テルカの森
「なんつーかさ、何をどうしたら、こんなことになるんだろうな」
彼は表情に少し落胆の色を覗かせて言った。
その独り言も問いかけとも見受けられる言葉に、彼の前を歩く少年が振り返って答えた。
「ジオンが道に迷ったからだよね?」
少年は不機嫌丸出しの笑顔を浮かべていた。
現在、二人がいるのは『テルカの森』と呼ばれる森の中。
辺りは、すっかり真夜中である。加えて、今夜は月のない朔の夜。いつもより、深い暗闇が広がっていた。
本来、夜の森は出歩くべきではない。方向感覚が狂うだけでなく、夜行性の獣に遭遇してしまうかもしれない。
それでも、少年は道標があるかのように進んでいく。真っ暗な闇の中、少年の持つカンテラの灯りだけが森の中を照らしていた。
「本当だったら、夕刻には町にたどり着くはずだったのに…」
少年は深いため息をつく。
彼は、ジオンを先に歩かせたことを後悔した。ジオンは救いようがないくらい、重度の方向音痴だった。
少年の様子に無性に腹が立って、ジオンは文句を垂れる。
「うるさいっての、ノイ。今回は地図が悪いんだ。そもそも、迷ったんだ。今更どうこう言ってもしかたないだろ」
「ジオン…悪いのは地図をしっかり見ないジオンであって、地図のせいじゃないから。」
ノイは振り返って、呆れた様子で言った。
そして、またすぐに歩き出した。ただ、前を見据えて。
「―――ジオン。僕らは目的を持って旅していることを忘れないでよ。…あの人を探すんでしょ?」
「―――そうだな」
ジオンは探し続けている人物の姿を思い浮かべた。
最後にあったのはいつだっただろう。今では、もう思い出せない。そのぐらい、過去のこと。
けれど、彼女を忘れることはなかった。
その面影を今でも鮮明に覚えている。
―――だけれど、彼女はもうどこにもいない。
『彼女』という存在は消えてしまったが、あらたな『命』としてどこかにいるはずなのだ。
―――きっと、出会えれば分かるはずだと信じて旅を続けてきた。この旅の終わりはいつ訪れるのだろうか?
「森の出口に出たみたいだ」
物思いに沈んでいたら、急にノイに声をかけられる。
「―――あ?あぁ、何とか出られてよかったな」
「うん。よかったけど、どうかした?」
「いや、なんでもない。とりあえず、早く町に行こう。っても宿はもう閉まっているけどな」
「そうだね」
『―――ノイ…』
突然、声をかけられて、ノイは辺りを見渡す。ジオンではなく女の子の声だった。
「あぁ、どうしたの?ルフィン?」
ノイは背負ったカバンを見た。カバンの上のところに小さい光が浮かんでいた。
光が消えると、そこには妖精―ルフィンがカバンに座るようにして、ノイを見上げていた。
ルフィンは不安げな表情を浮かべ、
「ねえ、ノイ。空気が震えてる。なんだか変だよ」
声には怯えの色が見える。
その言葉にジオンが素早く空を見上げる。つられるようにしてノイも空を見た。
「―――音が消えた…?」
ジオンが掠れた声で呟く。
一瞬のうちに世界から音が消えた。真の静寂が辺りを包む。
「いったい何が?」
その瞬間、空に向かって光が走った。ジオンはその光に目を奪われる。
―――心が震える。まさか―――
そうしているうちに、光は消え、音が戻った。
「―――今の光…何だろう?ねぇ、ジオン?」
ノイが呆然とした様子で声をかける。
「ノイ。地図を見せてくれ」
「地図を?あぁ、はい」
渡された地図を広げ、自分たちが今いる場所と光の方向を確認する。
光が走った方向を辿っていく。
そして、ある場所にぶつかった。
―――世界の中心、大樹が鎮座する聖なる森。
その事実にジオンは無意識に手を止める。もう一度、確認したが間違いなかった。
「―――ルークレイシャンの目覚めが近いのか」
ジオンは小さく呟く。その呟きにノイは目を丸くして、
「―――ルークレイシャン?たしか…時の女神のことだよね?その人が起きるってことは『罪』が消えたってこと?」
「そうだな。―――そうか、ついに…」
ジオンは小さく微笑んだ。その笑みは優しい。ノイもその笑みを見てつられて笑った。
「どうせだし、行ってみる?」
「は?」
「だから、僕らの旅は目的地が決まっているわけでもないんだし、行ってみてもいいんじゃない?」
ジオンはしばらく考え込んだ。そして一言、
「―――行く」
―――――――
運命は交差する。
それぞれがもつ『運命』に導かれて。
人は長い旅路の途中に出会い、そして別れる。
それを永遠に繰り返す。
それは『運命』が起こす力。
足掻いても、覆すことは叶わない。
―――運命は決して揺るがないものなのだから。
―――揺るがしてはならないものなのだから。
力をもって、運命に干渉することは即ち、禁忌を犯すこと。
それなのに、なぜ人は罪を犯すのだろう?
なぜひとは足掻くのだろう?
分からない。
―――分からないこと、それを知るためにはどうしたらいいのだろう?
同じ人に生まれれば、何か分かるだろうか?
―――そう、いつか…