよ」
何か一瞬、驚いた表情を見せられたような気がしましたが、気の性でしょう。
「そっか。とりあえず気を付けろよ」
「?なんです? その妙な伏線の張り方は?」
まぁ、無駄話をしている余裕はありません。
私は――行かねばならんのです!
「じゃ」
「お前が話をぶった切るのかよ! 僕の伏線の意味は!? ねぇっ! 聞けよ!」
*
学校のトイレってなんでこんなに不気味なんでしょうかね? とは、私の台詞ではないですが、とりあえず夜の校舎の不気味さって半端ないです、という意見には大賛成です。
話が逸れましたね。
「……」
「……何してるんです?野乃樹?」
「いや、別に……」
……。
「別にもくそもないですよ!? 此処女子トレイですよ! 謹慎確実です! ていうか通報しますよ! ついさっきまで教室にいましたよね!?」
「ちょっ! ストップ! ていうか近い! マジで! 吐息が! 吐息ががぁ! おれだって好きで此処に来たわけじゃないよ! 式四乃に連れてこられたんだ! でもこれ役得かも! 鼻血出そう!」
「居ないじゃないですか!」
「さっきそこの窓から不審人物を追って、飛び降りたんだって!」
……まぁ、嘘をつくタイプじゃ……ごめんなさい。結構さらっと嘘をつくタイプでした。無駄に。とは言え、式四乃さんが関わってるなら、まぁ女子トイレに入りたくてたまらなかった、という事はないでしょう。なんとなく野乃樹だったら『覗きたいんだ』『……え?マジですか?』『……マジだ』とか言いそうですからね。
ちなみに空見式四乃さんは乃志波君の式神です。
出るところ出て、強引な所もあり、弾ける笑顔……なんでしょうね。同性的には嫉妬の炎が燃え盛りますね。ぱっちりとした瞳に、肩の上程度のさらっとした髪――はっきり言って、美少女です。しかも行動派。格好良いです。たまにどろっぷきっくをかましたくなりますが、生憎、私の運動能力値がそれほどないので出来ないのが残念です。きっと噛まそうとすると、ジャンプが足りなくて、ツイスターゲームしちゃうでしょうね。あー、ツイスト、ツイスト。
……こほん。
自分の暗黒面が覗くところだったので、これ以上の詮索は中止です。ニーチぇも言っていた気がします――『あまり性癖を考えるな。感じるんだ』と。うん……まぁとにかく。
乃志波君と式四乃さんは陰陽師と式神の関係ですが、――あの二人は少し特殊で、乃志波君が式神になる事も出来て、式四乃さんが陰陽師の役を果たすことも出来ます。
『入れ替え(スイッチ)』――が特異技、という所でしょうか。……なんか格好良いですね。
……特異って……。
なんて野暮な自分突っ込みはおいておいて。
波野高校のエース――そんな二つ名をあげても良いくらいです。
ま、最近ではそのスタイルが主流と言えば主流なのですが(式神も『契約』が主体になってますし)同年代で二人ほど上手く『入れ替え(スイッチ)』が出来る陰陽師と式神はいない気がします。一昔前の形代で呼び出すのも確かに風流と言えば風流ですし、簡単な式神降臨術(いわゆる紙とか)であれば、私も使えますが、しかし、成り立てE級陰陽師には、そんな高等技術を使ってる余裕はありません。(何せ用意が面倒臭いのです。折紙苦手。まぁ折紙ちゃんは大好きですが。まるで関係ないですねっ!)説明を加えると、二人組はやはり、テニスの軟式のダブルスと硬式のダブルスくらい効率が違います。ま、軟式と硬式だと速度が違うので、そもそも条件が違うから成り立たないと言えば、成り立たないのですが。方便なので、あまり詳しく聞かないで下さい。
つまり、単純にわけると防御(陰陽師・後列)と攻撃(式神・前列)が入れ替われる、――が、ついでにダブルで攻撃出来る、もしくは防御出来る、というわけです。単騎待ちより両面で待てる方が引っ掛かるというのは言わずもがな。
ていうか、
「早く出て行って下さい。野乃樹」
「わかった! わかったって!」
「……なんで名残惜しそうなんですか?」
「ちがっ――ぶはっ!」
……なんで鼻血だしたんですかね? 此奴。真面目な話、一瞬、今すぐ警察に通報すべき、という単語が頭を過ぎって、思わず携帯で一一〇番する所でした。
なんかこうついでに私の手に負えない変態――という称号も浮かびましたが、まさか、ねぇ? だとしても、ねぇ?
「やれやれ」
*
どうでも良い話だけど、変態じゃないと思う。多分。
「何してんの? 野乃樹」
「野乃月を守ってる」
「……ふぅん」
「彼奴、自覚ないけど、可愛いから」
「ふぅん……」
式四乃が非道く胡乱な目で見てくるが、
「それにな、式四乃、野乃月はあーいう手合い――変態に好かれるんだ」
――チャイナ服を着た不審人物。式四乃の結界に何か不審な影、という事で連れ出された物の、糸を結ぶまでは至らず、だ。
「鏡見たらどう?」
「……えーと、そんな事より、失敗したの?」
とりあえず鼻血を拭いながら尋ねる。なんだか物凄い台詞を言われた気がするが、まぁそれは別段突っ込むほどでもない。ていうかあんまり意味がわかんない。とりあえず、先ほど、窓から逃げ出した変質者――はなかなかに狡猾な変質者らしい。式四乃から逃げ果せるのだから、尊敬する。真面目な話。
「元陰陽師って感じかな? 動きの素早さとか完全に式神のソレ、だけど」
「はぁ。世も末だなぁ。嘆かわしい」
「アンタが言うな」
「どういう意味、それ?」
まさか遠回しに自分が変態と言われてるわけでもないだろうし。
しかし。
どんな目的でこの高校に?
それに、どうやって式四乃をまいたんだ?
単純な脚力勝負なら、式四乃はまず負けない。……なのに?
例えば、おれの『匂い』と『糸』にせよ、式四乃の『脚力』にせよ、普通であれば、発揮すれば、相手を捕まえるのはそんなに難しい事じゃない。まぁ、状況にもよるだろうけれど。特におれと違って、陰陽師と式神の利点を両方使える式四乃にすれば、何てことはないだろう。
式神、陰陽師という立ち位置を一人でできるのだから。
それから逃げ果せるのだから、普通じゃない。
もしかすると、なんらかの盲点があるのかもだけど。
「それにしても……」
「ティッシュ詰めたら?」
「さんくす」
「……はぁ。アンタも割と大変よねぇ」
「?」
此奴は、なんだかんだ言いながら、結構青春を謳歌してる気がしたけれど……? まぁ、そんな事は置いといて。
そもそも女の子のその深謀遠慮はおれの想像のつく物じゃない。
勝てません、女の子には。
とりあえず鼻の穴にティッシュを詰める。
「ていうか、香奈恵は?」
「確か先輩に呼ばれただのなんだの……ちっ、手出してたらその先輩絶対殺すわよ」
「おれに宣言するなよ……」愛されてるなぁ……香奈恵。
「野乃樹がやった事にするから大丈夫」
「それ全然大丈夫じゃないよね!?」
……ていうか香奈恵が先輩と? まぁ見た目の割にフットワークが軽いし、なんやかんやと動きまくってるヤツだからなぁ。どうせ陰陽庁の知り合いなんだろう。その先輩というのは。ていうか、式四乃が怖い。無茶苦茶怖い。思わず式四乃さんと言ってしまいそうなくらいに。その彼女を香奈恵は『……可愛いよ』なんて言っていたが……ま、恋は盲目とも言うしなぁ。婚約者で有る前に恋人だぁ! なんて台詞を真面目に言ってしまう辺り、……ま、羨ましい。
「それに……四相会に繋がるかも知れないんだから」
……四相会?
*
「しそうかい、ですか」
「『四』に『相見える』の相で、会。聞いた事があるだろうけれど、聖譜派に、丹生祖派、粋装(すいそう=水装)派、それと地衣那派の四勢力を纏めた陰陽師のグループで、一種の勢力だな」
「ふむ。それが?」全然聞いた事がありません。
「どうも四相会の頭領に施された封印を解こうとしてるらしくてな」
はぁ。話が壮大過ぎてちんぷんかんぷんですね。
「そもそも言葉遊びで『思想』なんだけど、思想集団なんかでもなくて、そして、四相会は単純な陰陽師の集団じゃない。特殊な新興宗教に近い物っていう感じかな」
「で、それがなんだと?」ふむふむ。……こんなんが入るんですか。
人体の不思議ですね。
「何故かウチの高校に多分そこの構成員がいる。だから、アレじゃないか? 封印を解く鍵とかなんかそんなんがこの高校に」
「ラノベの読み過ぎですよ。乃志波君。もっと桃色ピンクに人生を謳歌してみたらどうです?」
「……いや、だからな」
「ちなみに私は放課後真っ直ぐ家に帰り鼻腔を拡げながら、BLを読む予定です。むはむはです」
「……」
「間違えました。うっはうはです」
「どっちでもいいよ!」
日本語って難しいですね。
「……まぁその四相会が可愛い女の子を狙ってるのは間違いないから」
「今乃志波君もしかして私を可愛いと言いましたですか?」
「……あぁ、言ったけれど」
「ふむ。うま○棒でもどうですか? 要ります?」
「餌付け!?」
「それともツンデレた方が良いですか? たまに野乃樹に要求されますんで」
「どんな報酬!?」
「か、勘違いしないでください! 好きなだけなんですから!」
「それはツンデレじゃないよな!?」
……なんか顔を真っ赤にされながら怒られました。
「乃志波君はオタク、ツンデレ好き、にじゅーまる、と。式四乃さんに伝えておきましょう」
「なんか不本意な要素が追加された!? ていうか伝えるな! ていうかその評価は不本意だから! 本物の人にキレられるからやめてくれないかなぁ!?」
別にオタクで有ることを不本意と言う必要はないでしょうに。
「いやそれは不本意も不本意だよ!?」
そうでせうかね?
「……部屋にフィギュアが山ほどあるのに? ですか?」
「……ちょっと野乃樹に用事が出来た」
「あ、さいですか」
手をひらひらと振ります。そろそろお昼休みが終わろうと言うのに。ま、不思議とあの二人は仲が良いので大丈夫でしょう。そこら辺で殴り合ってそうな、青春的な雰囲気がするので、ちょっと覗きに行きたくもなりましたが、
其処へ、
「おや。式四乃さん」
「あ、野乃月。丁度良いところに」
「?なんです?」
「単位足りてる?」
……私、ぴーんと来ました。私、危機察知能力はなかなか凄いんです。某エースパイロット並なのではないかと思っています。見えます! 『足りてる』と言った瞬間『じゃあ一緒に来て』とずるずる襟首を掴まれ引き摺られる姿がが! れでぃーが○っ! 見えた! 其処!
「足りてないです」
なんてばっちぐーな返答なんでしょう。……ふぅ。らららーらららら。
とりあえず汗を拭うことにしましょう。
危機は脱しました。まぁ実際、確かに単位は足りてないですが、まぁ、仕方有りません。高校で留年というのもなかなかのギャグですが、正直、悪くないんじゃないだろうかとも思います。机の上に置いてある『犬耳×眼鏡 四 豆腐風味』を再度手に取って、いやていうか今更ですが豆腐風味ってなんですかと思いながら今日も社会の授業を上手い事過ごそうと――
「じゃあ一緒に来て」
……あるぇ?
「……」
「……」
一呼吸、吸って、
「やっぱり足りてます」
「うん。じゃあ一緒に来て」
……。
おかしいですね。
YESとNO、はい、いいえをどちらもこなしましたが、
……どっちの返答も同じです。
「あの、式四乃さん。もしかして、日本語苦手ですか?」
「いや、凄く得意よ」
「そうですよね」
うん、じゃあ、続きを読みに席に座ろうと私は椅子を引きましたが――
がしっ。
がし?
「じゃ、仕事よ。仕事」
「私の仕事はBL鑑賞ですぅ!」ばたばた。
「恥ずかしいからあんまりその肌色を振り回さないで。ていうか、普通に席に置いてきなさいよ」
「あ、そう言えば式四乃さんも好きでしたっけ? BL。今度おすすめ貸しますね」
「誰から聞いた!?」
「野乃樹から」
「……ちょっと後で野乃樹借りるけど、良い?」
「どうぞどうぞ」
何故か野乃樹が『お前言うなって言ったじゃないか!(野乃樹)』『そもそも漏らしたのは野乃樹です(私)』『ぎゃあああ! そうだった! おれの馬鹿ぁ!(野乃樹)』なんて事になったような気がしないでもないですが、気の性でしょう。
式四乃さんがC級のライセンス通り――私とはとても比べものにならない程、上手な隠形術を発動させ、先生方の目から隠れます。こそこそと階段を上ります。いや、先生、生徒の目がないからって、ジョジョ立ちしないでください。しかもなんです? そのバランス。ぱーふぇくとじゃないですか。
「上手いですね(隠形術が)」
「コツがあってね」
「わかります。式四乃さんが実は覗くのが好きって」
「どんな勘違い!?」
二人で心温まるがーるずとーくをしながら、野乃樹がいるという場所まで行きます。
「真面目な話、単位やばいんですが」
「大丈夫。変わりの依り代置いてきたから」
「……大丈夫ですかね。依り代なんかじゃ私の知的さが損なわれるんじゃないですか? 私、確かにどちらかと言えばへっぽこですが、他人受けは悪くないんですよ?」
「……口を開かなければ、モテると思う。でもまぁ、……うん、モテはしないかも。人気はあるけど隣にアレが居たらねぇ」
「どんなコメントですか!? ていうかそれフォローになってるんですか!? ていうか口を開かなければモテる!? なんです!? もしかして、私……」
「そうそう、野乃月は結構――」
「いや、ないわぁ」
「自己否定!?」
「……抱きついていいですか?」
「どうしたの!? 野乃月! ていうかわたし、そっちの趣味はないわよ!?」
「可愛いっていうのは、式四乃さんのような女の子の事言うんですよ。……揉んで良いですよね? 揉ましてくれるんですよね!? ……この傷心の私を慰めるために。ていうか、私はアレですよ? モテないから、お金を稼いで可愛い格好良い男の子と一緒になる、という夢があるんですよ? だから大学に行くんです!」
「どんな確認の仕方!? 嫌よ! そして聞いてない! そんな裏話は求めてない!」
「そのパイオツ……この両手に! 乗せられるのか! それとも乗せられなくもないのかどっちだ!」
「どっちもYESじゃない! そして確認も取らずに近寄らないで! 嫌ぁあああああああああ!」
「URYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!」あいきゃんくりっぷゆあにっぷるず!
「ぎゃぁ、ぎゃあああああああああ!? マジで!? マジなの!?」
なんてやってる所を、
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああ!? こすれ、こすられ、ぎゃあああああああああああああああああああ!? らめぇえええええええ! なんかきちゃう! でちゃうからぁああああああああああああああああああああああああああああ!」
なんて、悲鳴をあげながら、野乃樹が走り去っていきます。二人して、思わず、見る限り、彼の背後をぼわさぁっと思わず表現したくなるようなどさぁっとしたすねこすりの大群がついていってるのです。……なかなかレアな表情してましたね……野乃樹。
ドドドドドドドドドドドド……。
わしゃしゃしゃしゃとどうやら擽られてるようですね。……なんて恐ろしい。
まるまっこい子豚のような短い手足とこれまた球体然としたふにっとした触り心地の良さそうな身体……
あんなのがあの量でぷにぷにさせてすねこすられたら、理性が崩壊しそうです。あまりのもにゃもにゃさ加減に……あぁ、たまらない。
ま、それはそれとして――
「えいっ」
「だから揉もうとするな!」
続行しようとしたら、怒られました。
*
「で、何がどうなってるんですか?」
「アンタね……」
溜息をつきながら、式四乃さんがこっちを見てきます。
「野乃樹を心配しなくて良いの?」
「心配は心配ですが、もうしばらく式四乃さんの良い香りを嗅ぎたいです。くんくん」
「全く関係ない話題!? ていうか嗅ぐな!」
「ま、式神状態が継続されてるんで、大丈夫じゃないですか? 下手に私が出て行って、私を抱えて逃げるより、楽だと思いますよ」
「……はぁ。本気で逃げ回ってるって事? まぁ、すねこすられてヨダレ垂らしても、気にしなくて良いってのは楽かもね。……プライド的に。ちょっと香奈恵のそんな姿見てみたいかも……うひっ」意外と式四乃さんもHENTAIでした!
「……し、しかし敵もさるものですね。私だったら、あのすねこすりの海にダイブします。たまりません。もうすねと言わず全身をすねこすられたいです」
「そう言えば、一時期アンタ肉球召喚にこってたっけ」
「野乃樹に肉球をつける事も出来るんですが、嫌がられましてね。可愛いのに。一日中ぷにぷにしたかったのに」
「それは……複雑だろうね」
「?ふむ。そういうもんなんですか?」
野乃樹に肉球とか最強コンボじゃないですかね? ほぼ。
「しかし式四乃さん。なかなか素敵なショーツを履いてらっしゃいますね」
「おい、野乃月。どこから見た? いや、どうやって見た?」
「しかし女子高生に黒はちょっと早い気がしますね。あだるてぃっしゅです。鼻血でそうです。ぷぷっ……おっとと」
「出てる! 出てるから! そしてそんなもん履いてないわ!」
「……まさかすっぽんぽんとは……それはまたそれでアリです」
「アリなんかい!? ――じゃなくて! 履いてる! 履いてるけど、黒じゃないの! ていうか見えてないじゃない!? これ、自爆!? ――うぁあああああ!? 清純派のイメージが!」
いや、貴女はすでに十分HENTAIですよ? 多分。
「むむっ――! ……怪しげな気配を感じます。ちょっと静かに」
「話題を振ったのはアンタよね!?」
式四乃さんの唇を塞いで私は――……なんかアダルトな言い回しですね、これ。実際は手で抑えているだけですが。
……隠形術が発動してるとはいえあれだけの量のすねこすりを召喚出来るのですから、……恐らくかなりの腕を擁しているはずです。
つまり――
油断は禁物なのです。
……。
目の前を、チャイナ服を着た壮年の渋いおじさんが歩いて行きます。
「「……」」
そう、例え大真面目な顔で、渋いおじさんがチャイナ服を着ていたとしても。
ていうか格好良さが何かを増大させます。正直な話、街中で見かけたら、ヒロインであっても、思わず――目の前の彼氏に向かってぶばっとストレートぴっつぁですよ。ガチで。ぶ~~~~~ですよ! 昭和です!
いや、まぁ、……そんな事よりアレです。
「……なんでしょうね?」
「いや、……わたしに聞かれても。でも多分、わたしが追ったのはあの人で間違いないと思う。あの服は着てなかったけど……」
そりゃまぁそうですけれどね。ていうかトイレから飛び降りてって一幕はあの人を追っていたわけですか。ふむふむ。
「もしかして例のチャイナ服事件の犯人ですかね?」まぁそれ以外ちょっと考えられない格好です。
「あり得ないと否定出来ない当たり、凄い格好よね……ていうか犯人でしょ」
「ところで、式四乃さんはイヤイヤながら、なんでわたしの制服がチャイナ風に……となんだかんだ言いながら、乃志波君に見せたらしいけれど、真偽の程は――っていひゃいひゃい! ひゃひひゅるんへふかぁ!」
「彼奴かぁ! また彼奴が喋ったのかぁ!? ていうかそれならどうやって知った!? わたし話してないよ!」
「いや、ひょれは雪がひゃべってまひた」
ホッペタをひっぱらりらまま、……ふぅ、ひぱ、……。
こほん。あー、あー、うー、ヴー、う゛ぁー、う゛ー……。
引っ張られたまま喋るのは辛いですね。
「まるで堪えてないようね。ていうか、一瞬、ゾンビ入ってなかった? ねぇ? 屍鬼になってたわよね?」
「意外とラビュラビュカップルな所に、ちょっと涙腺が弛みますね。お姉ちゃん、これで安心です」
「なんでアンタが姉!? どう考えてもわたしでしょ!?」
「……プレゼントは黒のちーばっくとかで良いですかね?」
「……わ、悪くはないかも知れない」
あらあら。
「変態目」
「ぇえええええええ!?」
なーんて、やってた性でしょうか?
気付いたら、
「何をしている?」
――渋い声でばれました!
式四乃さんの馬鹿! アホップル!
「わ、わたしの性じゃないわよ!? の、野乃月の性じゃない!」
「いいえ、式四乃さんがバカップルなのがいけないのです。揉んで良いですか?」
「だからなんでよ!?」
「このリア充目! 揉ませろ! そのふわふわ餅を私に渡せぇえええええっ!」
「アンタに言われたくないわよ!? ていうか発言がおかしいわよ!?」
目の前に立ちはだかるチャイナ服の男性から逃げようと二人で猛然とダッシュ。
しかしそんな簡単にもいかず、
――「逃げるな、陰陽師」
廊下を折れる事すら間に合わなく、なく現れる大量のすねこすり――
「召喚術!? こんなに!? ――そう簡単に逃げられないってわけねっ!」
ちっ、ごまかされませんでしたか。しかし――っ!
「こ、こここここんな大量のすねこすりにすねこすられたら、現世がどうなってもよくなってしまいますよ!? おー、よちよち」
「仕事しろ! 野乃月!」
「いやしかし」とりあえず一匹抱き上げてみます。
……これは……、
むはー……なんてナイスな抱き心地!
「しかしじゃないわよ!? 」
「はぁ。全く。式四乃さんもすねこすられたいのは解りました。仕方ないので一匹貸してあげますよ」というわけでむんずと捕まえてバタバタしているすねこすりを一匹貸してあげます。……貸してあげるだけですがね。
「いやどんな発言よ!」
「いや、話を聞け、陰陽師。無視するな」
「……ていうかなんでおじさん、チャイナ服なんです?」
「話すと長くなる。が、今話したいのはそんな事じゃない」
「「なるほど。じゃあ興味ないんで」」
「逃げられると思うなよ?」
さらに召喚されるすねこすりーズ。これでは、何処にも行けない!
前門のすねこすりと後門のすねこすりに囲まれ、
「「うぅっ……」」
二人はその場に留まるしかない。
「ふっ……お前等には、人質になって貰おう」
そう言って、チャイナ服を着たおじさんが懐から――
*
乃志波が廊下を歩いていると、
「香奈恵――!」
と自分を呼ぶ声が聞こえる。
大体、野乃樹の馬鹿は口が軽い。そもそも、式四乃に対する僕の――ってそういう話じゃない。今、しなければ、いけない話はそんな話じゃない。
「助けろっ」
「やめろ!寄ってくるなぁああああああああああああ!」
どどどどどどどどどどと思わず背景に、ぐわっと勢いよく書き込みたくなるような勢いのあるわしゃわしゃとしたすねこすりの大群が野乃樹の背後から走り寄ってくるのが見える。いや、そもそも野乃樹が声をかけてきた時点で、振り返り、走り出してはいたんだけれども。見逃せ今しかないていうかすねこすりの気持ちよさはやばいやばいよだからよってくんなこっちくんなくそがぁあああああああああああああ! いやつかマジで寄るな。どっか行ってぇええええ! とも思うけれど、学校の廊下は大概直線だ。追いつかれたら、めくるめくような快感の嵐に人格崩壊が起こってしまうかも知れない……! 野乃樹が既に全力疾走であるように、僕もまた全力でダッシュ。Bダッシュ。この連打速度なら……!
「逃げられない!?」
「彼奴ら、普通のすねこすりじゃないぞ! 気を付けろ! 香奈恵!」
「お前の性だよなぁ!?」
「気にするな!」
「気にするから、僕は帰る!」
「馬鹿野郎! 逃がすか!」
「少なくとも味方に向けて使う言葉じゃないっつーの!」
『すねこすらせろー』
「「ぎゃあああああああああああああああああああああああああ!?」」
すぐに階段に辿り着いてしまう。
「――ってぎゃあああ!? 式神化が解ける!? アレか!? 野乃月がピンチなのか!? ていうか効果範囲から飛び出たのか!?」
「だから言っただろ!? 張り付いていろって!」
「お前はすねこすられたいのか!」
「やかましい! 手ぇ出せ! 仮契約だ!」
「いや、……男とチューはちょっと……」
「なんでそこでモテモテショタ先生の話!? もう感動の最終回終わったよ! ていうかそもそもお前、チューしてないよなぁ!?」
「マジか! なんで教えなかったぁあああああああああああああ!」
「いやどっちの話!?」
『今だ! すねをこするんだぁ!』
一斉に大量のすねこすりが二人に飛びかかる。……まぁ、個体で見る分には可愛いけれど、それが大量になった瞬間、どうしようもなく、恐怖感を抱かせるってのはなんですかね?
そう、例え、一匹がただ単純にすねをこするだけであったら、大した事はない。
だがしかし、それが連続して巻き起こったら?
すねこすりのすねこすり技はお肌に優しく、そして、アンチエイジングの効果を持っていると言われている。陰陽師によっては、
『す、すねをこすらせてくださぁい!』
『嫌よ。まだまだ頬が気になるの。もっとこすって(ハート)』
なんて使役の仕方をしている。これをすねこすり条約違反として取り締まる部署――宮内庁、第三調査課の……こほん。話を戻そう。
犬耳を再度生やした野乃樹が、飛びかかってきた大群のすねこすりを――を、……。
から逃げた。
「なんで逃げる!? ていうか抱えるな!」
「野乃月と一緒の時は大概こうなんだよ!」
「ぶっ飛ばせばいいだけじゃねえか!?」
乃志波が見る限り、野乃樹の実力なら、仮契約とは言え、……いや、本契約をする気はない。ないってば。マジで!でも、危険な仕事なら、式四乃より野乃樹を犠牲にしたいのは、マジ。
「なんか失礼な事考えてないよねぇ!?」
「いや、生け贄にするなら野乃樹が一番だなって」
「えぇ!? 香奈恵さんっておれの友人だよねぇ!?」
「あんたの事が一番嫌いだったのよぉ!」
「なんで此処でその台詞!? 中途半端な少女漫画の台詞を盛り込まないでくれない!?」
「とりあえず犠牲にするなら式四乃より野乃樹が先」
「ぶっちゃけ過ぎじゃないかなぁ!? おれ達親友だよねぇ!? でもまぁ気持ちはわかる!」
「つか、なんで逃げる!? 温存しておくような敵でもないだろ!?」
「――馬鹿野郎っ!」
「っ!?」
非道く青ざめて、野乃樹が叫んだ。……なんだ? もしかして、此奴の親が、すねこすりだったりするのか? もしくは、お姉さんの旦那さんがすねこすり……まさか恋人が!? 好きなヤツがすねこす――
――「可愛いじゃないか!」
――「すねこすられろっ!」
「もっきゅもきゅしてるんだぞ!」
「うっ……いや確かにそうんだけど」
いや押されるな。
乃志波は意外と見た目より人が良いし、馬鹿なのだ!
「そう言えば、ていうか野乃月が! あぁ、畜生。ごめん、すねこすり!」
『!?』
「今から全部噛み殺すからな!」
ざわわと髪が伸びる。形作った鬣が、強引に凶暴な雰囲気を纏わせる。傍目から見たら、
「……お前って真面目な話、最低だと僕は思う」
そう乃志波は呟いた。
そう、まさにそんな感じ。
式神化上位――『狼』――当然、『犬』以上の凶暴性を誇る――
うなる野乃樹の声にすねこすりは恐怖を禁じ得ない。
*
――がちゃり、ごとん、と。
音が響く。
懐から、何かを取り出そうとした、おじさんの動きが止まるのが解る。
「……もう、ホントに気が進まないんですが、仕方ないですよね」
そう言って、野乃月がスカートの中から取り出した(落下した)物騒な代物を構え名が言う。
見るからに強烈な存在を放つ――機関銃。
式四乃が見る限り、ちょっと頬が上気している。ノリノリだ。
「こんな力、あまり使いたくないんです」
「嘘をつけ!」
思わず突っ込む式四乃。
「しかも女子高生と機関銃なんてもう垂涎の駄洒落みたいな感じで。困っちゃいますね」
そう言って、軽々と構える。
「な……なぁ?」
チャイナ服のおじさんは懐に手を突っ込んだまま冷や汗を流しているように見える。
そう――
別にE級ライセンスしかないからといって、実力がE級だとは限らないのが現実。
ゲームと違って、勝手に表示ランクが上がる、という便利な事はないのだ!
筆記試験を真面目にやれば、式四乃と同等――下手をすれば、それこそ乃志波より実技の面では上なのかも知れない。
……こういう好きな術だけだけど。
「顕現術という術がありましてね。さて、名前を聞いておきましょうか? チャイナ服のおじさん」
機関銃を構えて、
「抵抗するならミートパイのようにぐちゃぐちゃにしてやりますよ? HAーHAーHAー」
「……どうしよう。頭痛いんだけど」
「大丈夫ですか? 式四乃さん? つきものですか? 貸しましょうか?ナプキン?」
「そういう話じゃないわよ!?」
「くっ――その程度のこけおど――」
ずどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどど――
背にした壁の周囲を撃ち抜く。
じゃらららら、という空の薬莢の音が地面に落ちる音を立てる。
式四乃は頭を抱える。
あぁ、この修理……またやるのきっとわたしなんだろうなぁ……。
「むふっ。この状態の私は、クルツ・ウェー○ーさんを守護霊として身につけていると言っても過言ではないのです」
「せめてダーティー・ハ○ーとでも言ってくれんかね?」
「お前等ボケ倒しか!」
式四乃が突っ込む。
「しかし、その程度の銃撃!この『溝』さえあれば、躱せるわぁ!」
「「!?」」
スリットから、さらっと現れたその御身足には――
「「無駄毛がない!?」」
「これぞ、地衣那派流儀陰陽術――『剃りきれる魔法のカミソリ』!! って違う! 儂が言いたいのはそこじゃない!」
「まぁそうですよね……いやだからどうなんですか?って話になりますもんね」
「えっ!?」
あっ、やばっ――失敗した!と思った。
「……? あ、いや、……もしかして、……式四乃さん……気になってるんですか? 無駄毛?」
うぅ! 突っ込まれた! 言葉尻を捉えられた!
「食いつかないでよ!」
男にはわからない――苦労が、秘話がそこにはあるのよ!
「……はぁ、水着デートですか。乃志波君と? それで無駄毛? なんです? セパレートですか? それともワンピ系? もう悩殺痴態ですね。どこまでやるつもりですか? それともスク水? 変態目」
「チャイナ服に決まってるだろうがぁああああああああああ!」
「ないわよ!? ていうか野乃月コメントがなんか辛辣じゃない!?」
「着ないんですか!?」
「なんでよ! そっちじゃないわよ! 着るわよ!」
「お嬢ちゃん……それは、海外に行ってやればいいんじゃないかの? ちとそんな倒錯した嗜好は早いと儂は思う」
「変態に諭された!? ていうか着るって言ってるでしょ!?」
「「チャイナ服を!?」」
「べったべたぁ! べったベタよねぇえええええええええええええ!? 違うわよ! ていうかお前等息ピッタリですねぇ!?」
「「いや、ないない」」
「リアクションまで!?」
と、言った瞬間、
確かにあたしは見た。
野乃月の目が赤く光るのを。
……そう言えば、野乃月はこういうヤツでした。
「頂きました!」
「――っ!? なっ――しもうた!」
押しつけた銃口ごと相手を壁に押しつけ――
躊躇せず、
躊躇わず、
――引き金を引く。
「これぞ『動けない相手をタコ殴る!(0距離射撃!)』」
「最低よね!?」
式四乃の声が響き渡った。
続けて弾け飛ぶ銃声……。
*
ま、普通なら、銃口を押しつけて発砲なんて事をすれば、大惨事は免れません。銃弾が下手をすれば、自分を襲いますし。跳弾というのは結構洒落にならないのです。マジで。故に、私は、というかそもそも銃弾自体を『呪』力で加工しているので、そういう物理的なダメージというより、
「う、動けない、……だとぅ!?」
相手の中のカロリーを『呪』力によって、強引に減らさせるわけです。
ついでに『縛』という呪術を施してあるので、一定量をくらえば、術も自動発動するという特殊仕様です。
別段スプラッターが苦手(女性は血を見慣れています)というわけではないので、ぶちまけさせてもいいのですが(特に女の敵とか『ドス黒い殺気が立ってるわよ。野乃月(式四乃さん)』)、ま、話を聞くという名目もあることですし。
拘束したわけです。
……なんだかこう……なんですかね。
チャイナ服を『縛』で縛り、あらぬ格好をさせてるこの状況……。
誰得?
「はぁ。まぁいいけど、貴方、どなたですか?どんな目的でこの学校を闊歩――」
「我々四相会の地衣那派は、頭領にチャイナ服を着せるべく尽力する組織です。この学校は近所だったので、地衣那派が作った新たなスタンダードとなる制服、その名も『チャイナ制服でいっチャイナver.194』のアピールの場として有効活用してみた。可愛い女の子をに着せようと画策していたのは、プレゼン用の資料作成の為」
「どうしようもない理由ね!?」
あっ、突っ込みましたね。式四乃さん。
「封印を解くとかそういう事じゃあないんですか?」と言ってみます。どうせ――
「封印? はっ。お嬢さん。ラノベの読み過ぎじゃないのか?」
……いらっときました。
「ぎゃああああああああああ!? 締まるっ! なんかでちゃう! なんかでちゃうぞ! もっと丁寧に! いぢめるなら丁寧にいぢめてくれ! らめぇえええええええ! でもこんな強引な感じも意外とぎんもぢぃいいいいいいいいい! らめぇえええええええええええええ!」
「変態ですか!」
「悪いか!」
……主張されました。
「一般人はわかってない。チャイナ服の素晴らしさを!ビリーブトゥーザトゥルース!(真実を信じよう!)ビリーブトゥーザトゥルース!」
……うざいです。
「殺される! 助けろ! ドス黒い殺気が! 頭領並の殺気がが! たじゅけろ! あba@xけt(‘_’) !? そこの露出希望の変態女子高生!」
「なんでよ!? どうしてわたしがそんな扱いにぃ!? わたしまともでしょ!?」
「はっ――デートで全裸になろうとする変態のどこがまともだと言うんだ?」
式四乃さんが変態に鼻で笑われました。
「……良し。此奴、殺っ!?」
「ちょっと式四乃さん!?」
顕現術で大鎚を取り出した女子高生の姿に私は恐怖を覚えます。
怖っ!
式四乃さんの笑顔怖っ!
「野乃月。ロケラン貸して? 確か顕現術にあったわよね? RPG」
「いや、笑顔で言わないでください」
式四乃さんの笑顔が実は怖い、という事を私は今日、初めて知りました。
*
「あのさ、野乃樹。僕、思うんだけど。さっきみたいな前フリって言うのはさ、ヒロインを助けに行く王子的な展開だと思うんだよね」
「ふむ」
「いや、ふむじゃねえよ」
「その眼鏡、素敵だね」
「いや胡麻貸されねえよ!? つか男に言われても嬉しくないわぁ!」
「だって可愛いじゃん」
「可愛い!? 僕が!?」
「いや、すねこすりが」
「……お前は、きっとラスボスが可愛い女の子だったら、普通に白旗あげそうな逸材だよなぁ!」
「馬鹿野郎!」
「!?」
「結婚を前提にお付き合いしてくださいと告白するに決まってるじゃないか! ま、今のおれに魔王は別に必要ないけど」
「ダメだ此奴……ていうかすねがが! すねがが!(じゅびびっ)」
「ヨダレ垂らすな! 香奈恵! まだだ! まだいける! 頑張れ! もっとだせるはずだ(じゅるる)」
『こすらせろー(ふにゃふにゃとした大群)』
「いやどんな展開だよ!」
「野乃月ならわかってくれる! 例え変な体液まみれになっても!(うにょうにょ)」
「こんな姿で式四乃に会いたくねえよ!? 僕! ていうからめぇえええええええ! すねこすっちゃらめなのぉおおおおおお! なんかでちゃうぅうううううううううううう!」
「新たな一面てヤツだね」
「ギャップにもならない!」
すねこすりの集団にたかられ、ぎゃーぎゃー叫ぶ二人。
ただの変態にしか見えない。
「オチてないよなぁ!?」
「いや、快楽の海には堕ちてる! どやっ!」
「なんでドヤ顔!? 上手くねえよ!? ていうかうぜぇ!」
『こすらせろー』
ぎゃーぎゃー……