好きな相手が出来るって事は 2
好きな相手が出来るって事は 2
なんだっけ?なんの話をしてたんだっけ?
そうそう、アレだ。
何故か彼女の家にそのまま招かれて、気付いてみれば、居間に武士がいて、珈琲を運んできた彼女の母親は普通に西洋手甲を右腕にはめていて、
……。
武士?
兜に鎧をつけた武士がいる。
軽い文化的衝撃をうけながら、それはもう、軽い文化的衝撃なんだけれど、文化的衝撃ってそんなに軽いもんじゃなくて、それがもう文化的衝撃で文化的衝撃。
ぎらり、と光る刀が喉元に突きつけられて、
それを隣の彼女が西洋手甲の右手でへし折る、という……
『また腕をあげたな』
『ありがとうございます』
だからなんだこれ?
なんで僕は友人の家にパソコンを設置しにきて、こんな非日常的な格闘漫画の空間に巻き込まれてんだよ『責任者はどこだ!』と叫ぶところかと思ったけれど、其処に戻ってきたハルバートのお父さん(だと思われる)の佇まいにそんな普通の反応が出来る事もなく、
『あはは……』
……我ながら情けない限りです。えぇ。
出された珈琲を素直に飲みながら、この状況について考える。
いや、考えた所で、何も好転はしないし、
『で、彼が婚約者候補に?』
『勿論です』
……。
婚約者?
呑みかけた珈琲が思いっ切り口内から現世へとぷぴゅーっと飛び出しそうになったけれど、自重した。だらっとこぼれそうになった珈琲をじゅじゅっと吸い上げる。
もう一度反芻する。
婚約者?法的拘束力のない、口約束的なアレだよね?書面に起こせば具体的な法的措置をとれるけれど、言ってるだけならなんらかの被害がない場合は、比較的温情措置がとられるアレだよね?
ていうか、
『そうです。私が決めました』
ていうか認めているけれど!これはアレか!?お約束的なアレなのか!?
彼女がウインクしてくる。
……まぁ、ウインクがド下手くそなのは愛嬌ということで。
歪んでる。凄く、歪んでるよ。そのウインク。
『じゃあ、本家の決めた婚約者と争わせる、という事になるが、御仁……いいのだな?』
兜の奥から覗く真剣な視線に思わず呻きたくなる。
そんなつもりは全くないです!と、言いたかったけれど、
あのひどく歪んだウインクはきっとそういう意味なんだろう、と。
『まぁ、そうですね』
僕は……馬鹿だ……。
で、
『初めまして』
……また武士。
『見たところ、西洋手甲を身につけてないようだが、おれは手を抜かないぞ』
『はぁ……』
一体ナニをさせられるんだろうか。
まったく。
『では、勝負を開始する。あー母さん、そこからウノ取ってきて』
ハルバートを抱えたお父さんが言う。
……。
ウノ。
で。
結局、運良く、僕が勝利し、挙げ句、その後パソコンを設置しおえ、珈琲を飲みながら、彼女が事情を説明してくれたわけだけど、まぁそんな話はどうでも良くて。
『まぁ、これで婚約者云々は終わりって事で』
そう彼女は言って、僕と彼女の婚約云々はうやむやになったわけだけれど。
今もガタガタとパソコンを打ち続ける彼女をちらりと見て、思う。
あぁ、まずったな、と。
にこやかに不似合いで無骨な西洋手甲で嬉々とした表情の彼女に、僕はどうしようもなく、心を奪われていて、
『明日からまた友人としてよろしくお願いします』
そう言われた時にもう解っていたんだけれど、
僕は、
あぁ、
決められた事でも良かったから、
隣に居たいな、と思ったわけで。
勿体ないことをした、というどうしようもなく身勝手な理由に苛まれながら、キーボードを叩く。……はぁ。
そもそも恋愛なんて物は精神的な病気よ!
そう喝破できたら、どんなに羨ましいか、と思いながら、僕は打ち終わった文字列に向かって再度エンターキーを叩く。
かちっと。
かちかちっと。
やれやれだぜ。