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第13話|シャノン・ディールとの対面



 一方その頃──


 喧騒から少し離れた広場の端。


 レイは、グラスを持ったまま、

 ふらりと、よろめいた。


「……っ」


「おい」


 ディランが、反射的にレイの腕を掴み、その身体を引き寄せる。


「大丈夫か?」


「……はい」


 レイは視線を落とし、困ったように眉を下げた。


「少し、気が張っていただけなので、大丈夫です」


「無理するなと言っただろう」


 ディランは、ぶっきらぼうながらも、レイの肩を支えたまま、そっと近くのベンチに座らせた。


「ここで、少し休め。

 お前が倒れたら、あの二人も心配する」


「……ふふ、ありがとうございます」


 レイが腰を下ろすと、ディランも促されるようにその隣に腰を沈めた。


 しばし、祝祭の遠鳴りだけが二人を包む。


 やがて、レイが金髪の隙間からディランを盗み見るようにして呟いた。


「……ディラン」


「ん?」


「あなたはいつも、私のことを気にかけてくれますね」


 ディランは途端に居心地が悪そうに視線を泳がせた。


「……そりゃあ、まあ。

 仲間に欠員が出ると、あとの計画に響くからな。それだけだ」


「……そうですか」


 レイは小さく笑うと、拒絶を許さないほど自然な動作で、ディランの肩にそっと頭を預けた。


「……おい」


「少しだけ。このままでいさせてください。……ディランの肩は、意外と落ち着きますから」


 ディランは二の句が継げなかった。


 心臓の鼓動が、隣のレイにまで響いてしまうのではないかと焦りながらも、その柔らかな重みを静かに受け入れる。


(なんだ……この、落ち着かない感覚は)


 顔に集まる熱を夜風で冷ましながら、彼はただ、深まっていく空をじっと見つめていた。




 空の色が濃紺へと溶け込み、幻影のクジラたちが淡く発光し始めた頃。


 宴を楽しんでいた四人の前に、ライムの分身たちが音もなく現れた。


『マスターが、呼んでるよ。

 待っているから、来てほしいって』


 四人は、顔を見合わせる。


「……俺たちを?」


「マスターってシャノン・ディールのことか?」

 

 ライムが頷くように上下に動く。


「どうやら、そうみたいだね」


 オーロラが、興味深そうに口角を上げた。


(まさか、向こうから出迎えてくるなんて)


『さあ、案内するね』


 ライムの分身が、踵を返す。


 ライムの先導に従い、四人は祝祭の喧騒を離れた。



────────────



 そこは、天空国家の端に設えられた、小さなテラスだった。


 眼下には、魔法の光で彩られた天空国家の夜景。


 上空では、今も虹色のクラゲが、ゆったりと宙を泳いでいる。


 そこには夜の風に髪をなびかせているシャナの姿があった。


「改めて、ようこそ。

 ……オーロラ、ヴィクター。

 そして、ディランにレイ」


 彼女は一人一人の顔を見つめ──そして、オーロラの前で足を止めた。


「あら、やっぱり!」


 シャナが弾んだ声を上げる。


「牢にご飯を持ってきてくれた使用人さんね!」


 オーロラの表情が、一瞬だけ強張る。


「……どうして、そう思ったの?」


 変化魔法は完璧だったはずなのに。


 姿も、気配も、魔力の痕跡すら残していないはずだ。


「目よ」


 シャナは迷いなく、その深い瞳を覗き込んだ。


「あんなに印象的な目、忘れられるはずがないもの」


 オーロラはしばし沈黙し、やがて降参したように小さく息を吐いた。


「一瞬で見抜かれるなんて……隠し通せるとは思っていなかったけど」


「あの時は、本当にありがとう」


 シャナは一歩歩み寄り、オーロラの細い手を取った。


「あなたが来てくれなかったら、私は……心まで折れていたかもしれなかったわ」


 不意の接触に、オーロラはわずかに目を伏せる。


「……大袈裟だよ。あれはただの好奇心で──」


「それでも、救われたのは事実だから!」


「……そう」


 シャナは微笑みを絶やさず、次に隣のヴィクターを見上げた。


「それから、あなた」


 ヴィクターを見る。


「私を庇ってくれた、騎士さん」


 ヴィクターの強靭な肩が、僅かに揺れた。


「……覚えていたのか」


「ええ!嬉しかったわ。

 あの狂乱の中で、あなただけが一人の人間として、公平に見てくれたから。

……本当に、ありがとう」


「……職務を果たしたまでだ」


 ヴィクターは照れ隠しに声を低くしたが、その眼差しには確かな敬意が宿っていた。


 シャナはディランとレイにも視線を送り、穏やかに告げた。


「二人も、彼らと共に来てくれて感謝するわ。……あなたたちも『開花者』ね?」


「ああ」


「……はい」


 警戒混じりに返事をする彼らに、シャナは屈託なく笑いかけた。


「なら話は早いわ!

 さあ、椅子に座って」


 シャナの勧めに従い、四人はテラスの椅子に腰を下ろした。


 夜風がテラスを撫で、遠くで幻影のイルカが鳴いた。


 沈黙を破ったのは、オーロラだった。


 その目は、かつて牢獄で出会った時よりも鋭く、真実を渇望していた。


「一つ聞かせて、シャノン・ディール。

 あなたは──この世界を、どうしたいの?」


 その声音には、探るような慎重さが滲んでいた。


 シャナは自らの理想を噛み締めるように、静かに、けれど力強く答えた。


「私はね、“選び続けようとした人”が、息をできる場所を作りたいの。

……でも、あなたたちの目的は違うでしょ?」


 その声は、柔らかい。


 けれど、一切の逃げ場を許さない鋭さがあった。


「これほど大きな自我核値を持って、この世界に介入した。

 偶然で済む話じゃない」


 オーロラとヴィクターは、視線を交わした。


 もはや隠し事は通用しない。


 そう悟ったオーロラが、静かに口を開いた。


「……私たちは、この世界の“物語”の不自然さを調べに来たの」


「へぇ……」


 シャナの瞳が、僅かに細まる。


「”物語が終われば、世界は停滞する”。

 それが理のはずでしょう?」


 オーロラはその瞳に学究的な熱を宿しながら語った。


「なのに、この世界は終わらない。

 物語が終われば、また次の物語が始まる。

 それが、どうしても気になったの」


 その言葉を聞いた瞬間、シャナは満足そうに笑った。


「──それなら、答えは私が持っているわ」


 オーロラが、思わず声を上げる。


「知ってるの!?」


「ええ、ふふっ」


 一拍おいて。


「この世界が停滞しない理由、それは……」


 シャナは夜風に乗せるように、世界の中枢に触れる言葉を紡いだ。


「私が── この世界に『観測者』を置いたからよ」


「……観測者?」


 その単語が、夜の静寂を波立たせる。


 夜空を泳ぐクジラの影が、テラスの床をゆっくりと横切っていった。


 レイが冷静に、しかし微かな緊張を孕んで問い直した。


「観測者……。

 それは、比喩ではなく?」


「ええ。文字通りよ」


 シャナは幻想魔法を編み上げ、夜空に向かって手を伸ばした。


「私は昔この世界に来たことがあるのよ」


 指先に淡い光が集まり始める。


「オーロラの言う通り、世界は物語が始まり、展開し、終わる。

 そして役割を終えた世界は、“停滞”に入る」


 オーロラが、低く息を吸う。


「……それが、普通の世界」


「そう」


 シャナは頷いた。


「でも、私はそれが嫌だった。

 大切な人たちが、寿命を全うするまでそばに居たかったのよ」


 光は次第に輪郭を取り、天空に一つの“異形”が浮かび上がる。


 それは──

 世界を丸ごと飲み込むような巨大な“目”だった。


 ただ世界を映し、定着させるためだけに存在する、無機質な監視者。


 それは、シャナが幻想魔法で取り込んだ四人にだけ視認できる真実だった。


 ディランが絶句し、ヴィクターが反射的に身構える。


「……あれが」


「ええ」


 シャナは静かに言った。


「私が、この世界に置いた観測者」


 その"目"は、誰に焦点を合わせるわけでもなく、ただ世界の奥を凝視し続けている。


「あの目は、世界の停滞を防ぐための存在。

 そして、物語がハッピーエンドに向かうよう、修正する機能もある」


 ディランが、眉をひそめた。


「待て、ハッピーエンドに修正……?」


「ええ」


 空気が一気に重く沈み込む。


「そこが問題なのよ……」


シャナの視線が、ゆっくりとオーロラとヴィクターへ移った。


 そこにはもはや、先ほどまでの柔らかさはない。


 射抜くような、逃げ場を与えない眼差し。


「今、この世界の主役は──

 レオナルドとエリシアよ」


 淡々と告げられた名前が、空気を切り裂く。


「あの目はね、主役とその周囲を“正解の結末”へ導くために存在している。

 ハッピーエンドになるよう、物語そのものを調整するの」


 レイが、冷静さを保ちつつ尋ねる。


「……では、あの二人や中心人物ではない者は?」


「放置されるわ。

 敵ではない限り」


「敵では無いかぎり?」


 一拍、置く。


「そして一番の問題は──」


 一拍置き、声を低くして続けた。


「あなたたちよ。オーロラ、ヴィクター」


 二人が、静かに身構える。


(少し過酷かもしれないけど……)


「……あなたたちはね」


 一瞬の沈黙。


「この世界にとって、“異物”そのものなの」


 シャナは、はっきりとそう告げた。



ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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