とある研究員の部下 2
とある研究員の部下 2
上巻さんが部屋に入って来るなり、
「あー……野乃木が誘拐された」
「ぇえええええええええええええ!?」
正直言って、確かにいないのはおかしいなぁ、とは思いました。
帰り道に、変な暴漢に襲われたので、まさか、とは思ってましたが。
「さっき連絡があったの」
「……なるほど」
とは言え、護衛官はただの道具です。こういう事態も当然想定され、見捨てられるのが普通です。
私はそれまで、積み上げては崩していた一人ジェンガをとりあえず、やめて――
「で、これが交換材料の『性薬Ⅱver1.02』のROMよ」
……。
……は?
「……あの、上巻さん?」
「とりあえず、そのクマは隠しなさい」
「いやいや、何を言ってるんです?クマなんてありませんよ?」
「良かったわね。彼女の家じゃなくて」
ぎゃああああああああああああああああああああああ!?
「あ、あああああああああああああ上巻さん!?い、いいいいい一体どういう意味ですか!?」
「?そのままの意味だけど?」
「いえ、首を傾げて言う事ではないですよ!?」
「大丈夫大丈夫。気付いたら、私が此処の実権握ってるみたいなもんだし」
「そんな馬鹿な!?ていうかにしたって、この処置は――」
「ちなみにそのROMに入ってるデータは、あまりに昂奮し過ぎて、『らめぇええええええええええええ』となる超魔界古式マッサージもかくや、と言われるほどの性薬よ」
「なんでそんな薬作っちゃったんですか!?ていうかそれを私、わかってしまっていいんでしょうか!」
今の単語を理解された方が果たして何人いるのか!
「それを要求してきたって事は、内部に犯行者がいたって事だし。これは秘密の情報だったのに」
……まぁ何せ超魔界古式マッサージもかくや……ですからね。赤井川さんも必死に逃げ出すあの……マッサージ。
「だからいいんじゃない?」
「?……いいと言うのは?」
「アレを使って」
そう言って、上巻さんはプリクラにチューをしながら、私のロッカーを指差します。
「……あのさ、美咲」
「何?」
目の前の美人女スパイ――岡島美咲に話し掛ける。
「なんでおれが誘拐されてんの?」
「知らないわよ。そういう依頼を受けたから攫っただけよ」
そう言えば此奴はそういうヤツでした。
確か八百屋で買い物をしている時に、
『野乃木じゃん』
『えっ、岡島?寄るな!どうせなんかの仕事中だろ!?』
『いやいやないない。そんな事ないって。大丈夫。問題ない』
『……お前のそんな事ないって台詞に騙される事二十三回。もういい加減、騙されないからな。だから寄るな!』
『まぁいいや。ところで、彼氏出来たんだ。写真見る?』
『……お前に彼氏……お兄ちゃん、ちょっと泣きそう。幸せにな』
『なんでそんな喜んでんの!?ちょっと!なんか凄く複雑なんだけど!』
『いやだって、あれだけ騙す騙されるの世界に生きてきて、遂に恋愛を……うぅ、泣けてきた!今日は飲もう!美咲!』
『ちょっ!だからなんでいきなり肩を組んでくるの!?洗えなくなるでしょ!?そしてなんでそんなに騙されやすいのよ!アホなんじゃないの!?』
……なんてやり取りがあった気がする。
しかしこう……久しぶりだなぁ。こんなに上手に縛られるの。
見事に逃げられない。
「そしてこの隣のがきんちょ……何?」
「ガキンチョじゃない!私はお嬢様だ!」
そう言ってくる。まぁ……
「将来美人にはなりそうだな」
「おぬし、見る目あるな。大辻はその辺ダメダメだからな」
大辻?……大辻って――
「ところで、野乃木。なんで日本にいるの?」
「いや、従姉妹がこっちに戻って来るって話で、ついでに国籍を絞る感じで」
「ふぅん……」
「なに?その反応?」
「別に。……そっか、日本にいたんだ……」
「……?」
何故か窓の外を見たとりあえず危険人物は放置しておいて、お嬢様に話し掛ける。
「大辻って上木?」
「おぬし、大辻の知り合いか?」
「まぁ……従兄弟だし」
「世間は狭いな……ふっ……魔眼がうずく!」
「いや、うずく意味がわからない。ていうか前後の文脈の関係性が……」
「ところでうずいた魔眼ってどうやって使えばいいんだ……?」
「いや、知らない」
「ベルフェゴール!ベルフェゴール!」
「意味がわからない!」
「そんなに怠惰でありたいか!」
「なんでおれが!?」
「ところで、大辻を口説く方法を知らないか?」
「……まぁ、彼奴はロリコンじゃないからなぁ」
「成長している!正しく!変態的に!」
「お嬢様!?ちょっと可笑しいよね!?君!」
「ていうかそんな事よりそこの恋する乙女の変態さん」
「なんでよ!あたしは別に変態じゃないわよ!?」
そう言えばなんで此奴は着替えたんだ?そしてなんで服を丁寧にしまったんだ?変なヤツ……。騙すし。
と、その瞬間、
「おぬし、私に雇われないか?」
とお嬢様が言う。
「「……はぁ?」」
思わず美咲と一緒に素っ頓狂な声をあげてしまった。
「十分な給金と安全な生活を保障しよう。ばっちりぎんぎん」
「いや、なんか表現がおかしいですよ、お嬢様」あ、なんか大辻が移ったかも。彼奴がなんかこんな変な口調になるのもちょっとわかってしまった。
「嫌よ。とりあえず、雇われるにしてもこの仕事が終わってからね」
「ちょいちょい」
「……何?」
「良いから耳」
で、
「どうもこんばんは。メイドです」
「いやぁ……メイドっていうか」
まぁ確かにメイドは普通戦わないしなぁ……。とおれは思う。
「ていうかどうするんだよ。この状況……?」
「何がです?」
「何がっていうか……」
周囲に倒れたスク水を着た屍累々。口々に『メイドさん……メイドさんが怖い!』『なんだこの恐怖は!らめぇええええええええええええ!』『寄るな!寄らないでくれ!なんだそのスプーンは!そ、そんな所にスプーンは!――っ!?うわぁああああん!おがあざーん!だめ!感じちゃう!』みたいな。相変わらずでたらめなヤツ。
「とにかくありがとう。助かったよ」
ていうかやり過ぎじゃね?とも思ったが、黙っておくことにする。
美咲も巻き込まれてたが、まぁそれは仕方ない。
『ちょっ!?えぇ!?なんで中町がいるの!?聞いてない!聞いてないわよ!』
『あれ?美咲さんじゃないですか。性懲りもなく、また、辱められにきたんですか?』
『あたしはそんな変態じゃない!ていうかやめて!寄らないで!スプーンを近づけないでぇ!』みたいな。
「あのさ、中町」
「なんです?」
「好きだ」
「……へ?」
「そのヘッドセットも悪くないし、メイド服だって、好きだ。でも何より、お前が好きだ。中町――美月」
そう言って、勝手に手を握り、いきなりの愛の告白。いやいやいやいやいや!?
「なんあななんあ、ななななんでいきなり愛の告白ですか!?」
「いやだって、ほら、無茶苦茶可愛いじゃん。お前」
「どんな展開ですか!?スピード展開過ぎますよ!?動物園デートだってまだしてないのに!」
「いや、どんな少女漫画だよ」
呆れられました。
「そ、そもそもなんで野乃木が狙われたとか、その背景とかの説明をしないと、」
「いいじゃないか。どうでも良いよ。おれにとって大事なのは美月。お前だよ」
誰ですか!?このイケメン!そしてそれでも良いような気がする私ってアレですか!恋愛偏差値が低すぎるんでしょうかっ!?
「ぐっ……ワタシはスク水をぉ――へぐっ!?……ぐほぁ……」
誰かを思いっ切り踏んだ気がしますが、気の性でしょう。何故か野乃木が『うわぁ……』っていう表情ですが。
「良し、帰るぞ」
「ちょっ!?お姫様抱っこ!?いやなんで!?」
「おれの姫様だし」
「ちょっ!?わっ!?きゃああああああああああああああ!?ていうかこれ話を畳めるんですか!?」
「いや、畳むも何も……ラスボスさっき意識失ったし」
「あ、なるほど……」
「……」
「あ、なるほどじゃないですよねぇ!?」
「えぇー……自分突っ込みぃ?」
「野乃木が突っ込むべきでしょう!?」
「お前……下ネタにもほどがあるぞ?」
「違います!――って!?むぅうううう!?」
というわけで、何故か私はそのまま野乃木に奪い去られたわけです。
いや、何が、というわけですか!
そんなお方もおられるかも知れませんね。
ちなみに蛇足ですが、
で、
「ちょっと!おい!大辻!」
「なんです?お嬢様!」
「なんでおぬしは私にキスをしない!」
「いや興味ないですし」
「ぎゃふん!くそう!ていうかなんで香住が大辻に抱きついておる!」
「……いやまぁ良い香りだな、って」
「おぬしも香りフェチだったの!?」
「すんすん……イカ臭い」
「抱きつかないで!香住さん!」
大辻が叫ぶ。
「……良い香り」
「嘘だぁあああああああああああああ!」