第12話|天空国家の歓迎祭
四人は、それぞれの瞳に異なる感情を浮かべながら──この規格外の「国」を、静かに受け入れ始めていた。
その時だった。
大気が、物理的な圧を伴ってわずかに震えた。
「……何か来る」
オーロラがいち早く異変を察知し、視線を鋭く跳ね上げる。
広場の中央、真空の状態から突如として空間に亀裂が走った。
パキィン、と硬質な硝子が粉々に砕け散るような澄んだ音が響き渡る。
その割れ目から溢れ出したのは、濁りのない虹色の光。
そして──
次元を素手でこじ開けるようにして、一人の少女が姿を現した。
シャノン・ディール。
背中には虹色の輝きを放つ翼を携え、神々しさすら感じさせる。
その姿とは対照的に、彼女は親しみやすい満面の笑みを浮かべて両手を広げた。
「ようこそ、天空国家へ!」
凛とした声が広場全体に響き、祝祭のざわめきを一瞬で静寂に変える。
「……彼女が」
ディランが低く呟く。
レイがその隣で、確信を込めて名をなぞった。
「……シャノン・ディール」
四人は誰もが、まるで未知の天体を見上げるような眼差しでシャナを凝視していた。
シャナは人々を見渡し、祝福を込めて微笑む。
「皆さんは、選別の天秤を通過した──この国の、最初の国民です! あなたたちを、心から歓迎するわ」
シャナの声は、春の陽だまりのように温かかった。
彼女の周囲では、意思を持つかのように光の粒子が舞い踊っている。
ライムだ。
「この国では、過去のあなたを否定する者はいない。ここは──"選び続けようとした人"のための居場所よ」
広場が、言葉にならない静かな感動に包まれる。
ディランは深く、憑き物が落ちたような息をついた。
(彼女が、この国の創設者。
そして──
俺たちに、選択肢を示した人物。)
シャナは、微笑んで続ける。
「さあ、それでは──
この国のシステムについて、説明させてもらうわね」
彼女の合図とともに、光の粒子が一斉に散らばり、広場にいる全ての人々の前に一粒ずつ降り立った。
『初めまして。私はライム。
あなた専用のガイドだよ』
ディランの前でも、ライム色の光がくるくると旋回する。
「……ライム?」
『そう。創設者シャノン・ディールのパートナー。これからこの国で君たちが迷わないよう、全力で案内させてもらうよ』
ライムの軽快な声と同時に、ディランの眼前に虹色のウィンドウが展開された。
ライムの声が、優しく響く。
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天空国家 システムガイド
【ポイント制について】
・毎月、全国民に5万ポイントを無条件配布。
・住居と基本的な食事は生存権として完全無償提供。
・より豊かな生活を望む場合は、獲得ポイントでの購入が可能。
【ポイントの獲得方法】
以下の活動で、ポイントを獲得できます。
■ 勉強・教育
・講義への参加:1,000pt / 試験合格:最大10,000pt
■ 魔法・技術
・試験・演習への参加:1,000pt / 新魔法・新技術の開発:最大5,000,000pt
■ スポーツ・交流
・大会参加:1,000pt / 優勝:最大1,000,000pt
■ 社会貢献
・他者への扶助、ボランティア:1,000~10,000pt
他、多数。
【重要】
この国において「失敗」は恥ではありません。
すべての「挑戦」そのものが価値として評価され、ポイントが付与されます。
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ディランは、その最後の一文をじっと見つめた。
「……ただ挑むだけで、価値を認めるっていうのか」
横で、同じように光を覗き込むレイは、すぐに仕組みを掴む。
「生存は保証しつつ、格差は”能力”だけでなく、“意志”で動かす。
理にかなった優しい制度ですね」
オーロラは、ウィンドウを指でなぞりながら、目を輝かせた。
「研究も、魔法開発も……“形にしたら”報酬が出るんだ」
『うん。
──理論構築、魔法式の最適化、世界構造の解析。
なんでもいいよ。
提出したらポイント。完成したら追加』
「いいね」
オーロラが満足そうに頷く。
ヴィクターは、別の行を読んで小さく息を吐いた。
「……誰かを助けたこと自体が、公的な成果になるのか」
『うん。誰かを守ろうとした心は、この国では何よりの財産だからね』
生きるために、もう誰かに媚びる必要はない。過去の過ちを理由に、未来を閉ざされることもない。
思考し、選択し続ける限り、次の道は常に用意されている。その圧倒的な肯定感が、彼らのこわばった心を解かしていった。
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ライムの説明が終わると──
ライムの説明が一段落すると、広場の空気はさらに華やかに彩られた。
どこからともなく流れ出したのは、風鈴のような透明感のある旋律。
足元の石畳が淡く発光し、広場の中央に、魔法によって生成された豪華なロングテーブルが次々と現れる。
瑞々しい果実酒、宝石のように輝くスイーツ、食欲をそそる香草の香りを纏った料理たち。
空では虹色のクジラが悠々と泳ぎ、触れると甘い香りが弾ける光の粒が降り注ぐ。
それらはすべて、魔法で今この瞬間に用意されたものだった。
「デザートだ!!」
オーロラが瞳を輝かせて歓喜の声を上げる。
「すごく豪華だな」
ヴィクターも、思わず少年のように声が弾む。
人々は戸惑いながらも、少しずつ笑顔を取り戻していった。
グラスを手に取る者、料理を分け合う者、空を見上げて息を呑む者。
ここには身分も、過去も、裁きもない。
ただ「迎えられている」という感覚だけが、静かに胸に沁みていた。
天空国家の、最初の歓迎祭が──
こうして、穏やかに始まった。
四人はそれぞれ、笑ったり驚いたりしながら、思い思いにこの祝祭の空気を味わっていた。
しばらくして──
「ヴィクタッ!」
明るい声が響いた。
不意に、弾けるような明るい声に呼ばれた。
振り向くと、オーロラが満開のひまわりのような笑顔で駆け寄ってくる。
「あっちに、美味しそうなスイーツがたくさんあるよ」
言うが早いか、オーロラはヴィクターのごつい手を、躊躇なくぎゅっと掴んだ。
「行こう!」
「え、あ──」
オーロラの手。柔らかくて、温かい。
自分の心臓が、激しく跳ねているのが分かった。
「ほら、早く」
オーロラは彼の戸惑いなど露知らず、その手を引いて人混みの向こうへと歩き出した。
(これは……)
心の中で、ヴィクターは──必死に、冷静さを保とうとする。
(これは、久々のデートなのでは……?!)
いや、違う。
彼女はただ、糖分に理性を支配されているだけだ。
深い意味はない。
それでも──
繋がれた手の感触が、あまりにも鮮烈で。
その事実だけでヴィクターの心は、舞い上がっていた。
前世からずっと一緒にいるが、こんな機会は本当に稀だ。
ましてはこの距離に慣れることは一度もなかった。
「ほら、見て。すごいでしょ」
オーロラがはしゃぐ。
「……ああ、そうだな」
ヴィクターは、かろうじて答えた。
だが、彼の視線はテーブルの上の贅沢なスイーツなどには微塵も向いていない。
ただ、自分を未知の未来へと導くように笑う、オーロラの横顔だけを焼き付けていた。




