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第15話|物語に名を刻む者たち



「──まだ……確認し足りないことがあります」


 レイの静かな制止に、テラスの空気が再び鋭く研ぎ澄まされる。


「なにかしら」


 シャナが問い返すと、レイはその知性的な双眸を真っ向から彼女へと向けた。


「あなたは言いましたね、シャノン・ディール。“立場や配置は選べる”と」


 シャナは、短く頷いた。


「ええ」


「ですが──」


 レイは、わずかに間を置いた。


 あえて言葉に溜めを作り、確信を突く。


「あなたは一度、処刑されている。

 つまり、配置に付随する運命までは選べない。そういう理解で、間違いありませんね」


 その指摘は、この甘美な提案の裏に隠された毒を正確に暴き出していた。


 シャナは、否定しなかった。


「その通りよ」


 穏やかに、しかし逃げのない声で答える。


「私は“エリシアの義姉”として転生することは選べた。でも──」


 一拍。


 夜風が止まり、彼女の独白だけがテラスに響く。


「魔力ゼロとして生まれることも、処刑台に立たされることも……それらは、選べなかった」


 言葉が落ちる。


 重く、しかし澄み渡った沈黙が場を支配した。


 ディランが、己の胸中を探るように低く息を吐いた。


「つまり……」


「ええ」


 シャナは頷く。


「配置を選ぶということは、その役が辿り得る可能性を、丸ごと引き受けるということ」


 レイが、その理屈を補完するように静かに続ける。


「大きなリスクを伴います。

 どんな立場を選ぼうと──その立場に“ふさわしい悲劇”や“試練”は、避けられない」


 その過酷なルールを聞き、オーロラがわずかに不敵な笑みを漏らした。


「安全な配役なんて、最初から存在しないわけだね」


「ええ」


 シャナは肯定する。


「これは“有利な再配置”ではありません。

 賭けです」


 再び訪れた沈黙。


 重圧が四人の肩にのしかかる。


 だが、その停滞を真っ先に切り裂いたのは、やはりディランだった。


「それで?」


 彼は愉快そうに口角を上げる。


「今さら、怖気づけって言う気か?」


 レイは視線を落としながらも、小さく首を振った。


「いいえ」


 そして、静かに言う。


「覚悟を持って選ぶのかどうか。それを、確認したかっただけです」


 迷いを断ち切るように、ヴィクターが前へと踏み出す。


「俺は構わない」


 短く、即答。


「元の人生でも、安全な道なんて一度も歩いてない」


 オーロラもまた、挑戦的な光を瞳に宿して視線を上げた。


「私も同意する。運命が付いてくるなら──解析して、抗って、利用するだけ」


 最後に、ディランが豪胆に笑った。


「だったら決まりだな」


 軽く、しかし芯の通った言葉。


「どうせ世界に喧嘩を売るなら、最前列の席でやってやろうぜ」


 四人の強い意志を帯びた視線が、主導権を握るシャナに集まる。


 シャナは、ゆっくりと胸に溜まった息を吐き出した。


「……いいわ」


 その笑みは、優しくて、少しだけ残酷だった。


「運命ごと引き受ける。

 そうして進むと決めたあなたたちは──」


 一拍。


 彼女の背後で夜景の光がひときわ強く瞬く。


「もう“異物”じゃない」


 そして、はっきりと告げる。


「物語の登場人物よ」


 夜空を背に、彼女はすべてを包み込むように両手を広げた。


「さあ。配置を決めましょう」


 四人は、迷いなく頷いた。




──その時だった。


 シャナの隣で、寄り添うように浮かんでいた光の粒子──ライムが、警告を知らせるように激しく明滅した。


『マスター、緊急通知! ルーン王国が動いたよ』


 テラスを包んでいた期待感が、瞬時に鋭利な緊張へと変貌する。


「あら、急ぎの用?」


『うん。配置を決める前に、どうしても伝えておいた方がいいと思って』


 ライムは一瞬だけ光量を落とし、深刻なトーンで続けた。


『ルーン王国が周辺の同盟諸国に、緊急書簡を送ったみたい。内容は……』


 ライムの光が、一段強く瞬く。


『「大罪人シャノン・ルーンが不当に国家を築いた件について」。


 そして──「世界の秩序を乱す異物を排除するため、一ヶ月後、本人も交えて国際会議を招集すべし」だって』


 空気が、一変した。


 ディランが、嫌悪感を隠さずに低く吐き捨てる。


「……自分たちの罪は棚に上げて、今度は数の力で潰しに来る気か」


 ヴィクターが、苦々しく腕を組んだ。


「表向きは“秩序の維持”。だが実態は、私怨と保身だな」


 レイは、静かに息を吸い、言った。


「……法と正義の名を借りた、公開処刑ですね」


「大丈夫、想定内よ」


 突きつけられた窮地にも、シャナは微塵も動じなかった。


 夜空を見上げたまま、淡々と続ける。


「この会議を逆手に取れば──ルーン王国の化けの皮を、世界中の前で剥がすこともできるわ」


 レイが、その言葉の裏にある計略を求めて慎重に尋ねる。


「……何か、考えがあるのですか?」


「ええ。でも、そのためには『神聖ヴェリタス教国』の協力が不可欠よ」


 シャナは、はっきりと目的を口にした。


「あそこには『アレテイア』があるから」


《神聖力システム:アレテイア》

──神聖ヴェリタス教国が厳重に管理する、嘘と偽証を許さない絶対裁定機構。


「そうか。アレテイアの前では、嘘は成立しない」


 シャナが頷く。


「ええ。もし虚偽を述べれば、精神や神経に後遺症が残る」


 ヴィクターが、逃げ場のない鉄槌を連想したように、せせら笑う。


「逃げ場のない裁き、というわけか」


「処刑がエリシアとレオナルドの自作自演だったことを暴く、いい機会になるね」


 オーロラが、勝機を見出したように静かに頷く。


 だが、ライムが不吉な予兆を知らせるように悲しげな音を鳴らした。


『でもマスター、問題があるよ』


「……ええ、分かってるわ。

 ヴェリタスは他国の争いや政治問題には、徹底して不干渉を貫いている」


『それだけじゃない。

 今、ヴェリタスは流行病に襲われてるの。 

 教皇も、聖王子たちも感染して隔離状態。 

 国際会議に参加できる状況じゃない』


 光の瞬きが、作為的なまでの不運を物語る。


『……不自然なほど、タイミングが良すぎるよ』


「観測者の修正力ね」


 シャナが、即座に断じた。


 抗おうとする者への、世界による「妨害」だ。


 オーロラが、整理するように淡々と結論を述べる。


「ヴェリタスが会議に参加すれば、エリシアたちが圧倒的に不利になる。

 だから物語の強制力が──『流行病』を使って、その可能性を物理的に封じに来た」


 ディランが、苛立ちを抑えながら眉をひそめる。


「だが、シャノン・ディール。

 お前ほどの魔法使いなら、治せるんじゃないのか?」


『それは無理だよ』


 ライムが、明確にその希望を打ち消した。


『この流行病は、魔力そのものを拒絶するの。治癒魔法を使えば使うほど、症状は悪化する』


 光が、絶望を映すようにかすかに揺れる。


『だから、特効薬でしか治せないんだけど……』


 ライムは、出口のない迷路を彷徨うように困った明滅を繰り返した。


「特効薬が、存在しないのね」


『うん。どの医療文献にも、治療例は載ってない。ただある公国で蔓延した記録だけは残ってる』


 テラスに重苦しい沈黙が降り積もる。


 その静寂を裂いて──レイが、ゆっくりと、しかし確かな重量を持って口を開いた。


「……魔力を拒絶する流行病」


 遠い日の悪夢をなぞるように、慎重に言葉を選ぶ。


「発熱、呼吸障害、神経系の麻痺。治癒魔法を受けると、魔力が逆流する」


 ライムが、正解を見つけた子供のように強く光った。


『そうだよ』


 レイは、静かに目を伏せる。


 その脳裏に去来するのは、失われた故郷の景色か。


「かつて──故郷で流行した病です」


 その声は凪いだ海のように冷静だったが、奥底には消えない決意が滲んでいた。


 全員の視線が、一点に、レイへと集まる。


「私の国はルーン王国によって滅ぼされました。文献もすべて焼かれましたが──」


 一拍。


「その特効薬のレシピを、私は覚えています」


『本当!?』


 驚愕にライムの光が跳ねる。


「その特効薬は、すぐに作れるのか?」


 ディランが、身を乗り出すようにして鋭く問いかけた。


「そこが問題です。

 必要な材料である佳鏡花かきょうばなは、公国にしか咲きません。

 今となっては、入手は不可能です」


「そうか……」


 再び、重苦しい沈黙が彼らを包み込む。だが──。


「それなら、大丈夫よ」


 シャナが、あまりにもあっさりと言い放った。


 予想外の言葉に、全員の視線が彼女の不敵な微笑みに釘付けになる。


「なにか、いい案が?」


 レイが問う。


「レイの記憶から、その花を具現化すればいいのよ」


「そんなことができるのか?」


「ええ。形、性質、成分──レイが知っている“佳鏡花”そのものを、そのまま再現することが可能よ」


 シャナは、運命を弄ぶ悪戯っ子のような、それでいて絶対的な自信を感じさせる笑みを湛えた。


「それじゃあ、実践してみましょう!」




ここまで読んでいただきありがとうございます。

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