双方向性感情振動線 働くお嬢様 3
双方向性感情振動線 働くお嬢様 3
「あー、……俊介―」
「……?」
さっき出て行ったと思ったらもう戻ってきた。
「お邪魔しますー」
そして知らない声が一つ。
……。
御津さんて真面目に抜けてるからなぁ……。
わりと。
普段はともかくとして。
そんな事を俺は思った。
どうしてこうなった……?
私はとりあえず母さんの後について行きながら悩む。悩むというか状況に頭がついていかない。
ちょっと回想。
『……御津……アンタ、なんて格好をして……ていうか、あれ?アンタ住んでるの二〇二じゃなかったかしら?』
『――えっ、えぐぅ!?』
『ちょっ!?どういう悲鳴?』
『い、いやぁ……その……』
『男ね』
えぐぅ!?
『婚約者が住んでるって事で良いのよね?』
『あ、う、……えぁ……うん』
『……ちょっとお母さん、そのリアクションが凄く微妙に感じるけど……でもまぁ最近では婚前交渉って普通よね』
『けけけけ決してそういうわけでは!?』
『じゃあ、もうすでに起きてるって事で良いのよね?』
『ま、まだ朝だし!』
『でも起きてるんでしょ?』
『ま、まぁ……』
『そんなすっぴんで行き来するくらいなんだから大丈夫でしょ?本性ってそういう時こそ出るもんだし』
……で、
「初めまして。大飯俊介さん。美咲御津の母親です」
「初めまして」
「……」
胃が!胃が痛いよー!
「ちょっと御津。ちゃんと紹介しなさいよ」
「い、いやぁ……だって、母さん……」
「まぁ……でも真面目に良いの?俊介さん」
「何がですか?」
「結婚するんですよね?」
「ぶぅ――――――――――っっっっっっっっ!?」
「み、御津さん!?」
「御津!?」
「う゛ぁ、っどっどでぃっちゅどっでもらっていい?」
「一瞬何言ってるのかわからなかったよ」
そう言って、俊介がティッシュを渡してくれます。
……なんかこう女の子として見せちゃいけない所を見せた気分です。
「……」
そして母親からの視線!これはありがちな疑惑の視線!?
「ていうか……御津」
「な、……なんです?母さん?」
「ちょっとシャワー浴びてきたら?」
……至極最もな意見でした。
ぶひゅー……
そう言えば結婚……ということになるんですよね……
そんな事を考えながら、シャワーを浴びます。
口から出た出任せ、とは言え、つまり、王子様捜し(本当に居るのかぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?)の延長としての苦肉の策とはいえ――
この妄想女王――美咲御津の手に掛かれば!
あっはーん、で、いっやーん、な妄想なんてチョロい!チョロい!
げへへへへ……っと弱冠ヨダレが口端から垂れそうな気がしますが、……濡れた俊介の瞳が私の瞳を覗き込み――『好きだよ』って言いながら――って、
ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?
あれ?あれあれ?
もしや私、つーか私、でも私――……かなり好きになっていないか?たかがあのやり取りで!?これまでのやり取りで!?
えぇええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?
うそ!?マジ!?真面目に!?いやいやっ!シャワーヘッドは噛む物じゃないぞ……!私ぃ……!!
……いやまぁ……確かに昔やった乙女ゲーにあーいうキャラが……
ステイ。ステイだ!私!手近ですまそうとするな!志は高く!大丈夫だ!まだ見ぬ王子様がきっと……!
いやでも……あぁしかし……でもやっぱり……
……うん
結論を申し上げると……
アレですね。うん。
そもそも、『婚約者のフリを』
なんて言ってる時点で、そもそも……嫌いな訳がないわけですし……。
そう言えば、……これまで付き合った男性も全てなんやかんやそうと解っていたとはいえ……告白待ちだったわけですし。
つまりアレですか?
これはもうなし崩し的に結婚しよう!そういう勢いでイケと!
私は両手をぐっ、ぱっ、して気合いを入れ直します!
「ぅおおおおおおおおおおっしゃああああああああああああああああああ!」
……何故か磨りガラスに写っていた外側とつらつら歩いていた猫の影がびくっとしてしまいましたが。
なんででしょうね?
てへ。
ていうか向こう側に伝わってないと良いのですが……。
とにかく!
そうと決まればもう仕方ありません!
善は急げ!早速お化粧です!
「あら、おかえり――ってなんで完全武装してるの!?アンタ!?」
「何が?お母さん?私はいつもこうですよ?うふふふふ」
「……はぁ」
何故か俊介が項垂れました。あれ?結構ショックですよ。これ。思ったより、
「まぁ可愛いよ」
……
ふむ。
今日からもう一緒のベッドで寝ようぜ?そういうことですね?
「はぁ。……御津。なんでアンタが肉食獣の目になったのかは聞かないけど」
「お母さん!?それは言わなくて良いことなのではっ!?」
「とりあえずこれを見なさい」
……
……?
「お、お母さん……こ、これは」
「婚姻届けよ」
「はぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
「そしてもう俊介さんは判を押してくれたわ」
んぅんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんn!?
はろはろー、とこっちに手をフリフリ。おいこら俊介さん!?アンタ何してくれちゃってんの!?
……あ、ホントだ。押してある。うちの籍に入るんだー、へー……
じゃなくて!
「お、おか、おかさ、お母さん!?」
「部屋を行き来してエッチしてるならいいでしょ?」
「母上様!?」
「何よ?」
「いやいや、ちょっと待って下さい。ていうか、えっと……」
「婚約者でしょ?」
「そうなんですが!」
「じゃあいいじゃない。遅いか早いかの違いだけ」
「そうなんですけど!」
致命的な要素が抜けてると言いますか!
いやいや、この展開はどうなんだ!?私!ていうか、そう、アレだ!もういいじゃないか!そうだよ!好きじゃん!俊介の事好きじゃん!じゃあいいじゃん!
けど、
けどけど!
何か違う!
これじゃあ――
「じゃなきゃ、アンタお見合いよ?」
なんで此処でお見合いの話が出る!?
そしてなんで顔をしかめた俊介ぇええええええええ!アンタ演技上手いですねぇえええええええええええええええええええええええええ!
これじゃ、お見合いと一緒だ!
私は彼の何も知ってはいない!
勿論、何かを知るにしたって、知っているだけなんだろうけど!
事実だけを突きつけて――
ただ、少しばかりの協力をお願いしただけで――
だから私が望んでいたのは――
――「母さん!」
「……何?」
「婚約者なんていません!」
顔をしかめる俊介の顔が見える。……だからアンタホントに演技上手ですねぇえええ!?何?役者なの!?役者志望とかだったの!?
しかし私のテンションに対して、うちの母親の反応は、
「あっそ」
「へ?」
私の気が抜けるくらいのテンションだった。