表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/29

第24話|白金の境界線⑴



 辺境伯の屋敷で放たれた「光」は、少年の運命を一変させた。


 あの日から数日。


 ブラッドベリー家の門前には、朝日を浴びて白銀に輝く、神聖な紋章が刻まれた豪奢な馬車が停まっていた。


「嫌だ!

 レイと離ればなれになるなんて!」


 静かな朝に、ディアンの悲痛な叫びが響き渡る。


 彼はレイモンドの腕を強く掴み、離そうとはしなかった。


 その必死な形相は、あの日魔物の前で立ち塞がった時と同じか、それ以上に激しいものだった。


 母サラは、ディアンの肩を優しく抱き寄せながら、堪えきれずに瞳を潤ませる。


「ディアン、聞きなさい。

 ……それでも、レイちゃんは聖宮へ行かなければならないの。

 それはこの国の、神様が決めたことなのよ」


「そんなの関係ねえ! なんで俺のレイを連れていくんだよ!」


 父アダムもまた、辛そうな顔をしながらも、息子の目を見つめて宥めた。


「ディアン、落ち着け。

 レイモンドは国の希望になったんだ。

 だがな、聖宮は監獄じゃない。

 時々は会える。

 だから……今日は笑顔で見送ろう」


 アダムの言葉も、今のディアンには届かなかった。


 彼は握りしめたレイモンドの袖を、さらに強く、指が白くなるほどに握り込んだ。


「それでも、ずっと一緒にいるって決めたんだ! 俺も行く、俺も連れて行け!!」


 レイモンドは、自分を繋ぎ止めるその手の震えを感じていた。


 胸が張り裂けそうな痛みとともに、彼はディアンの目を見つめ、その手をそっと握り返した。


「大丈夫ですよ、ディアン様」


 レイモンドの穏やかな、けれど芯のある声に、ディアンの動きが止まる。


「必ず、戻ってきます」


「……本当か? 本当に、本当に戻ってくるのか?」


「はい。約束です」


 その言葉に、ディアンはようやく力を緩めた。


 レイモンドは逃げるように馬車に乗り込み、扉が閉まる。


 窓越しに、泣き崩れるサラと、彼を支えながら手を振るアダム。


 そして動かずにこちらを見つめ続けるディアンの姿が、遠ざかっていく。


 聖宮への道のりは、丸一日を要した。


 馬車が停まったのは、夜も更けた頃だった。


 扉が開くと、そこには神々しい光景が広がっていた。


 白銀の石畳の上に、数百人の使用人や聖職者たちが、レイモンドが歩む道の両側に整然と並んでいた。


 彼らは馬車から降りたレイモンドを目にした瞬間、一糸乱れぬ動きで深く一礼した。


「「「新たなる聖王子、レイモンド様に神の祝福があらんことを!」」」


 夜の静寂を震わせる、重厚な唱和。


 かつて路地裏で泥を啜っていた少年は、その圧倒的な敬意に動揺しながらも、案内人の導きに従って聖宮の奥へと進んだ。


 たどり着いたのは、高くそびえる司教座が置かれた謁見室だった。


 そこに座る教皇は、慈愛に満ちた笑みを浮かべて立ち上がった。


「よく来ましたね、レイモンドよ」


 教皇は穏やかな顔で、レイモンドを「これから家族として迎え入れよう」と告げた。


 だが、レイモンドは震える声を押し殺し、その申し出をはっきりと拒絶した。


「……申し訳ありません。私は、ここに残るわけにはいかないのです」


「なにか理由があるのですか?」


 教皇の問いに、レイモンドはディアンの温もりを思い出しながら答えた。


「ディアン様と約束したからです。

 ずっと一緒にいると。

 彼は初めて会った時も、魔物に襲われそうになった時も、いつも私を守ってくれました。

 だから私は、彼の元へ必ず戻らなければならないんです」


 教皇は驚いたように目を見開いたが、やがて少年の瞳に宿る、神聖力にも似た強固な「意志」を見て、面白そうに目を細めた。


「ほう。……それなら、その少年を『ペイジ』として迎え入れましょう」


「ペイジ……?」


「ええ。

 あなたと共に暮らし、共に学び、将来あなたの側近として、この国を共に背負っていく存在ですよ。

 彼をここへ呼び寄せ、君の傍に置くことを許可しましょう。

 それならば、あなたがここを離れる必要もなくなります」


 レイモンドの心が揺れた。それなら、ディアンとずっと一緒にいるという約束を破らずに済む。


「……それなら、お願いします」


「決まりですね。

 ただ、もう一人こちらで用意しているペイジがいます。

 ですが今日は疲れたでしょう。ゆっくり休んで、明日の祝祭パーティで会うといいでしょう。

 ……では、部屋まで案内させなさい」


 案内された部屋は、ブラッドベリー家で与えられた部屋よりも数倍広く、調度品も一級品ばかりだった。


 しかし、一人の夜はあまりにも冷たかった。


 窓から見える聖宮の夜景は、宝石を散りばめたように美しい。


 けれど、隣で眠るディアンの寝息がないだけで、そこは氷の部屋のように感じられた。


『ずっと一緒にいような』


 その言葉がレイモンドの頭を巡る。


 レイモンドはディアンに手を握られた感触を必死に思い出しながら、自分に言い聞かせるようにして目を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ