全ての始まりはここからです!!(前編)
天界ーーそれは天使の住む地。
そして天使とは、太古から人を導き、人の繁栄と守護を役目とする種族である。
天使には階級があり、上から熾天使・智天使・座天使・主天使・力天使・能天使・権天使・大天使そして1番下に天使となっている。
その中で智天使は、神の姿を見る事ができる存在で、英知に優れ、熾天使にその英知を伝達する重要な役割を持っている、位の高い天使だ。
中でもイオフィエルは智天使の長と言われており、『神の美』と称されるほど美しく、知恵と美しさの両方を兼ね備えている唯一の天使と言っていいだろう。
そうーー天界の中央にある大樹『セフィロトの樹』、それを酒に酔った勢いで放火して呆然と立ち尽くしているのも、何を隠そう智天使の長イオフィエル本人である。
「やべー…」
「貴方は何をしているんですか!!!」
8人掛けの円卓、その中央の地べたに座り込んだホワイトブロンドの髪色にセミショートの髪型をした、美少女に見間違える程の美貌を持った小柄な少年、イオフィエルを叱るのは、白髪の長い髪に長い髭をした高齢の男性、主天使の長ザドキエルだ。
「いやー…つい智天使としての好奇心が働いたというか…。セフィロトの樹がちょっとした火で燃えるのかの実験…みたいな?」
イオフィエルは明後日の方向に目を向けて、冷や汗を流しながら言い訳をする。
「天界にとって重要なセフィロトの樹を好奇心で燃やそうとするなど…!!信じられません!!それも犯人が智天使の長である貴方とは!!」
ザドキエルは円卓を叩きながらイオフィエルに説教をする。
まさか長い天界の歴史の中で、セフィロトの樹を好奇心で燃やそうとする天使など前代未聞なのだ。
酒に酔ってやってるので尚更タチが悪い。
「そこまで怒んなくてもいいじゃん…。セフィロトの樹だって、燃えたのは根本のちょっとした部分だし…。」
イオフィエルは何故か不服そうにいじけ始める。
実際にちょっと燃えた程度では天界に影響がないのも事実だ。
それに、燃えた箇所も既に他の天使が修復済みである。
「結果ではなく行動に怒っているのです!!今は比較的平和な時代ですが、昔なら天使の階位剥奪の上、天界からの追放!最悪、処刑もあり得たのですよ!!」
「昔は昔でしょー。ボク様は今を生きてるしー。」
ザドキエルに叱られながらも、イオフィエルは放火を一瞬で過去の事にしたのか、悪びれる様子を見せなくなっていた。
「もういいでしょう、ザドキエル。」
「ら、ラグエル様…。」
ザドキエルを止めたのは、円卓の椅子に座って目を閉じたまま微笑んでいる1人の女性。ライトグリーンの髪色と床まで届くロングヘアー、更に目を引くのは彼女の周りを漂っている一つの天秤だった。
彼女の名はラグエル。天界の裁判長を務める熾天使の1人だ。
「やってしまった事は重罪。ならばする事は一つ。」
ラグエルの周りを漂っていた天秤が何も乗っていないのに片方に傾く。
「智天使の長イオフィエル。貴方を天界から追放します。」
ラグエルは片方の目を薄く目を開くと、イオフィエルに裁判の結果を言い渡す。
「ちょっ…!ちょっと待ってよ!!追放!?ボク様が!?天界一可愛いボク様を追放なんて天界の大損失だよ!?天界の中から可愛いの九割がなくなるんだよ!?それでもいいの!?」
「どこからその自信が湧いてくるのですか…。」
必死に自身の可愛さを訴えるイオフィエルを、ザドキエルは呆れた目で見る。
確かにイオフィエルは『神の美』と言われるほど完成された美しさを持ち、幼い体格や顔立ちは綺麗より可愛いと言った方が良いだろう。
「安心してください。追放と言っても条件を満たし、天使としての役目を果たせば、特例として天界に戻るのを許してあげます。」
ラグエルは相変わらず微笑みながらイオフィエルを見る。
「な、なになにっ!その条件ってやつ!天界に戻る為ならボク様なんでもするよっ!!ラグエル様に天界一可愛いボク様が、特別に写真集でも作ってあげよっか!」
自身の可愛さに絶対的な自信を持つイオフィエルは、冷や汗を流しながら必死に媚びを売り始める。
「いりません。貴方の役目、それはこちらの男性の伴侶を共に見つけ、婚姻関係になる様に正しく導くのです。」
イオフィエルの提案をスッパリと断ったラグエルは、イオフィエルの前に1枚の紙を出現させた。
イオフィエルは紙を手に持つと内容を見る。
紙には1人の男性の顔写真と、名前や年齢、生まれてからどの様に生きて来たのかが詳細に書かれていた。
「何この冴えない顔の男。絶対繁殖とか無理でしょ。」
「貴方が教え、導く対象ですよ!失礼な物言いはやめなさい!あと人間相手に繁殖とか言わない!」
紙を見ながら失礼な事を言うイオフィエルを、ザドキエルは声を荒げながら注意する。
仮にも人間を導く立場の天使が、人間の営みを動物の様に扱うのは立場的にもよろしくない。
「智天使イオフィエルよ。その男性を導き、天使としての役目を立派に果たしてくるのですよ。」
「え〜…めんどくさーい。写真集じゃ駄目?」
「早よ行け。」
ラグエルが頭に怒りマークを浮かび上がらせながら言うと、イオフィエルの下に穴が開き、そのままイオフィエルは落ちていった。
「えっ、ちょっとー!?」
イオフィエルはいきなりの事にビックリした声を上げながら落ちていった。
イオフィエルが落ちた後にラグエルは穴を閉じると、溜息を一つ吐く。
「これでよろしかったのでしょう?」
ラグエルが後ろを向くと、誰もいなかった場所が光輝き、光の中からホワイトブロンドのロングヘアーをした、眼鏡をかけた天使が出て来た。
「ありがとうございますラグエル。これを機に、あの子も成長するでしょう。」
眼鏡をかけた天使は、聞き心地のいい声を響かせ、笑顔でラグエルに礼を言う。
「イオフィエルに大量の酒を飲ませて、セフィロトの樹に放火する様に唆したのも貴方でしょう?」
ラグエルは呆れた様に眼鏡をかけた天使を見る。
この天使がやった事は普通に天界でも重罪のため、本来ならこの天使も裁かなければいけないがーー。
「大いなる父からは、ある程度の裁量は頂いています。今回の件に関しても、事前に許可を頂いてるので大丈夫ですよ。」
「そうですか…。」
そうなのだ。この天使ーー熾天使の長ミカエルは、その辺りしっかりしているのだ。内容が過激なだけで。
「それにしても良かったのですか?貴方はあの子を弟として溺愛していたじゃないですか。」
「ふふっ…大丈夫…。そう、大丈夫…なの…です…。うぅ…。」
「泣くぐらいなら、最初からしなければいいじゃないですか。」
口を押さえて涙を流し始めたミカエルを見て、心底呆れた様にラグエルは言う。
「いえ…今回の件はあの子の成長に必要なのです。生まれ直して間もないあの子は、未だに智天使としての役目を自覚していません。今後のあの子の為、ひいては天界の為に必要な行動なのです。」
「そうですか…。」
熱弁するミカエルを他所に、ラグエルは席を立つ。
「私達も行きますよ、ザドキエル。」
「イオフィエルの監視ですか?何も天界の裁判長と主天使の長が行かなくとも…。」
ザドキエルの疑問は最もだ。いくらイオフィエルが智天使の長と言えど、階位の高い天使が2人も監視につくのは些か過剰に思える。
しかしザドキエルは思いあたる。人間と深く関わる天使は堕天しやすい。もし智天使の長のイオフィエルが堕天した場合、その対処をする為なら過剰とは言えなくなると。
自身の上司のラグエルの思慮深さに、ザドキエルは感嘆する。
「いえ、監視は別の天使達に頼みます。私達はただの観光です。どうせ天界にいても暇ですしね。」
「…」
酔ってセフィロトの樹に放火するイオフィエル。
成長の為とは言え、それを唆したミカエル。
監視と思えば、ただ遊びに行きたいラグエル。
なぜ上位天使は良く言えば自由、悪く言えば身勝手な天使が多いのだろうと、他の上位天使の事も思い浮かべながらザドキエルは頭を痛める。




