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カデンツァ  作者: 三輪もとこ
第1章
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第1章 28節

 タクシーの中で泉は奈々子に電話をかけ、博久もルーシーもまだ一緒にいること、真紀とルーシーがかなり酔ってしまっていて、まだ酔いをさましているところだと言うことを聞き出した。そして、ルーシーの兄が迎えに行くこと、泉もそちらへ向かっていることを伝えると、奈々子はほっとしたようだった。おそらく博久の仕事が終わるまで、帰るに帰れない状況だったのだ。泉は奈々子に申し訳ない気持ちになった。


 デラロサでは、今日予定されていた演目は全て終わっていたが、時間が遅いので客はほとんど帰ってしまっており、ステージ上ではまだ学生の練習のようなセッションが続いていた。泉が店に入っていくと、すぐに奈々子が気づいて手を振った。テーブルの上に真紀がつっぷして眠っており、ルーシーはソファの片隅で丸くなって同じように寝ていた。博久はまだ店の片づけをしている。


「奈々ちゃん、ごめんね。こんな時間まで。もう帰らないと、終電出ちゃってない?」

奈々子の家は千住なので、それほど遠いわけではないが、両親が心配しているに違いない。

「大丈夫。ちゃんと家には電話したし、車で帰るから。それより泉さんこそ。バイトで疲れてるのに、わざわざここまで来るの大変だったでしょ?」

昼間一緒にバイトをして、その後もまたJに行った事を知っている奈々子は泉のことを気遣っていた。

「ううん。私は大丈夫。部屋も近いし。ルーシーはお兄さんがここに迎えに来るから。今までいてくれてありがとう。真紀は私が連れて帰るし、ご両親がきっと心配してるから、奈々ちゃんも早くおうちに帰って」

「泉さん、大丈夫?明日もあるのに」

奈々子は心配そうに泉を見た。

「大丈夫よ。それより、ほんとにごめんね。それに、ありがとう」

「もう、やだ。泉さんたら」

奈々子は掃除をしていた博久とちょっと話をした後、後ろ髪を引かれるように、泉に申し訳なさそうに店を出て行った。奈々子に本当に悪いことをしてしまった。両親に叱られなければいいけど……


奈々子が出て行ってすぐ、デイビッドと廉が店に現れた。テーブルの上につぶれた真紀を横目に見ながら、デイビッドはルーシーを揺り起こした。

「Wake up, Lucy!」

ルーシーはほとんど眠り込んでいて返事にならない。

「こんなになるまで飲ませて、一体どういうつもりなんだ」

廉が泉に非難を浴びせた。ここにいなかったのを知ってるくせに。泉は返事をしなかった。

「あんたら、彼女の保護者?」

近くにいた博久がモップを持ったまま泉のすぐ後ろに立っていた。

「別に泉さんが飲ませたわけじゃないよ。ここにつれてきたのは僕たちだけど、ついて来たのも、たくさん飲んでこうなったのも、彼女がそうしたかったからでしょ」

泉が責められていると感じた博久が廉に言った。

「君は……」

「僕は泉さんの友達。南博久です。この間、富田とあなたがここに来てた時、自己紹介しませんでしたっけ?ルーシーとも、この間から友達……かなぁ?ね、泉さん」

泉は博久に困ったように微笑んだ。そうだった。この二人、初対面じゃない。

「Ren, We're going back.....」

デイビッドはルーシーをおぶろうとしていた。廉はそれを手伝って、デイビッドの後からついて店を出ていった。


「なんだよ。あいつら。まるで泉さんが悪いみたいじゃないか」

博久はモップを床につき立てて、仁王立ちになって怒っていた。泉は廉にあんなふうに言われたことがつらかったが、自分が何か特別な存在だったわけではないと思い直して、何とか自分を納得させた。やはり、あの人とはどうにもならない。

「さて、わたしも真紀をつれて帰らなきゃ。博久くんも、もうすぐ終わり?」

「うん。やべぇ、終電なくなる。じゃ、泉さん。また明日」

博久は店の時計が12時をさしているのに気がついて、モップを慌てて掃除用具入れに返しに行った。真紀もこのすぐ近くに住んでいるので、ちょっと送っていけばいいのだ。今までにも何度かこんなことがあって、博久は自分が真紀を送っていくことを知っているので、もはや何も言わなかった。

「真紀!真紀!ちょっと、おきて!」

真紀は酔ってはいたが、すぐに起きて泉がそこにいることに驚いた。

「どうしたのぉ。泉。なんでここにいるのぉ?」

「ちょっとね、ルーシーに用事があったの。さぁ、もうお店も閉まるし、帰るわよ」

泉は真紀の腕を取ってテーブル席のソファから立ち上がらせた。

「あーん、待ってぇ。靴はいてない……」

真紀がテーブルの下から自分の靴を拾い出す。ふらふらするのを腕で支えながら、泉は真紀に靴をはかせた。

「どれぐらい飲んだの?」

「大して飲んでないよぉ。コークハイ、4、5杯……」

「ここのコークハイの半分は焼酎なのよ。それは飲みすぎ」

なんとか靴を履いた真紀を腕に絡め取るようにして、泉はデラロサを出た。


「風が気持ちイー!」

部屋までの帰り道、真紀は泉に寄りかかるようにしてご機嫌だった。奈々子は手のかからない妹で、真紀は手のかかる妹。どちらも泉にはかわいくてしかたがない。自分に兄弟がないせいか、泉はそういう存在にずっと昔からあこがれていた。

「泉ぃ。ごめんねぇ……」

ご機嫌だった真紀が突然、泉に謝った。一体、何だというのだ。

「だってぇ、あたしぃ、ちょっとくやしかったんだぁ。泉がぁ、選ばれてぇ」

「選ばれたって、コンクールのこと?」

「うーん、そう」

真紀は頭を大きく縦に振った。あまりにそれが大きくて、真紀は泉と一緒によろけた。

「でもぉ。よーく、考えてみたんだけどぉ。やっぱりぃ、泉はすごいのかもと思ったのぉ。作曲でぇ、選ばれたのもぉすごいんだけどぉ、奈々が言ってたとーり。やっぱり泉のぉピアノぉ。あたし好きかもー!!」

真紀はそう言って泉に抱きついた。

「真紀……」

泉は大柄の真紀を後ろによろけながらもなんとか抱きとめた。

「泉ぃ。ピアノぉ、やめないでねぇ。青山がぁ意地悪してもぉ、あたしが守ってあげるからぁ」

泉はそれを聞いて目頭が熱くなった。きっと、私のせいで嫌な思いをしたに違いないのに……

「真紀。ありがとう……」

最近の鬱々とした気持ちが、さあっと晴れるような気がした。ここ最近起こったいろいろな嫌なことが、全てこの一言で消えてなくなってしまったようだ。真紀がこんな風に言ってくれるなんて……泉はうれしかった。

「さ、かえろ」

泉は真紀の腕を抱えなおして、また歩き始めた。





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