彼女と僕のややこしい霊的事情の云々かんぬん 2
「――と、いうわけでどうでしょう?」
「いや、儂、どく気ないよ?」
「じゃあ言い方を変えてみますが――」
「いやいや、そういうことじゃないじゃろう?」
「あのー……そろそろ、どいて貰えないですかね?」
「いやじゃ」
というわけで冒頭に戻るわけだ。
「つーか、おぬしもいつまでもだらだらといつまで此処にくるつもりじゃ」
「そうは言われても仕事なんですよ、僕も」
「じゃあ儂も仕事じゃ」
今日で三日目。相変わらず進展はない。仕方がないので、今日は語るつもりで、ドーナッツ、お酒、お茶などなど各種持参である。
「……何故にドーナッツじゃ?」
「いや、吸血鬼の件でも参考にしようかな、と」
「……主も存外オタクじゃの」
まったくです。
「まぁとはいえ、ドーナッツは確かに魅力的じゃ。付き合ってやろう。仕方ないからの」
「いやいや、これは僕専用ですよ?」
「……ふんっ」
「ほぎゃぁあ!?」
結界で弾き飛ばされた。それも数段強く。
「い、痛い……」
「ふん、儂を舐めると、その使用前のウインナーを千切り飛ばすぞ?」
「ごめんなさい。そのドーナッツは捧げ物です。至らぬアイテムとは思いますが、是非ご賞味下さいませ」
「そうそう、それならば許さんでもないぞ?良し、どれ一つ……うまーっ!(ビカビカー!)」
「つーか、怪光線を口から発射しないでください。どこのゴジラですか」
「……お、おぬし、このドーナッツはなんじゃ?儂はこんな素敵なドーナッツ食べたことはないぞ!?」
「あぁ、それはハンソン君がつくりし、ドーナッツですから」
「ハンソン君?」
「冗談です。ただ、単純に好みの味だっただけじゃないですか?」
「そんなもんかのぅ……?」
「つか、佐惠木。日中はナニしてるんですか?この霊墟は、日が落ちてから出現するヤツですよね?」
「学生じゃ」
「……学生?」
「今は大学生をしておる」
「大学生?そりゃまた随分と普通な――っていうか大学生!?……って大学生ぇえええええええええええええええ!?」
「ナニを驚いておる。大学生という身分は便利なんじゃぞ?」
「いや、まぁ……そんな……というか……佐惠木っていくつ?」
「まぁ同い年ではないの」
「三桁?」
「……ふんっ」
「ほんぎゃあああああああああああああああああ!?」
さらに強くブチ飛ばされた。痛い。物凄く痛い。
「もう二、三発くらうかの?」
「許して!許してください!キャラメルもあるんで!」
「……そ、そうか?ま、全く、そんなアイテムがあるなら、さ、さっさとだしたらどうじゃろう?うん、それがいいの。さぁ!さぁ!キャラメルを儂に!」
「いや、言い訳をさせて貰えるなら、アレだよ、ほら、佐惠木見た目僕より半端無く若いじゃん。だから大学生?っていう感じだったんだよ」
「そ、そうだったのか?つ、詰まるところ、ムラムラ来ると?」
「どういう話の伝わり方!?」
「ロリコンじゃないのか!?」
「なんで!?」
「いや、てっきり、またにブラさげたソレをぶらぶらさせるために此処に来ているばっかりと思っていたのじゃが?」
「いやな推察をしないでくれない!?ていうか佐惠木女の子でしょ!?そういう単語を口にだすのは不味くない!?」
「はんっ!女にも性欲はあるんじゃぁあああああああああ!」
「伏せて!字を伏せてぇぇぇえええええええええええええええええ!」
「そこんとこよろしくじゃぁあああああああああああああああ!」
「だからなにゆえテンションが上がってんの!?どゆこと!?」
「儂は男の論理でまわっとる変態法律が大嫌いじゃぁああ!」
「知らないよ!?そんな主張!」
「それはそれとして変態もアレじゃのう?その……色々と世間体とか……」
「だからどういうコメント!?だから違うって!」
「禄はロリコンで変態じゃろ?」
「そんな真っ直ぐな視線で僕を射貫かないで!違います!つか佐惠木はなんで僕をそんなに変態にしたがるの!?実は佐惠木がへ――」
「誰がサディストじゃあ!」
「えええええええええええぇ!?言ってないよ!?ナニも!」
「そ、そうか?それならいいが……まぁアレじゃな。いざっていうときはまぁアレじゃ。いわゆる貞淑な感じでいきたい、まぁ貞淑でありつつも乱れる時は――」
「どういう願望を吐き出し始めてるんですか!?ていうかどうしたんですか!?なんかテンションさっきからおかしくないですか!?」
「いやほら、儂、ドーナッツとそこのドクターペッパーが好物じゃから」
「酔っぱらい!?」
「可愛いじゃろ?」
「なんか違う!――いや!確かに可愛いです!でもなんか違う!だから結界を張らないで!」
「そ、そうかのぅ?やっぱり儂美人?」
「まぁそうですね。確実に美人ですね」
「やはり見た目は重要じゃの」
「まぁ普通は、視覚に左右されますからね」
「――で、おぬし、どうするつもりじゃ?」
「……ナニがですか?」
彼女の相貌が赤く輝く。
「ナニか、狙いがあるんじゃろ?儂を封印するつもりか?それとも消すか?」
「それは僕を買い被り過ぎじゃないですか?僕はどちらかと言えば情に訴えて――」
「まぁ良いわ。能力はともかく――儂は禄の人間性が嫌いじゃない。ナニを狙ってるのかしらんが、付き合ってやろうぞ」
「………え、いや、そ、その、いいんですか?」
「おぬしなにゆえ顔を赤らめておる!?いや、違うぞ!付き合うって男女のそういうんじゃないぞ!?つかどういう文脈じゃ!?」
「いやぁ……母上、僕にもついに彼女が……」
「だからナニを言っておる!?」
「――おい」
巨大な剣を携えた男が立っている。
「――ぬっ……儂の結界を破り、侵入してきていた、だと?」
佐惠木はかなり驚いているようだ。
こいつは……
「――まったく、そこの退魔相互扶助協会のヤツはナニをやっているんだ?問答無用で追い返すのが俺等の仕事だろ?」
「いやいや、ケースバイケースだって」
「なんじゃ、この頭がマッスルな発言をするヤツは?」
「僕の所属している退魔相互扶助協会と対を為す、退魔安全撃退課のヒトです」
「ふむ。とりあえず、禄、おぬしよりかは数段強そうじゃの」
「いやいや僕だって頑張ればそこそこやれますよ!」
「てかお前等!俺を放って勝手に話を進めるな!」
「ほら、怒っちゃったじゃないですか!頭がマッスルなヒトが!」
「お前等俺の事馬鹿にしてるな!?そうだろ!?そうなんだろ!?」
「やかましいのぅ」
「貴様!もういい!送り返すだけじゃすまねぇ!この世の塵にしてやる!」
「ちょっと、撃退課のヒト。それは違法じゃないですか!?」
「相互扶助の腰抜けは黙ってろ!」
「言ったな!?この頭マッスル野郎!ぶん殴ってやる!」
「あぁ!?この俺が撃退課の『剣士』だと知っての名乗りだろうなぁ!」
「知らねえよ!何処の芸能人気取りだよ!この時代遅れのマッチョ野郎!」
「あったまきキタ!其処になおれ!」
「――やかましいわ!」
「ふぎゃ!?」
「ぐがっ!?」
二人で思いっ切り壁にぶち当てられた。
「まったく、ヒトをそっちのけで話を進めおって。どこのBLじゃ!」
「「それは違う!BLではない!」」
思わずハモってしまった。
「てかおぬしら程度じゃどちらにせよ話にならん。禄じゃなくて撃退課のなんちゃら、そう、貴様じゃ、貴様。貴様程度では話にならん。無駄なあがきじゃ。故に、立ち去れ」
「――なっ!?」
「特に二人して尻を高く掲げて床にへばり付いておる時点で負けは決まっておるじゃろ?」
「ぐぐぐ――負けるかぁ!」
がっと勇ましく立ち上がる撃退課の『剣士』。
僕はそのままステイ。
「ほがっ――!?」
次の瞬間にはさらに壁にぶち当てられる。
「だから無駄じゃ。話にならんと言っておろうが」
「――かふっ……」
剣を構える暇もなく、叩きつけられる剣士。
「いやぁ……マジで佐惠木強いね」
「そういう禄は……まぁ良いわ。つか、アレはどうする?」
「くはっ……アレじゃない。雅史だ。岡雅史だ」
「すげえ根性……」
僕は思わず呟く。
「禄はすげえ体勢じゃの」
「俺は……この『剣士』という職業に誇りを持っている!剣を構えずしてナニが剣士か!」
「ほほぅ……この儂と剣を交えようと?その気概はアリじゃな!」
「はっ――霊の癖に大層な口を叩くじゃないか!」
剣を携えた雅史が一気に接敵する。と、思ったら、またぶっ飛ばされた。
「――話にならんな」
「……まぁそりゃそうだろうなぁ……」
「つかアレじゃね?儂最強じゃね?三六〇度死角なしの結界展開とかマジでやばくね?」
「佐惠木、言葉遣いがだいぶきてますよ?」
「まだだ、まだ、負けてないぞ!俺は!」
再度立ち上がる剣士雅史。
「……彼奴潰していい?儂?」
「止めて!色々めんどくさい事態になるから止めて!佐惠木!」
「えー」
「えー、じゃなくて!……ったく、なんで相互扶助が要請もだしてないのに、此処にきてんだか。ちょっと行ってくるんで」
「禄!?ちょっ、おぬし、マジで彼奴より数段弱いはずじゃろ!?」
「まぁまぁ。任してよ。さくっと解決してくるから」
「そ、そうなのか?さくっとやられてくるの間違いじゃないのか?尻はダイジョウブなのか?」
「何の心配をしていらっしゃるのぉ!?」
「痔にーは―かるぼ――」
「間違ってるしダイジョウブだから!」
僕はにこにこ顔の彼と別れて、佐惠木の元へと戻る。
「……どうゆうことじゃ?」
「いや、別にアレですよ。組織的な融通を利かした、という話ですよ」
「はぁ?禄、おぬしはナニを言っておる?おぬしはアレじゃろ?下っ端じゃろ?」
「まぁ超弩級の下っ端だね」
「それが何で組織的な融通云々の話になるんじゃ?いくら社会的知識がしょぼい儂でもそれくらいの不自然さはわかるぞ?」
「あんま説明したくないんだけど……アレですよ。うちの組織に可愛い女の子が居まして」
「……それとなんの関係があるのじゃ?」
「写真を渡してあげたんですよ」
「……はぁ?」
「あのですね。退魔士って普通の職業より出会いがないんですよ」
「まぁそりゃそうじゃろうね」
「でしょ?もっと稼ぎが良くて一般的な職業を優先しますよ、普通」
「つかおぬしそんな話題ばっかじゃな」
「必死なの!必死なんです!」
「がっつきすぎじゃ」
「いやまぁ、それもそうなんですけど、とにかく、公務員ですけど、『公務員』なんて言っちゃいけないんですよ」
「そういう規約かの?」
「話が早くて助かります」
「まぁ世界を救う勇者も『フリーター』を名乗ってる時代じゃからな」
「お知り合い?」
「彼奴らも大変じゃからの」
よくわからん話である。
「まぁそれはともかくとして、つまり出会いがないゆえに――」
「男子校における近所の女子校みたいな感じです」
「なるほどのぅ」
佐惠木は思わず頷く。
「――って頷かんわ!?どんな職場!つか社会人!?いくつじゃ!?どこの童貞じゃ!」
「――ちっ」
「やはりおぬし案外悪じゃな!?」
「いや、でも、これは企業――」
「――秘密――と言うからには拷問を受けても口を割らない自信がある、……そういうことじゃよね?」
「――ひぃっ!?」
「儂、触手系の魔法とかも実は使えるけど、どうするんじゃ?開発しちゃう?開発しちゃうのか?」
「……話しましょう……ぐすっ」
開発はされたくなかった。
目覚めたくなかったので素直に吐いた僕は、
「ぎゃっはっはっはっは――っひー、ひぃ――ー!」
と笑っている彼女を尻目に涙ぐみながら反論する。
「だから言いたくなかったのにぃ!」
「い、いや、しかし、オマ、そりゃないじゃろー!ぎゃははははは!ちょ、オマ、ナニソレ!?ぎゃははははは」
「笑いすぎだろぅ!?意外とデリケートなんだからね!?僕!」
「はー……しかしまぁ、儂は、何故、おぬしがそんなんかについてちと解ったから、ちょっと胸のすく思いじゃ」
「……はぁ?」
「これでマジでただの自分探しをしていたら、ぶん殴ってやろうとしていたわけじゃ」
「……そりゃまた……どうも?」
「おぬし、……変なヤツじゃの?」
「はぁ!?僕が!?この実直で素直で可愛くて優しいこの僕が変なヤツとはなんですか!?ソレ!?」
「……テンパっとるな、おぬし」
「ててててて、テンパってなんかいませんよ!テンパってるのは頭だけですよ!」
「くすくす、変に可愛いのぅ、おぬし」
「ぎゃあああああああああああああ!恥ずかしい!つか帰っていいですか!?僕帰っていいですよね!?」
「帰っちゃうのか?」
「上目遣いぃいいいい!?」
「儂、もう少しドーナッツが食べたい……」
「はい、コレ」
食べ物のためだったらしい。なんとなく、釈然としないし、ついでにそんな感情を抱いた事を恥ずかしい気持ちが重なり、思わず下を向く。
「……まぁ、禄。そう、悲観するな。儂は別におぬしがなんだろうと気にしないぞ?」
余計に俯きたくなる。
「くくくっ……しかしわからんものだな……そういうのはおとぎ話だと儂は思っておったぞ?まさか現実でそんな事をしている阿保がおるとはの!くくくっ……」
そう言われて少し気が軽くなる。
「はいはい、正直に言いますよ、僕は嫌なヤツです」
「くくくっ、その自己評価も気に入った……良し、禄。とりあえず友達になろう」
「へ?」
「儂は色々とアレじゃぞ?確かに年はかなり取っておるし、普通じゃない。そもそも同じ人間とは呼べんかもしれん。けれど、それなりの経験を得てはいるし、何より、おぬしらのように現実的な問題には振り回されておらん。どうじゃ?それはおぬしにとって気楽じゃろ?まぁこんな事をわざわざ言うのはアレじゃし――」
「……」
「な、なんじゃ!?おぬしのその表情は!?呆けて!馬鹿みたいじゃぞ!?」
「……い、いやぁ、……その、うん、佐惠木……よろしく」
「……?ホントにおぬしは変なヤツじゃな?」
「じゃ、じゃあ、友達になった証として、早速尋ねたい事があるんだけどさ」
「?なんじゃ?」
「佐惠木は……普段からそんな話し方をしてるの?」
「――ぶっとべぇ!!!!!!!!!!!!」
顔を瞬間的に真っ赤にした佐惠木が右手から結界を放つ。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!?」
「失礼なヤツめ」
「――っていう感じ」
「禄……オマエはナニを考えて生きてるんだかたまに俺はわからんな」
椿が頭を抱える。
昨日の夜についての報告だ。此奴からすればまだ『説得』を完了してないのか!?という気持ちなのだろうが、僕自身『説得』させる気がないので、その辺のことはうっちゃっておく。しかしまぁ報告と言ってもホントは、書面、またはPCでメールとかで済ますのが普通だが、今日は状況が違った。前に来た時とは。
「撃退課が動いている」
「……」
それまでの空気が一変し、椿の表情が曇る。
どうせ此奴も早くなんとかしろ、と言っても、なんともならないことだと知っているのだ。そもそもにして、課長に判断を仰いでいる時点でこの『問題』に関しての先行き不透明さを感じていたのだろう。
じゃければ、わざわざ『僕』に話を振ってくる理由がない。
「……誰の指図だ?」
あまり気乗りのしない表情で椿が聞いてくる。
「まさか。わからないよ。ていうか撃退課が動いてくる理由がわからない。こっちからは当然ナニも言ってないだろ?」
「……あー……多分……」
「おいおい、エリート。らしからぬ返事はよせよ」
「言っても、俺は『上』じゃないからな。秘密裏に『上』が動いてもおかしくないぜ?」
それはその通りだ。当然、『下』に伝えない動きはそれこそ数限りなくあるだろう。
「けれど、僕の報告は伝わっているんだろ?」
「……まぁ……でも本当に居るのか居ないのかわからない脅威なんて誰が恐れるんだよ?」
確かにその通りだ。危険と危機は違う。佐惠木は確かに段違いの実力者だが、だからといって、本当に『封印』されているモノがいる確証はない。
「危機管理なんて言葉はありえないんだ。危機は危険と違う。備えようがない」
「でも、『ナニもない』場所にあんな手練れが居るのか?」
禄の目算によれば彼女は確実に『創世』クラスの能力者だ。
『一般人』の禄とは、言ってしまえば、神様と相対するようなものである。
「とは言え」
「退くにはひけない事情がある?」
「……」
「椿、オマエ、今回はホントに動いてないよな?」
僕にとってコレは確認である。勿論、この程度で自分の手の内を晒すようなヤツではないが、考えておく必要がある。
「いや、動こうとは考えていた」
「……」
考え通りであれば、佐惠木が守っている『封印』の事についてだろう。しかし、此奴もこりないヤツである。悪巧みばかりしている。
「しかしどうも意図的に情報が隠されているからな。ちょっと手を出すのは不味いな、というのが俺の見解だ」
「つか椿が手を出しているのはいつも自分の手に負えない何かじゃなかったっけ?」
「気にするな」
「まぁなんでもいいんだけれど」
相変わらずめんどくさいヤツである。『また』も、此奴は何らかの悪事を働く気だったらしい。まったく、公務員の鏡である。勿論、皮肉である。
「てかそれならそれで聞きたいんだけど、あそこにはナニがあるんだ?」
「……まだ聞いてないのか?」
「まぁ……そう簡単な話でもないぜ?」
「……恐らく、……これは俺の予測でしかないが、確実に『魔王』級の力が眠っているはずだ。そして、それは恐らく『アイテム』だ」
「……佐惠木は契約、取引だと言っていたけど?」
「それさえもそのアイテムの『守護』だと言えば説明がつくだろ?そしてそれは恐らく塚なり、手元におくなり、その際になんらかの『条件』を要求されるのは間違いがない」
「……そういう推察をしているわけだ」
「多分、な。俺等と違い、『上』はそれなりに秘匿情報があるだろうから、もしかすると、もっと別のモノの可能性はあるが、多分『アイテム』なのは間違いがない。それこそ、俺等退魔士だけじゃない。三千世界が欲しがるような『稀少武器』かも知れない」
「……撃退課が動くのは当然かぁ……」
「当然だろ?しかしまぁ……」
「しかしまぁ?」
椿の勘は良く当たる。残念な事に。
「とは言え、アイテムだ、間違いがない、と言っておいてなんだが、正直、リアルに『魔王』が居る可能性も否定出来ない」
……嫌な勘である。
「だからオマエが先陣を切らなかった、ということ?」
初日の佐惠木の台詞を思い出す。
「大体、現実的な『歴史』に『改編』はあり得ない話じゃないからな。俺等の知らないところでなんらかの『異変』が起こってたとしても……無い話じゃないだろ?」
「まぁ椿のおかげでヒドイことになったのはこれまで何度か経験したからね」
「うぅ!いや、でもな、アレは、そう、『上』が情報を隠してたからであって……」
「相変わらず反省はしてないんだ?」
「するわけないだろぅ!?俺は公務員だぞ!?」
「……うん。その発言は色々と喧嘩を売ってることになるから止めようか?」
「いずれは天下ってウハウハ退職金天国を築かなくてナニが公務員だ!」
「だから止めて!?」
「まぁ教職員には出来ない技だけどな」
「いや、聞いてない。誰も聞いてないよ?椿?ていうかそろそろ黙らないと顎外すよ?」
「ふん、禄、貴様程度にこの俺の顎が外すことが出来るとでも?」
「紙月さーん」
「はーい」
「紙月!オマエどこから現れた!?」
「潜んでた」
「どこに!?」
椿が驚くのも無理はない。何せ、紙月さんはどこからともなく現れるのだ。こないだもウチで勝手に僕のソファで寛いでいたからね。びっくりだよ。
「そ、それを乙女に聞くなんて……(ぽっ)」
乙女は勝手にヒトの家に上がり込まないと僕は思う。
そしてそんな台詞を言いながら、椿の顎を外した彼女の手腕に僕は驚きを禁じ得ない。
「……(ぱくぱく)」
「てか、禄。来てるなら来てるって言ってよ」
「いや、言わなくても知ってるでしょ?」
「……へへ」
「照れる理由がわからない」
「もう、禄のい・け・ずぅ」
「……なんか違う」
「(かぽっ)――……あ、あぁ、……良し、戻った。良かった、流石に外れたままじゃ○○○も○○も○○○○も出来ないからな」
霊力を使って回復した椿。そう、基本的に退魔士の能力は霊力を消費する。魔力、という言い方でも問題ない。どちらも等しく周囲からそのエネルギーを借り受ける形で使う技術だ。
「うん――紙月、もう一回外してもいいかも」
ごきり。椿ノックダウーン。
「……てか禄はナニをしに戻ってきたの?」
当然の疑問である。紙月のことだ。もうすでに僕と椿の会話の内容は全て知っていることだろう。だからこその質問に違いない。
しかし、腹を割って話せることではない。残念ながら。
「いや、撃退課の――」
「うん、それはもう聞いた」
……話を流すつもりはないようだ。だからといって、僕の思惑を喋るわけにはいかない。何のための作戦か。
「……」
「ちなみに誤魔化そうとしたら、禄の家にあるエクシアとアストレアの部分が少しずつ減っている現象を目にする事になるかも知れないけど。すこし不思議ってヤツ」
脅しである。先回りされた。それはSFじゃない。
「あー……それは……」
さて、どうするか。紙月は僕の友人だ。親しい友人だ。優しく、可愛く、度胸もある。実力だってある。けれど――
だからこそ、僕に付き合わせて良いのかは悩むところだ。
これが、例えば彼女が彼女であったり、そういった関係なら巻き込むのが筋かも知れない。借金や後ろ暗い世界の話ではなく、一緒に歩むなら、といった話ならば。
けれど、紙月は確かに僕の恩人ではあるけれど、彼女ではない。友人ではあるが、巻き込まなければいけない相手でもない。
僕がナニかを返すべきではあるが、その逆はまた何かが違う。
そんな相手だ。
そして――
何より、彼女が僕のように『上』から睨まれるのは僕の望む所じゃない。
そして椿や彼女は僕と違う。
となると、話は簡単である。
「アレだよ、紙月の顔を見ておこうかな、と思ってさ」
これで誤魔化しきれるとも思えないけれど――
「――っ……!?」
だだだだだ、と紙月が走り去った。
……わからん。
「しかしアレだな」
「ナニ?」
いつの間にやら復活していた椿が喋り出す。
「禄、オマエ真面目に何の狙いもなくて此処に来たわけじゃないんだろ?」
「まぁね」
椿はまぁどうでもいい。正直、此奴が公務員を辞めた方が世界が良くなる気がしないでもない。しかもなんだかんだ此奴の性で僕は大変な目に遭ったことがあるのだから、むしろ、巻き込まない方が不自然だと言える。まぁ、此奴にしてみれば、椿の利益誘導をぶっ潰したのが僕だから、逆に僕を潰す気がないわけでもないだろうけれど。
「聞かせろよ」
どうせ此奴もまた腹の中では『コレ』を利用した儲けの算段を企んでいるのだろう。僕が思うに、此奴は政治家をやった方が良いに違いない。
「――で、おぬしはまた今日もここに来た、と?」
「佐惠木は今日はナニしてたんです?」
「……ひきこもり……」
「……え?」
「いやほら、大学生って言っても、儂、ほら優秀じゃからの」
「……優秀……」
「なんじゃそのうろんな目は!?」
「いや、優秀だっていうのは信じてるけれど……」
「目が泳いでおるぞ!?おぬし!」
「いやいや、ねぇ?そりゃ随分、長い間生きてらっしゃる佐惠木だし?」
「こっちを見るんじゃ!儂を馬鹿にしようってたってそうはいかんぞ!儂はすでに卒業に必要な単位は集めきっておるのじゃ!」
「いや、知りませんよ」
「だ―か―ら―!儂、ちゃんと凄いんだってば!」
じゃりっ――
微かながら、音が響く。
「全く、客人が多いのぅ。禄、おぬしの性じゃないか?」
「そんなことはないのではなイカ?」
「……」
「そんなことはないよ」
「良し」
「――じゃねえよ!」
踏み込んできた男が突っ込みをいれてきた。
「てめえがやる気のねえ西潟か?」
「……誰ですか?」
「オマエだろ!?オマエが西潟禄だろ!?」
「……?佐惠木、知り合い?」
「……ぬし、ホントに無駄に良い根性をしているのぅ」
「ったく、なんだっていいや。ふざけたヤツだって、話だからな……お前等、此処の契約者を生け捕りにしろ。『強制解放』だ。手を抜くなよ」
「――!」
強制解放という単語に佐惠木が顔をしかめる。
その台詞を言い放った男の後ろに居る男達がそれぞれの得物を取り出し、霊力を込める。
強制解放とは――それそのまま『霊墟』の主を『主』から『降格』させる方法。
一つは――契約者、霊虚の主を場から剥がすこと。
もしくは――契約者、霊虚の主をその場で、殺すこと。
この二つのどちらかを指す。
単純に言えば――
此処に撃退課の手練れ(だろう、多分。僕と比べていわゆる『格が違う』)が何人か集まっている事から明白だろう。
「儂も……舐められたもんじゃのぅ……」
……嫌な気配を佐惠木が振りまいている。
霊力の集中を感じる。
「まぁまぁ、えーと……撃退課の誰でしたっけ?」
佐惠木はナニも用意せずに普通にすたすた自分と相手の間に入る禄に驚きを覚える。
彼奴……あそこの面々の足元にも及ばない癖にナニを……?一瞬、禄を疑う。
しかしならば、あんな挑発的な台詞を言うわけがない。
「……オマエ、ナニを考えている?……俺等の方が上なんだぞ?退魔相互扶助協会なんて、弱腰組織――いつでも潰せるんだからな?」
「――おい、禄……」
話し掛けようとする儂を手で制される。
ナニを考えている?
「まぁ撃退課のダレダレさんの言ってる事がよくわからないんですが……」
「貴様ぁああああ!舐めてるな!殴り倒してやる!いけ!お前等!」
「動かないでください」
「「「「「――!?」」」」」
撃退課の面々が禄の言葉で立ち止まる。
「そこから先――歩き出せば僕のトラップが発動しますよ?」
「……トラップ?」
確かに設置方のトラップを作ることは可能だ。
儂なら。
どう考えても――禄にそんな霊力はない。
「ふん――そんなブラフでオマエは俺等をどうにか出来ると思ったのか?」
その指摘は当然だろう。
事実――禄にそんな霊力はない。
地雷のように、設置すればそこで終わり――というのではない。
霊力のトラップは、維持に霊力を割かなければならない。
禄にそんな余裕はない。ナニをどう考えても。
「ブラフだと思うなら、入り口にあった結界と同じように、こっちへ歩いてくればいいじゃないですか。僕は此処に居る彼女と違って『条例』の遵守に必死になる必要はないですからね?」
「……」
条例は人間が決めたルールだ。決して、霊にも適用されるモノではない。
けれど、戦争でなければ、そこにルールは介在される。
なんでもあり、ということは、其処に明確な勝利を存在させないことと同義だ。
儂は確かにルールを守る必要はない。
けれど――
「僕は撃退課の皆さんと戦いたいとは思っていません。ただ、撃退課の方にも事情があるでしょう。例えば、欲の皮が突っ張っちゃった上に命令されてイヤイヤ、とかね?」
「……誰が、そんな中途半端な公務員だと?」
「さて、じゃあ『致死的』なトラップが仕掛けられていた霊墟から撤退するのは『条例』的にはどうですかね?」
「……ふん」
撃退課の面々が武器を納める。
「……此処にナニがあるんだ?」
「少なくとも、僕らの『生活』ではないですよ」
「……時間はないんだぞ?」
「いやいや、現れてくれて感謝しますよ、撃退課の皆さん」
「しかし、トラップのブラ――」
ぼがーん!
「フ……?」
目の前で強烈な爆発が起こる。
これには儂も正直驚いた。
「……どうです?」
「……うん、帰るね」
素直に帰り始める撃退課の面々。
「ちなみに」
「「「「「ビクッ!」」」」」
「帰り道は気をつけて」
「あ、ありがとう……」
彼らを見送り、儂は禄の方を向く。
「……どういうことじゃ?」
「この間、撃退課の剣士が来たじゃないですか」
「……確かにのぅ」
「そいつに言い含めておいたんですよ」
「……詰まるところなんなのじゃ?」
「佐惠木」
「な、なんじゃ?」
「僕は佐惠木の事を考えてもしれないけど、一応考えているんだぜ?」
「……だ、だからなんじゃ?」
「また明日」
「……?」
とりあえず、儂は禄がナニを言っているのか理解出来たのは後日じゃった。