とある研究員
とある研究員
そうです。私が研究員です。とある、と書いてしまうと必然的に言いたくなってしまうわけで。ついでに言ってしまえば私が天才です。はい、そこ拍手。
その幻想をぶちこわす!
……
……はぁすっきり。
さてさて、まぁご存じの通り、研究員だけあり、私はどちらかと言えばエッジが利いて、シャープでクールな女です。
喜怒哀楽鉄面皮、女の皮を被った研究の鬼。おいおい。
なるほど。
皆そう思っていたのか……。
と、帰り際、忘れ物をして研究室を覗いた時に小耳に挟んだわけだ。
フルボッコにしても良かったのだけれど、流石に、高校生の時みたいに、そんな犬猫の喧嘩のような戯れをするわけにはいかなかったので、仕方なくその場は引いてやったことをありがたがれ。
と、普通に帰った。
わけもなく。
そのまま扉を開け、
「黙れ○○共」
と言ってやった。そこら辺に転がるじゃがいもの扱いは得意だ。大声と一発の有効性のある打撃は他人の意志を容易く籠絡する。私はおじいちゃんからそう教わった。でも、おじいちゃん。アレは超怖かったわ。……まぁ解る人には解ってしまうかも知れないが、私の研究テーマは生物関係だ。あまり具体的にその研究の有用性、方向性、内容まで明かしてしまうと、……いやほら、ひくかも知れないし。
でもまぁ微妙に明かすことにしよう。
私のレポートに並ぶ単語は
生殖 勃起 中枢 海綿体 ホルモン バランス 健康状態 肉 茎 ……
中学生の辞典に引かれたマーカーのラインの生物学的見地から云々、みたいな言葉の数々だ。単
純に言えばがぼぼずぼがぼで、これもある意味でひっかかるか?
やれやれ。
お金になる研究というのは、本当に生物の原点に限りなく近い方向しかない。
何が出来て出来なくなるだの、あまり縁のなかった私からすれば、それは違う世界の出来事で……
……もしかして気付いてる?
そうよね。
こんな迂遠な表現をしててもバれる時はバれるわよね?
私は大学生時代の自分を羨む。
その勇気に、向こう見ずな勇気、無謀とも言う。
いや、
足元を見ずに飛ぶ、その勇気。
「んなもん、どこでも出来るわ!」
まぁ酔っぱらった勢いもあったのだろうけれど。
スゴイと思う。
出来ない。
ま、結局出来てないんだけど。
もっとさらっと出来るはずだったのだけど。
ていうか言っていいかしら?
言えないし、
見れないし
何をすればいいのかわからないわ。
何を?
彼を。
実際、彼を目にし、
「あ……うぅ……で……」
どうした私!?となる。
私は自称だけでなく、天才だ。年収は人が羨むほどある。憎まれっ子世にはばかる。やーいやーい。天才は罵倒の仕方も天才なのだ。はばかってるかどうかはとりあえず置いといて。お金はある。容姿も……まあ悪い方ではないだろう。多分。微妙に背が高いのは悩む所だけど……。
じゃがいも共相手には。
「いやだから、その生殖行為における正当性と遺伝子の――いや、何を言ってるの?だから、つまり、頑強にすればいいんじゃなくて――」
なんて話は簡単にできるのに。
「あ……それで……お願いしま……しゅ」
あ、噛んだ
となる。
いやいや、私。
……大丈夫か?
「じゃあアレ?上巻は処女」
「悪いか!」
いかん。遺憾。如何であるー。先日の、のんことの会話がフラッシュバックした。
細胞膜が!細胞膜が暴走しそうだ!
ちなみにのんことは私の友人で、高校の時からの知り合いだ。
クール繋がりで。
……
普通なら同類は敬遠しそうな話だが、気が合ってしまったのだから仕方がない。
ちなみにのんこにのんこと言うと怒る。
まぁ気持ちは分かる。けれど、これはアレだ。親しさの表現と言うヤツでもある。
そのワンクッションはある意味で友情。いいぞ、もっとやれ。
そう!認めよう!
いやつか認めんのか!私!?
たかがコンビニ店員の男に恋したなんて!
……いや、たかがなんて台詞はいけない。そう……まるで、ただ、彼の見てくれに……いや違う!
思い出せ!私!
「じゃあ、上巻はどこでもって言うけど、誰とならどこでもできんの?」
そう!それ!免罪符!ゲトー!やったな私!
いいじゃないか!
そう、見てくれ!
容姿!
ただのイケメン好きなのだ!
私は!
別に私は彼のその声とか、のど仏、ついでに耳の形、優しげな雰囲気……じゃなくて、手先とか歯並び、いや、というかキレイな遺伝子配列をしてるんじゃないかと感じる素養が……あー、もうなんだなんだなんだなんだ!?いやつかその辺の要素にしたって、ただの容姿だからな!?私!?いやそもそもアレだ。言葉を交わした事なんてまるでないし、こっちが一方的に恋して――
ぎゃーす!
待て!私!
恋――じゃあない!そう――性欲だ!性欲に違いない!
と、私は無表情に、他人の生殖の使用薬による研究結果(つまり回数。満足度。その他諸々)を打ち込み、予想される有効成分、ついで次の結果向上におけるステップに必要媒体などなどをファイルに書き込む。
……我ながら、本当に、外見と内面があっていないと思う。
きっとコンビニでおやつを買ってる時もそんな感じなのだろう。
はぁ……
内心の葛藤がそのまんま相手に伝われば良いのに……。
いや待て。そうすると私、彼に結局嫌われるんじゃ……
あ、流石に手が止まった。
まいて、まいて。
まき直す。ネジを締める。締め直す。
指が動き出す。
研究室の皆が一瞬何故かこっちを見たが……なんだったのだろう。
まぁ大体、私が部屋に居る時はひっきりなしにカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチと鳴り続けるからだろうか?
まぁ実際、企業の担当が見たらそこにあるのは価値価値価値価値価値価値価値価値価値価値価値価値価値価値価値価値価値価値価値価値価値価値価値没価値価値価値価値価値価値価値価値価値価値価値価値価値価値価値価値価値価値価値価値価値価値価値価値価値糞価値価値価値価値価値価値価値価値価値価値価値価値価値価値価値価値価値価値価値価値価値価値価値価値価値なんだろうが。
この研究結果、考察自体は別の仕事に回すとして。
キーボードを叩きながら、研究を纏めながら、考える。
嫌われ――
あ、また止まった。
ぶわっ――
一気に汗が噴き出す。
眼鏡が曇るかと思った。
ポニーテールが弾け飛ぶかと思った……
いやどんな状況だ。
ちょっと待て。
仮にも!?仮にも私はアレだぞ!?
喜怒哀楽鉄面皮、女の皮を被った研究の鬼。おいおい。
なんだぞ?
その後に皮がどうちゃらというピンポイント爆撃をかます、ハッキリ言って、恐ろしい女で、ガチで憎まれっ子だぞ?……いつ襲われてもおかしくない。正直内心びくついている。戦う必要なんてまるでないところで戦ってしまう。
それが……それが、たかがコンビニ店員の男に……
いやだから……
……
で、私のそれが試される時が来てしまった。
「大丈夫ですか?」
ぎゃーす!?