表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/76

第三九代目夏上家当主――夏上野乃月の災難 1 猫耳カチューシャ

 夏上野乃月なつがみ ののづきは一七歳の高校生だ。

 家はそれほどのお金持ちではないし、貧乏でもない。気立てはまぁ……その外見を良く裏切ると言われている。本人は無自覚である。趣味は本屋巡り。インドア派であり、よく『私ってオタク……?いやまだ大丈夫』と自問しているが、まぁそれはいいとして。

 彼女が普通の高校生と違うのは、式神と契約している、という『一点』だけだ。

 それ以外は……まぁ、なんだろう? 見た目と中身が以外と裏腹っていう所くらいだろうか? 後良く学校サボる。ずる休みで。まぁでも、その辺りは人間なら誰しも持ってる物なので、さしたる特徴とは言えないかも知れない。


 夏上家は廃れた陰陽師の家系で、野乃月はそこの暫定的当主なのだ。




 1 猫耳カチューシャ



 はぁ、……今日も堪能しました……。と、ぼさっとした頭をぐしぐしと掻きながら、珈琲を飲むべく私はリビングに降ります。

 至福の時間――布団の中でゴロゴロしながら、ラノベの新刊を読み漁るという休日の幸せタイムを過ごした私は、台所に立って、お湯を沸かしはじめます。


 ……ふわぁ。


 いやいや、今度こそ結ばれそうな予感に、正直興奮気味です。これはもう先が気になって仕方がありません。

 

 ……ま、小説の中での話ですが。


 そう、現実においてまるで色恋沙汰に縁のない私ですが、興味は津々。鼻息荒く、ピンク小説を読んだのは一度や二度じゃ済みません。

 人類のー生きる意味とはー的な本能の性なのです。

 ……しかしだいぶ髪が伸びましたね。ぐしぐし髪をいじりいじりしながら、なんとなくそう思います。鏡でも見ようかな、とふと後ろを見てみると、


「なぁ野乃月」

「……」


 式神がいました。


「……」


 式神――と言っても、いわゆる紙とかあやかし、というわけではなく、正確に言うなら、人間が『あやかし』――いわゆる妖怪と契約した、という式神なので、いわゆる男子高校生です。

 私の格好は、その……アレです。もう五月ですし、だいぶ温かく、むしろ、暑くなってきたので、それなりに薄い装備です。旅立ちの日の勇者よりは軽装備ですね。確実に。

 故にまぁ、女性が結婚出来る年齢を今年で一個あげるわけですから、大人のイケてる女になろうとしている女性としてはこれくらい見せつけてなんぼ、という事かも知れませんが、

「借りてたラノベの続きと――って!――あぶなっ!?」

「なんで此処に居るんですか!」


 とりあえずおともだちパンチを見舞います。親指を握り込み、可愛さ倍増、威力半減のアレです。夜は短したすきにかけよおパンツ様的なアレです。すいません。出来心で呆けただけなのです。心が動転しているのです。目つぶし。目つぶし。

「いや、野乃火ののかさんに『上がってれば?』って言われたし」

 さらに続けて繰り出した私の猫パンチを避けて、さらにさらに立て続けに繰り出した幻の左(つまり猫パンチが布石だったわけですが)を簡単に抑えて、そんな言い訳をします。

 えぇい!何故当たらん!連邦のもび――(以下略)


 ……やはり、赤く塗るべきでしょうかね?腕だけでも。


 とは言え当たってもいないのに、何故か鼻血を出した式神にとりあえずティッシュを渡します。よくある事です。

 しかしまぁ、

「――姉さん!」

 まずは上に向かって呼びかけます。文句は言うべきです。


 夏上野乃火は私の姉で、――女子大生という青春を謳歌しています。いつもの事ながら、あの人はフリーダムです。誰それ構わず恋の矢を放ちすぎです! このキューピッドめ! 困るだろうが! と。だからこそ、一言言ってやらないといけません。

 確かに素敵な人ですが。

 そんな事とは関係なく、自由には責任が伴うのだと。年頃の男女を一つ屋根の下――それも、家だと常に無防備、ノーガード戦法を実践している私が居るのにこの仕打ち、と。 ……じゃあ外だとどうなのかと言えば、外では重層歩兵です。右手に盾を――そして左手に槍、です。血継戦術の使い手なのです。私……。

 ま、冗談はそれとして。しゅっしゅっ。


 ちなみに、姉は、そこそこに主張するバランスの良いばでぃに、お酒に、つまり、あだるてぃっしゅな世界に生きてるイケてる女性です。


「いや、もう出かけたけど」

 と、なんでもないことのように野乃樹が言うので、


「……――ていっ」


「指が脇腹にぃ!?地味に痛い!」

 ……さて、気が済んだので、私は一応、上に羽織る物を取りに、自分の部屋に戻ります。どうせ、帰ってくる時に、私が文句を言おうとすると、ドーナッツとかを渡して、『まぁまぁ』とか言いながら、ごまかそうとするに違い有りません。おぉぉおおおおおのれ、……策士め。素敵です! きゃほーい。

 リビングに戻って来ると、珈琲を用意した式神――千代野乃樹ちしろ ののきがいます。……下手に私が淹れるより、珈琲もついでに料理も上手で、見た目も、そこら辺の王子様です。いや、どんなですか? ま、珈琲は多少、濃いですが。嫌いではないです。むしろげふんげふん。とにかく。睫毛が長く、瞳は開かれ、癖っ毛はほどよい。……いつ見ても、毎回、女の子として複雑な気分になります。えぇ、全く。ま、身長は普通ですが。……一七〇に微妙に届いてないらしいです。女の子受けの良い男子――という所でしょうかね? やはり、優しい、というのはポイントが高いようです。

「ごちそうさまです」

「いえいえ」

 なんて笑いながら、珈琲を差し出してきます。むぅ……笑顔が素敵……。でもまぁそれはともかくとして。

「じゃ」

 私はそれを受け取り、一路、ベッドの中へ。

「野乃月さん!?」

「……なんでしょうか?」

 呼び止められたので、振り向きます。しかし足は止めません。化粧を……いやじゃなくて。

「いや、おれが何の用で来たとか聞いてくれないのかなーって」

 そう言えば、そうですね。


「何の用で来たんですか?」


 嫌な予感しかしなかったので、あえて、スルーしようとしてたのに。


「ラノベの続きを借りに来たのと、葉月さんから野乃月宛てに仕事の依頼が」

「……えーと……重要な用事があるので、パスします」

「まぁそう言うだろうと思ってたけどね」

「流石、我が式神」

「いや、調子に乗るな」

 ていうか、勝手に部屋に入って来ないでください。そのえっとどきどきが……いやうんなんでもないなんでもないです。とにかく。

 私は気にせずもそもそと布団の中に潜り込みます。

 布団が……私を呼んでいるんです!


「そもそも、私には布団の中でラノベを読み漁るという崇高な試練が待ち構えているんですよ?」もぞりもぞり。すでにスタンバイ完了です。れっつごーうんちゃら!


「なるほど。それは確かになんて崇高な――そんなわけないよね!素敵だけどね!?」


「ノリ突っ込みが寒いんで布団に入ります。ていうか、乙女の痴態を覗こうとしないでください」

「人を傷つけておいてその言いぐさが通ると思うな!」

「ちょっ、やめてください! 私は下半身が裸じゃないとゴロゴロ出来ない人間なんです!」

「えっ……」

 勝手に布団をひっぺがえそうとした野乃樹の手が止まりました。ほっ……どうやら、これで休日に外に連れ出されるという面倒臭い事態が回避――

「良し!ばっちこい」

「変態!」

 出来ませんでした。



 ……結局連れ出されました。

 変態め。


 え?真面目に下を脱いでたかどうかですか?ふっ、……そんなの五割方嘘に決まってるじゃないですか。全く。


 そもそも、私は休日に遊び回るとかそういうキャラじゃないんですよ。部屋でぬくぬく。ゲームなり、本なり、二次創作なり、パソコンを弄ってるのが幸せな現代っ子なのです。

 いや、きっと野乃樹もそういうタイプなんでしょうけれど、まぁ、式神という役柄上、きっとそうも言ってられないのですかね。同情します。


 それも、私のようなやる気のない陰陽師と契約とか。


 だからまぁ、ちゃんとラノベの続きも貸してあげました。

 私に唯一出来る事でしょうかね。そんなんが。


 ……。


 ついでにだらだらと語ると、千代野乃樹は小学生の時に同じクラスで、私は小学校の卒業とともに、引っ越したので、中学の時は一緒ではありません。高校生になる時に、父親が『オレは――独立する!』と言って、こっちに戻ってきました。変なタネでも食べたのではないかと少し疑いましたが、……そんな形跡はなかったように思います。邪神のラノベは読んでましたが。で、野乃樹とは何故かまた一緒のクラスです。妙な縁というヤツです。まぁ、……父親の稼ぎの方ですが、一事はどうなる事かと思いましたが、母親の支えがあって、今ではごく普通に生活出来ているので、案外うちの父親はやり手なのでしょう。高校で出来た友人によれば、

『結構渋いよね』

 とのことでしたが。私の前では、『屁が出そう』ですからね。……いえ、確かにそれなりに格好良いのは認めます。……ま、小さい頃は『け、ケツに何かついてる気がする!』『え? 何々?』『(自粛)』『ぎゃあああああ!(←私の悲鳴)』……。ま、家族なので。うちの姉も辿った試練の道だと言っていましたし……。うん、まぁ、外面が良いというのはうちの家系でしょう。恐らく。今日も恐らく二人でデートでしょうし。前後の文脈とまるで関係ないですが。

 まぁおかげで、乙女ゲームをしながらハァハァしていても、大丈夫というのは嬉しい限りです。ついでに、副次的な要因として、料理するのが普通というスキルの習得ですかね。割と最近は女性が料理しないらしいので、母親に言わせれば『きっと有利よ!でも、料理が出来る男の子を旦那にすれば、もっと良いわよ! ところでお父さんの格好良い写真見る? はぁはぁ……じゅるり』結構です。……ですが。ちなみに姉さんはソファでごろ寝派です。

 ……そもそも野乃樹のような、格好良い男子が何故に休日に私と行動してるんですかね?

 いやまぁ、さっきもう答えをぼやきましたが。

 とかなんとかぶつぶつと思ってしまうのは、きっと昔っから女の子に人気あるから、ですね。少女漫画のメインキャラよろしく。まぁそういう何て言うか想像の話をするなら、

今も、ですかね。恐らく。

 そういう事実です。地味にモテました。

 いや、モテます。

 本人は無自覚っぽいですが、優しさめった打ちなんです。

 ……ま、一緒に行動する理由なんて、『私の式神』、だからでしょうけれど。と再度呟きます。ツーン。つんつんツーン。……可愛くない性格をしてますね、私……なんて思ったりします。やはり、私と関係ない日は可愛い彼女とでもデートしているのですかね?……なんかちくりとしますね。全く。やれやれ。ぶつぶつ。私の彼氏でもなんでもないのに、そんな気持ちは抱く事自体、おこがましいと言いますか。ていうか長い。文句が長いぞ私ぃいいいいいいい! これじゃアレですよ! ツンデレですよ!! ……まさに嫌な女。やれやれ。

「で、葉月さんに言われた仕事ってなんですか?」

 ま、今の懸案事項は仕事ですね。

「……えーと、チラシ配りだっけ?」


 うん、

「……帰っていいですよね」本屋行きたいし。


「バイト料は出る!出るから!頼む!」


 なんで此奴、必死なんですかね?


「ていうかそんなんそれこそ葉月さんの所の式神さん達がやればいいじゃないですか」

「いや、それもそうなんだけど……なんか変な事件があったらしくて、そっちの方に狩り出されてるらしくて」

「……?変な事件?」


「そ。可愛い女の子に何故か猫耳が付け足される怪異」


「……」

 それは確かに変な事件ですね。

 しかし初耳です。


「高校でも最近妙な事件の噂があるじゃないか。例えば、『集団スクール水着盗難事件』に『制服チャイナ服化事件』……その一端なんじゃないかって葉月さんが言っていてさ」

「あまり真面目な顔をして、ギャグみたいな事件を考えるのは止めた方がいい気がしますね」台無しです。色んな意味で。ていうかただの変態がやったとしか思えませんがね。


 しかしそっちは確かに疑問を覚えた覚えはあります。確かに。確か、友人が『スクール水着がなくなったの! どうしよう!』とか『なんで制服がチャイナ服に!? 意外とデザインが可愛い!』と騒いでいた記憶はあります。スクール水着はともかく、チャイナ服は意外と好評でしたね。……全く。


 特に、主に、うちの式神とかに。


 ま、霊的な仕掛けとかは一切感じられなかったので、気にしなかった気がします。

「その事件とチラシ配りに何か関係が?」

「いや、単純にあそこの探偵事務所に仕事がないからじゃないかな?」

「あぁ、そうですか」

 ……うーん……と言っても、あそこの所長――南雲葉月なぐもはづきさんの所に仕事がない? とてもそうは思えませんが。あの人は笑顔で人を刺すタイプでしょうからね。探偵事務所なんて儲からなそうな仕事をしながら、生きてるんだからやり手でしょう。ま、腹黒、という点、そこの所は多分、そこの野乃樹も一緒なんでしょうが、さらに腹黒と言いますか。


「誰が腹黒ですか。誰が」


 ――まさに腹黒眼鏡ですよ。あの人。夏目君大好きな俳優のあの人な感じです。絶対狙ってます。狙って狙っちゃってねらっちゃっちゃってます。笑顔で人に鬼退治なんて仕事振ってきましたからね。アレの性で私は筋肉痛になって、悲鳴をあげすぎて、喉がかれて、学校行くの面倒臭いからサボる事になって、鬼と仲良くなっちゃって、二人でBLを買いに……まぁそれは良くて。とにかく、ただでさえ危ない出席日数がさらに危なくなりましたからね。


「いや、多分、それはぼくの性じゃないですね」


 いや、なんと言おうが、葉月さんの性です。……って、


「って葉月さん!?」

「やぁ」

 内心かなりびびりました……自分のあまりのリアクションの寒さに! ……まぁ、それはおいておきましょう。人間ていうのは常に黒歴史を製造し続けているのだから……っ! ……まぁとにかく。すいっちょんすいっちょん。……実際、人の良さそうな外見と裏腹にこの人は人を貶めるのが大得意ですからね。


 もうこれ以上貶めないで!っていうくらい貶めますからね! 

 言ってて意味がわかりませんね! 

 美男で腹黒で、女の子には優しい。……同性の友人少なそうですよね。この人。


「嫌だなぁ、そんなキャラじゃないって」


「自然に人の心を読むのはやめてくれますかね?」

「連れないなぁ」

「普通です。普通」

「そんな事より、連れてきて貰えるとは思ってなかったからこれはラッキー。野乃樹は純情だからなぁ」

 と言って、野乃樹に向き直ります。

「じゃ、よろしく」

 二、三、何事かを呟いてさります。その際、何故か野乃樹がぼそぼそと『……頼みますよ』と言ってたのが聞こえましたが。去り際のウインクとかなんでしょうね。バッチリ決まりすぎです。要するに私が言いたいのは、


 ……あやしいです。凄く。


 そんな感じです。ま、今回は大した事はなかったのですけれど。


「いや、……なんですか?この衣装」

「何って……メイド服だけど」

 事務所に入ると、野乃樹が袋を一つ、渡してきまして。なんでもないかのように野乃樹が言いますが、いや、そういう事じゃないです。なんで、メイド服? 肌触りが良く、なかなかに質が良い、いわゆるコスプレ服とはちょっと素材が違います。……なんでそれを知ってるのかについては置いといて。

「探偵事務所のチラシ配りじゃないんですか?」

「探偵事務所のチラシ配りだけど?」

「着ろって事ですよね?」

「そうなんだよね」

 そう言って、野乃樹は顔を赤くしながら、『はぁ』と溜息をつきながら着替え始めます。


 ……っ! え? 着るんですか? ていうか脱ぎ始めた!? 野乃樹が? ちょっと! こんな所、誰かに見られたら完全に誤解され――


 其処へ――


「遅れたー」


 と友人が飛び込んで来ます。


「……あれ?取り込み中?」


 まぁ確かに野乃樹が勝手に脱ぎ始めてますし、私は私でメイド服を抱きしめているわけですからね。


「……うん。良し」


「待って。雪!ドアを閉めないで。何かを激しく誤解しています!」

「大丈夫。誤解なんてしてないって」

「そう、良かった」

 そう、この友人――青木雪あおき ゆきは頭が良いのです。可愛いし、黒いところはストレートに出すし、テストにおいては、常に上位に食い込み、点数だけでなく、機転が利く頭の良さ。そして可愛い。モテている事に鈍感……いや、コレ、少女漫画だったら主人公タイプじゃないですかね? 此奴。そして私のようなタイプに――『あんたの事……嫌いだったのよねぇ!』ってやられる感じの。あ、すいません。嘘つきました。それほどのバイタリティは私にありませんでした。


 友人少ないですし。


 やられそうになったら即撤退。めんどくさかったら、サボる。くらいですね。私が真面目にやってるのって。

「――一戦交えたら、呼んでね。報告待ってる。コスプレプレイってヤツでしょ?」

「素敵な誤解したままですね!?」

 流石にカマトトぶってる私でも一戦の意味くらいわかります。ごにょごにょ。いえその、興味がないわけじゃないんですがね。にゃんにゃん。えぇ、全く。私はエロゲもしっかり堪能しますし。まぁ、その相手が……ていうか、赤くなりそうなホッペタを気にしつつも、私は応戦を試みます。そんな私への返答は――


「だいじょぶだ、問題ない」


「――それは問題ある時の発言ですよ!?」

「そもそも中の様子は最初からうかがってたから」

「……とりあえずショーツ脱がしましょうか」

 私、脱がすのは得意です。自信があります。さて、雪の背後に回って、そっと、

「待って! 野乃月! 目が据わってる! 目が据わってるからぁ! それに吉田君が居ないところで脱がされてもなんの意味もないよ! せめて手を止めてぇ! マジなの!? マジでやっちゃうのぉおおお!? ちょっとぉ!? ぇえええ!? らめぇえええ!」

 なんてやってる間にさらっと着替え終わった野乃樹。……まぁ、アレです。やっぱり髪が短いので、似合ってないです。もみもみ。……むむ……流石主人公タイプ……破壊力があります!此奴はなんて戦力だ! ……はとりあえず置いといて。くんくん。……むむ!なんて良い香りだ! 此奴はやべぇ! 

「なんで嗅いでるの!?(雪)」「ノリです。ノリ。うん……興奮します。はぁはぁ(私)」「野乃樹君! 野乃樹君!?(雪)」「……なんでおれがメイド服……ぶつぶつ(野乃樹)」高校生男子としては長めな気がしますが……正直、ほっとしてる自分がいて困ります。これで、自分以上の女の子になられた日にはもうなんて言うか……


 軽い自信喪失になりますよね。


 インドア派としての傾向が強まりそうです。


 もうね、なんていうか対策の打ちようがない。


 色々と無視してそういう意見を言ってみます。

 ていうか、部屋にあるベースで思わず撲殺しそうな自分が怖いです。もしくは、秘められたパワーが右手に覚醒してしまうかも知れません。もしそうなったら……『爆弾』が放てるかも知れません。禁断の右ストレートが……。

「良し。じゃ、野乃樹君、こっちこっち」

「はぁ。よろしく頼むわ」

「はいはい、任された」

 どうやら、雪は化粧係として呼び出されたらしいのです。まぁ、化粧すればばけますからね。何事も、上手くやればそれなりに誤魔化せる物です。

 しかしまぁ……メイド服ですか……。

 いや、興味がないわけじゃあ、ないんですがね。女の子ですし。フリフリは嫌いじゃありません。似合うかどうかは別として、ですね。


「早い所ちゃっちゃと着てね」


「なんで戻ってきてるんですか!」


 なんて悩んでいた所へさらっと友人が言い放ちます。

「いや、どうせ、意外と自分に自信のない野乃月の事だろうから、どうせ迷ってるんだろうなぁ、と思って」

「いらんお世話です!」

「……揉む?」

「やかましいです!」

 偉い人にはわからんのですよ! この価値が! 言うじゃないですか! 私はただ、幼女を間違った方向へ進ませたくないだけだ、と! だから正義! イコールジャスティス! 正義とひん……は等価交換できるんです!

 泣きたくなってきました……!!(ばしばしと地面を叩く私)

「手伝う? ていうか、着方解る?」

 いや、そのわきわきした手はなんですか? 揉むつもりなんですか? 揉むんですか!? 揉んじゃうんですかぁああああ!? ……しかしまぁ……

「……お願いします」

 ま、ホントにわからなかったので、普通にお願いしましたが。

 ていうか、なんで、野乃樹は解ってるんでしょうかね?

 私のひん……。

 まぁそれは置いといて。


「おい、そこの私の式神」

「……なんか……冷たくない? 野乃月」

「気の性ですよ」

 えぇ。全くもって気の性です。全く。

 着替え終わり、化粧が終わった野乃樹はウィッグを被って、マジな美少女になっていました。やれやれ。……ついてる癖に。その姿を見られて恥ずかしかったのか凄く顔を赤らめてましたがね。それがまた絵になるって言う……正直、私の乙女ハートはズタボロですよ。腹パン決めて、吐瀉物まみれにさせたくなるような美少女です。複雑。

 そもそも雪が、


『ごめん……手加減出来ない!許せ!野乃樹君!』


 本気で化粧を施し、


『ぎゃあああああああああああああ!? 本気で化粧!? ギャグじゃない! ナチュラルメイクだ! これぇええええええ!』


『ぎりり!……なんて美少女……揉みたい!(ハンカチを噛む私)』

『どんな感想だよ!(美少女野乃樹)』

『揉んで……良いですよね! ふんがー!(私)』

『なんで凶暴化!?』

『ふしゃー! もきゅー!』

『ちょっ!? えぇえええ!? 野乃月!? 野乃月さぁああん!? ちょっ、そこは――ちょっ、あっ、っておぃいいいいいいい!? 何処触ってるのぉおおおおおおお!?』


 なんて一幕がありましたね。まぁそれはそれとして。

「……なんか嫌な殺気感じるんだけど。主に腹の辺りに。ドス黒いオーラが出てるよね?」

「別になんでもないですよ。気の性です。気の性」

 とかなんとかやりながらチラシを配ります。

 ……家に帰ったら、自分のMMORPGのアバターでも可愛くしましょうかね。二次元だけでも可愛くなりたい、そんな複雑なナルシスト心。

 私、自分の事大好きなんです。……はぁ。

 商店街の通りで配ってるので、思ったよりチラシがはけます。特に男性に。

 ……メイド服って結構効果的なようです。

 そして何故か野乃樹が不機嫌です。……どうしたんでしょうかね?


 あれだけ可愛いってのに。


「……野乃月。おれ、男なんだけど」

「なんです? 知ってますよ。それくらい」なんで困った顔してるんですかね?「ていうかそういう意味じゃなくてさ……はぁ」なんて呟いています。

 泣きたいのはこっちですよって。

「……まぁ、一瞬、なんか不本意な評価を受けた気がしたからね……」

 そう言って、また配り始めます。

「というか、そもそも何をやってるんですかね? これが仕事ですか?」

「……」

 ある程度はけたので、そんな雑談を振ってみます。あの所長――つまり、葉月さんですが、裏がない、という事がないと断言出来る程、裏のある人ですからね。

 ……野乃樹が黙り込みましたね。やっぱり、多分に含むところがありそうな話ではあります。

「ていうか野乃樹。こっちを向いてください」

「いや、ちょっと待て。つか、近い! 近いってば!」

「いつもの事じゃないですか。ていうか、私は声を出すのが下手くそなんです。耳も良いかどうか聞かれれば普通としか言いようがないんです。だから仕方ないじゃないですか」

「聞こえてる! 聞こえてるから距離を取らない!? 話に集中できないんだ!」

「ちょっと。声が大きいですって。女装少年っていう特殊性癖がばれます」

「趣味でも性癖でもないよね!? ていうかどんな勘違い!? ていうかそう思うなら、それを大声で言わないでくれないかなぁ!?」

「そうでしたっけ? 小学生の時とかよくうちの姉さんに女装させられて喜んでませんでした?」

「待って! 喜んではいないよね!? その記憶は捏造されてると思う! ――でもおかしい! 否定出来ない!? え? おれと野乃月が一緒に着替えてたから喜んでたんじゃなくて!? つかよくよく考えてみるとそんな頃から……ぅえぇ? ヘンタイだったのか……!? おれ!? 自分の性癖に自信が持てなくなってきた……? いや違う! おれは男だ! ノーマルだ! そうだ! 語尾を整えろ! 自分!」

「そうでしたっけ?」

「いや、野乃月……」

 なんだか好意があるのに、勘違いされて、いつもの事なんだけど心が折れそうな、夏、とでも言いたそうな表情で落ち込みました。まぁ勘違いでしょうけれど。単純に女装をしてるという事実に打ち拉がれてるだけでしょう……意外と打たれ弱いですね、彼。

「ま、個人的には、先ほどから遠巻きに眺めていた一群がこっち側にさらっと寄ってきたのが気になりますがね」

「ひぃっ! 何故か皆ホッペタがうっすら桜色!?」

「男の娘愛好家の一群ですかね?」

「笑えない! マジで笑えない! ていうか野乃月それわかんの!?」

「一般常識です」

 私の観察眼によれば、一人、また一人、と確かに野乃樹の手からチラシを取っていたので、多分、その後直感で気付いたのでしょう。ま、稚児好きは武将の嗜みぜよぉ、という時代があったくらいですからね。ついでに言えば、汝の山羊を愛せよって格言があるくらいですから。

「敵だ! 敵!」

「そんなにぽんぽん突っ込むと身が持ちませんよ? ていうか人の地の文に突っ込まないでください」

「あのさ! 冷静だけど、少しは心配してくれないかな!?」

「……いえ、その……個人の趣味嗜好については、私、あまり関わる必要を感じないというか」

「畜生! 泣けてくるぞ! この状況!」

「?なんでです?」

 この顔が! 中性的なのがいけない! となんだか言ってますが、別に損しているわけじゃないでしょうに。

 確かに髪留めとかピンで前髪を止めると一気に女の子っぽくなりますがね。

 それはイメージの話ですよ、と。

 普段はごく普通に男の子なんですから。

 でもまぁ……動作がやっぱり男の子ですんで、さっきの愛好家の一群がよりぐっと燃え上がった気がしますね。やれやれ。それより……

「なんか変な感じがしませんか?」

「……確かに」

「いえ、そっちの一群ではなく」

 視線の方向が違います。いや、確かに男性にとっては恐怖の対象かも知れませんが。

 女の子的にはばっちぐーです。

 大○さんが言ってましたからね。

 若干意味合いが異なりますが……

「というと」

 ぴょこん、と妖力で構成された犬耳を野乃樹が生やしました。そう――ただの高校生ではなく、野乃樹は一応、式神なのです。『犬』を憑かせた――式神。常人には見えませんが。しかし、可愛い。あぁ、もふもふ。もふもふしたくなります。あまりの可愛さに百合に目覚めそうです……これで、肉球を生やさせて、一日中ぷにぷにさせてくれたら、言う事ないんですがね……じゅるり……おっとヨダレが。完全変形は流石に嫌がりますし。ま、一応私の式神ですので、強引に変形させるのも可能なんですがね。

「……マジで葉月さんの言うとおりなのか……」

 と言います。やはりなんらかの裏取引があったと見て、間違いないようです。

「で、いくらですか?」

「いやだから近い! 近いって!」

「?なんで近いと悪いんですか?」

「いや悪いとは言ってない! ただちょっと動揺が! 動揺がが!」

「……時折、野乃樹はホントに要領が得ないですよね」

 なんて言っていた瞬間、


――頭に違和感が訪れました。


「――ふぇっ!?」

 思わず、頭に手をやります。こ、この手触り……猫耳カチューシャ!?

「や、やられました!」と思わず叫びます。

「――ぶはっ」

 何故か盛大に鼻血を噴き出した野乃樹。

 攻撃!?

 まるでそんな『呪』力は感じなかったのに。

「いや、違う。攻撃じゃない。ただの体質」

「……まぁ、しょっちゅうですもんね」

「あぁ……その、なんだ。うん、……もうそれでいいや」

 何故か泣きそうな表情をしています。

 しゅんとしてるとマジで美少女です。

 まぁ……鼻を抑えてるというのがなんかこう変態度合いも加速させていますが、それはそれでなかなかアリなんじゃないかと。

 此奴、顔面にパンチいれてやるべきですかね。

「ていうか、鼻血を垂らし続けているメイド服を着た女装少年てどんな趣味ですかね?」

「あぁ! またしても不本意な評価が! 泣きそう! おれって存外不幸なんじゃないのか!? マジで! 帰って来てラッキー! しかも契約って! 式神修行やっといて、きゃっほー! やったー! からのこの扱い……!! 泣ける……っ!」

 何を言ってるんでしょうかね? 野乃樹は。何かの補完作業でしょうか?

「ていうかそんな事より、なんで猫耳カチューシャが私の頭の上に!?」

「事件だ!」……なんで野乃樹は鼻血を垂らしながらこっちを見たままなんですかね? 変態にしか見えないんですけど。『やばい……死にそう……まさか見れるなんて……グッジョブだぜ! 犯人! でもすげー複雑!』なんて呟いてます。マジで大丈夫ですかね?

「でもまぁ、そんな大した事件でもないですよね。……ところで、ねこじゃらしないですかね?」

 なんだか無性にねこじゃらしを目の前で振りまくって欲しい気分です。

 にゃーにゃーしたい!

 猫パンチを繰り出したいです! 激しく! ワン・ツー! ワン・ツー!

 ……この猫耳カチューシャの影響でしょうか?

「……くそぅ……仕事より、ねこじゃらしを探しに行って、じゃれる野乃月が見たくなる……っ!! 殴られたい……複雑な心境だ……くそぅ……」

 ぎりり、と何故か歯を食い縛りながら私の頭から猫耳カチューシャを野乃樹が外します。まるで血の涙を流しそうな雰囲気です……なんで野乃樹はこんなに悔しそうなんですかね? まるで、私の猫耳姿が惜しい、みたいな。ま、気の性でしょうけど。

 私は性格、見た目ともにいまいちですからねぇ……はぁ。

 そしてそれを――って、


「嗅ぐなぁ!」


 ……思わず絶叫しました。


「いやだって、犯人を見つけるには――」


「なんか恥ずかしいじゃないですか!?」


 構わずそれをクンカクンカする式神。……意外と野乃樹って強引です。

あぁ! なんか恥ずかしいです! ホッペタが火照りそうです。

「耳! 耳を引っ張るな! やめれぇ! らめぇ!」

「あ、つい。触り心地が良くて」

「どんなつい!?」

「そんなついですよ。美少女。肉球もふもふさせろ。ていうかもふもふしたいです。召喚していいですか?」

「やっぱりなんか機嫌悪いよなぁ!?」

 当然ですよ。

「……くん、……あっちだ!」

 というので、仕方有りません。乗りかかった船です。しかし――

「うぅ……なんで、メイド服で全力疾走……結構恥ずかしい。とてもじゃないですが、女装趣味の変態式神と違って、私はデリケートなんですよ?」

「おれだって、そんな特殊性癖はない!」

「でも昂奮してるじゃないですか。変態」

「これは猫耳に――」

「……やっぱり変態じゃないですか」

「また言葉が足りなかった! どうしておれは肝心な時に説明に失敗するんだ!?」

 二人で全力疾走をします。疾走の『呪』紋を使って、さらに隠形術の結界――人目を忍ぶ結界です――を張ったので、恐らく、道行く人にはもう見られてないと思いますが、何せ、術式自体習ったのが、つい一年ほど前なので。しかも『陰陽術? なんだっけ? それ?』『日本古来の魔法の事です。師範』『あぁ、アレか。うんうん。確か触手を伸ばす』『それは一般兵の対女勇者用遁走術です』『ほいじゃ、火遁とか木遁とか』『それは忍者用の魔法です』『……』『……』『あ、確か本があったな。初心者用陰陽術……なんだ。触手もそうじゃないか(ごそごそ←飛び出すエロ本の数々)』『大変結構です。え? ていうか触手もそうなんですか?(ピンク本を見ながらていうか目を逸らさず鼻血を垂らす女の子)』……いや、いい加減な方達でした。つまり、そんな感じで本から習ったので、結構『式』自体組み方が出来ているのかどうかいまいちなのですよ。

 しかも、私は『陰陽師検定』のE級ランクしか取得してません。高いんですもん。検定の料金。野乃樹とは家の繋がり、もとい、この近所の『陰陽師会合』で(飴ちゃんとクッキーが出るという祖母の甘言に釣られて行きました)小学生の時に知り合い、こっちに帰ったら、今は野乃樹は特定の契約者がおらず、時々、葉月さんの事務所に顔を出している、という感じだったので、運良く、家庭の事情により、陰陽師とならなければならなかった私がたまたま契約出来た、という感じです。

 いや、何せ、夏上家、と書くとまるでさも歴史のあるかのような印象を受けるかも知れませんが、うちの父親はそもそも陰陽師の家業をサボってます。基本サボタージュの一家なのです。おばあちゃんが現役で凄かった、という事情もあるのでしょうけれど。そしてうちのおばあちゃんの最近の娯楽はおじいちゃんとのデートです。……うちの家系ってアホなんですかね?……いや、

 ラビュラビュバカップルの家系なんです。ゾッコンラブ。

 だから私がそういう家でのお得な面というのは、せいぜい、おばあちゃんが、E級の免許を取った時にくれた、これまた、本、くらいですかね?免許を取れたのは半年ほど前なので。つまり、本当に即席陰陽師なのです。

 だからきっと、

「なぁ、野乃月。……さっき『隠形術』使ってくれたんだよね?」

「ま、まぁそうですね」

「ならなんでさっきからおれ、写メられてんのかなぁ……」

 泣いてますね。彼。

「うん……御免」

「謝るのかよ! せめて言い訳してよね!?」

 同情を禁じ得ません。きっとフェ○スブックとかミク○ィとかにうpされてしまうに違い有りません。先ほど、すれ違った友人に『似合ってる! 凄く似合ってる! ていうか新刊のネタが来たわ! ktkrキタコレ! いんすぴれーしょん!』『やめてくれない!? お願いだから!(野乃樹)』『これは売れる!』『まるで聞いてないよあの娘!?(野乃樹)』『まさに淫スピレーションなうっ!』『字が違ーうぅぅ! 別におれは淫れてないからね!?(野乃樹)』『大丈夫! 淫れさすから! いぇいっ! なうっ!』『予約します(私)』『野乃月ぃ!? 野乃月さぁああん!?(野乃樹)』なんてやり取りがありましたからね。

「頑張ってね……」もういっその事、複数のアカウントを無駄に作って、いいね!を連打しようと心に誓いました。私、本音を言うと、普通に可愛い男の娘とか嫌いじゃありません。

「せめて距離を取るなよな!? つか変な企みするなよ!」

「そそそそそんなばかな」そういう趣味嗜好がある、とすれば……ね(ニヤリ)。おっと。

「棒読みだし!」

 ま、それは冗談として。いや、写メられたのはマジですが。

 主に野乃樹だけ。

 何故か弱冠傷つきます。隠れてるのは自分なのに。

 曲がり角を曲がった途端――何かに勘付いたのか、有効範囲に入ったのか、いつも通りに、野乃樹が特殊な術式を使い、『匂い』に『糸』を括り付けた事で、相手の位置が捕捉できました。私はハッキリ言って、陰陽師としても、女の子としても、どちらかと言えば、不出来な部類になるのですが、この半年間――少なくとも、野乃樹が行った事だけは無駄にした事はありません。

 その『糸』を今度は手繰り寄せるべく『呪』力を練ります。

「どっちだ!?」

「えーと、あっちの方!」ま、方向はねぇ。うん。曖昧です。四行前の台詞が早速台無しになった感じですね。

「解りづらい!」

 いや、何せ本人も正確には解ってないので、

「あっちです」

 大体の方角を指します。

 すると――

「――悪い!」

 野乃樹が私を抱えて、商店街の屋根へと飛び上がります。とん、たん、とん、と軽々と。まるで、私の体重が軽いかの如くですが、……いえ、この話題は避ける事にしましょう。デリケートなんです。女の子ってのは。ていうか、流石、判断が早いですね……正直、高い所はあまり得意じゃないので、ていうか苦手なので、怖いのですが、ガクブルしてちびりそうになるのですが、まぁ、式神状態の野乃樹がいれば多分、大丈夫でしょう。不思議と心強いのです。

 全く。



 私には勿体ない式神です。



 さらに一段高いビル――連立するデパート間の壁にところどころ出っ張っている所を足場に屋上へと跳び上がり、私は『糸』を野乃樹に見えるように視覚化させます。多少、強引な術式ですが、高い距離に登りきったお陰で、『糸』は分かり易く直線に伸びます。これくらいは、廃れた上に、力のない下の下の陰陽師だって出来るのです。そして呟いた『呪』と発動させた『紋』を強引に野乃樹へと結びます。

「見えた!」

 野乃樹が今度は野乃樹の掌に埋め込まれた『紋』を使って『糸』を手繰り寄せます。結び付けた『呪紋』が少しだけ輝き『糸』の先に――確かに何かが見えます。だめ押しで、私は自分の腕を野乃樹の腕に重ね、結び付けた『呪紋』を通して、――『呪』力を野乃樹に渡します。


 ――ドクン、


 私の腕から流れた『呪』力を野乃樹が受け取った事を感じた心臓が少し跳ねます。少しだけ、……身体の内側が仄かに熱を持ちます。

 毎回――この時に私のなんらかの気持ちが伝わってしまってるかもと少し、いや結構、まぁ何て言うか……心配になりますが――繊細なコントロールが必要とされる他人の『呪』力を自分の『妖』力へと変換している最中の野乃樹の表情に変化はありません。

 真剣そのものの瞳で――その先を野乃樹は見ています。

 全く。



 男の子ってヤツは。



 ですよ。



 *



『弦』で縛られ猫耳をつけた犯人――猫杉善太郎が言う。

「――いや、何故猫耳をつけないのかと!」

「……はぁ」

「お疲れ」

 雪はなんでもない事のように笑顔を向けてきますが、またしてもこんな犯人。そもそもこんな作業に金銭が発生するのでしょうか? ……まぁ、警察機構ってのがあるからこその平和。彼等を信用する、という事が社会平和に繋がるってのはマジでその通りだと思いますが。ちなみに陰陽師の管理は基本陰陽庁が行っています。

「猫をあがめない世界は歪んでいる!」

「気持ちは分からないでもないですが」

 確かに可愛いですもんね。猫。

「なら何故猫耳を生やさない!?」

「……一般常識的に人間の頭に猫耳は生えませんよ?」

「生やしたらいいじゃないか! ドンフォーゲットビリーブ!(信じることをやめないで!)」

「……」


 うざいです。


「な、君!? 君は見た目以上にどす黒い殺気を放つね!?」

「見た目以上ってなんですか。まるで、始終殺気を放ってそうな感じみたいに言わないでください。ていうか人の特性を勝手に決めないで下さい」

「こ、殺される!」

「どんなリアクションですか!?」

「はいはい。仕方ないですよね」

「葉月さんまで!?」

 ま、確かにキレかけの野乃月は無茶苦茶怖いよな……なんて野乃樹が呟いているので、親指を脇腹に刺してみました。「地味に痛い! 刺さる! 痛い痛い!(野乃樹)」「ふふふ、此処か。此処がええんか(私)」「いやつかこそばゆいよ! ていうか近い! 近いんだ! ていうかなんだそのノリ!?(野乃樹)」……いや、なんとなくです、

「ひぃいいいいっ!」

 そして猫杉善太郎さんが葉月さんに抱きつきます。……一瞬、葉月さんからドス黒い殺気が噴出しましたが、すぐに笑顔に戻ります。余計に怖いです。がくがくぶるぶる。ちびるかと思いました。ていうか、ちびりそうです。でちゃぅうううう! 乙女なのにぃぃぃ! ……まぁそれは乙女の秘密です。私、ある程度の年になってから、そんなおねしょの経験はないんですがね。そこのお兄さん、そっちの優しそうな笑顔の人が魔王ですよ。……ガチで。

 そう言いたかったのですが、まぁ、言わない方が良いですね。うん、もう面倒事とはさよなら、ということで。

「じゃ、葉月さん。お先に失礼します」

「はいはい。またよろしくー」

 封筒を渡されました。ま、素直に貰うことにしましょう。

 猫杉善太郎の運命は如何に!

 ま、知ったこっちゃないですけれど。


 *


 家に帰って、封筒を開けると出てくるのは何故か私の写真。

 にこやかな笑顔でチラシを配っている自分の姿。

 ……なんですかね? これ?

 無駄にハイクオリティな技術で撮られていますよ?

 そして、猫耳カチューシャをばっちり頭に被った私。

 ……新たな脅迫手段でしょうかね?これ。

 私が自分の写っている写真をじろじろと眺めていると(思ったより可愛く見えます。驚きです。フォトショでお化粧したんでしょうか……?)、そこへ、何故か電話がかかってきました。珍しい。普段、鳴らない携帯がぶぶびーんと鳴ります。一応、女子高生という事で、携帯を持っていますが、そもそもあまり使わないので、そもそも着信音てどうしたっけ? なんて思う次第です。


 確か我が家の黒電話と同じ着信音に設定しましたね。とりあえず、


『私だ』

『どんな電話の出方!?』

『その突っ込みは……野乃樹かね?』

『普通に名前表示されてるよね!? 普通!』

 野乃樹でした。

 まぁアドレス帳にロックかけると名前は表示されなくなりますがね。などと思っていると、話が進みます。

『あー、あのさ……その、封筒の中身、見た?』

『はぁ? 封筒ですか?』

 私はちらりと写真達を一瞥します。という事はあの封筒は野乃樹が貰うはずだった……?と、考えていると。

『あ、それなら見てないか? 実はさ、どうも中身が逆だったらしくてさ、さっき葉月さんから電話がかかってきてさ。今からでも良いから、その、封筒をさ、交換――』



『で、私の写真を手にした野乃樹は何をするつもりなんです?』



 自分で考えるのがめんどくさかったので、核心に触れてみることにしました。良い女は時間を大切にする、と姉さんが言ってましたからね。そう言いながら、渡してきたミニクレープに私は仕方がなく朝の件について折れてあげたのです。ほくほくです。チョコバナナクレープはやはりジャスティス。ですね。


『うぇっ――げほっ、げほっ、こぽぉ……あ、なんか変な所に変な液体入った……うぇええ!? み、見たのか!?』

『私はお金に対して誠実なんです』

 何故か電話の向こう側であんのくそ葉月ぃいいいい!と言ってるような気がしますが。多分、気の性でしょう。あの魔王相手に喧嘩売るとか……。がくぶるぅ!

『はぁ。ショックです。そうやって私のあられもない姿を納めた写真を使って私を脅そうなんて』


 はぁ。まぁ、私は確かに良い陰陽師じゃないですがね。どうせ、今年限りなのですから。そんなに結論を急がなくても、私は貴方の陰陽師じゃなくなりますよ。そう言おうかとも思いましたが、ふと時計を見ると――なんとっ!


『い、いや、そうじゃなくてな。その、えーっと、その写真は……ていうかアレだ!聞いてくれ! 覚悟を決めた! 時間がかかったけれど、野乃月! おれは野乃月の事を――』

『いや、そんな暇ないです。お気に入りのアニメが始まるので。今、バスケが意外と熱いのです』



 今年の二次創作は――此奴で決まりです!



『うぇええええええ!? ちょっ、野乃月! 野乃月さぁあああん!? そんな事じゃなくて! ていうかまた!?またアニメに負けるの!? おれ!?』

 ぷつっと切ります。

 全く。やれやれ。

 もう一度写真を見ます。

 ふむ。

 ……割と良く撮れてますね。

 まるで、自分が美少女になったかのようです。

 ……ま、これは良い思い出という事で取っておくことにしましょう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ