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第11話|選別の天秤



「これは……普通の紙じゃない。魔力の密度が、そこらの魔導書より高いな……」


 紙には、複雑な幾何学模様の魔法陣と、意志の強さを感じさせる文字が刻まれていた。


 ディランは目を細め、その内容を読み上げていく。


「天空国家 国民募集要項?」


 その隣で、レイも同じ紙を手に取り、ゆっくりと文字を追っていく。


「……この国は善悪によって人を裁くことを目的とした場所ではありません。」


「条件一:加害性の方向……

 条件二:選択肢の有無……

 条件三:存続前提意識……」


 募集要項に記された「三つの条件」

──それは、既存の世界から弾き出された者たちの魂を掬い上げるような内容だった。


 ヴィクターが、無言のまま重厚な面持ちで紙を見つめる。


 オーロラが、興味深そうに口角をあげた。


「善悪という既成概念じゃなく、その選択の背景を問う……ってことか」


 ディランは、紙の末尾に記された名を見つめ、低く呟いた。


「……シャノン・ディール」


 彼女が、ついに世界という盤面を動かし始めた。


 そして、「招待状」という名の選択肢を突きつけてきたのだ。


「さて、どうする?」


 ディランが三人を見回す。


 その瞳には、すでに決意の火が灯っていた。


「この魔法陣に触れて願えば、その"選別の天秤の間"とやらに転送されるらしいが」


 オーロラが、不敵な笑みを浮かべて肩をすくめる。


「行くに決まってるでしょ。こんなに面白そうな誘い、断る理由がないわ」


 ヴィクターが、短くも力強く頷いた。


「ああ。俺たちの進むべき道がそこにあるならな」


 レイが、覚悟を決めた瞳でディランを見上げる。


「……これが、彼女からの正式な招待状ですね。受け取りましょう」


 四人はそれぞれの複雑な思いを抱えながら、卓上の紙に描かれた魔法陣へと手を伸ばした。


 迷いは、もう一欠片もなかった。


『天空国家へ』


 重なった四人の声が、静かな部屋に響く。


 瞬間、魔法陣が眩い虹色の光を放ち、四人の姿を夜の闇から連れ去るようにかき消した。



──────────



 ディランが再び瞼を持ち上げたとき、そこは「無」を具現化したような白い空間だった。


 壁も、床も、天井も──すべてが透き通るような白。


 そして視線の先には、重力を無視して静かに浮かぶ、銀色の天秤があった。


「……これが、選別の天秤か」


 天秤の左右には繊細な意匠の皿があり、中央の支柱には、小さな虹色の宝石が心臓のように淡く明滅している。


 ふわりと、天秤の上の空間に光の文字が出現した。


『あなたの本質を測ります』


 ディランは、自嘲気味に小さく笑った。


「……面白い」


 左には赤、右には緑の光が乗っている。


 彼が天秤の前に歩み寄ると、中央のディールが呼応するように激しく脈打った。


 ディランの視線の上に、複数の映像が広がる。


 炎に包まれる街。

 剣を抜く自分。

 血に濡れた地面。

 叫び声。


 赤い光が、天秤の左皿に容赦なく、重く沈む。


 だが、そのすべては──単なる虐殺ではなかった。


 理不尽な命令。

 逃げ場のない構造。

 選ばされ続けた役割。


 次に映し出されたのは、別の光景だった。


 武器を下ろした背中。

 逃げる民をかばう手。

 誰にも評価されない選択。


 自分でも、なぜそうしたのか分からなかった判断。


 それでも──壊すべきものと、壊してはいけないものを、間違えなかった記憶。


 緑の光が、右皿に静かに、しかし着実に積み上がっていく。


 天秤は、わずかに軋みながら揺れた。


 ディランは黙ったまま、その揺れを見つめていた。


「……結局、俺は綺麗じゃない」


 誰にともなく、吐き捨てるように呟く。


 それでも──

 最後に映ったのは、瓦礫の中で、次の一手を考えている自分の姿だった。


 運命から逃げなかった。

 思考を止めなかった。

 世界を投げ出さなかった。


 天秤のディールが、静かに光を強める。



 やがて──


 天秤は、迷いを断ち切ったかのように、緑色の光に傾いた。


『条件を満たしました』


『天空国家への道を、開きます』


 瞬間──


 目の前の白い空間にひび割れが走り、虹色の扉が顕現した。


 その向こうに、何があるのか。


 ディランは、扉の前に立った。


────────────


 対照的に、オーロラの天秤は驚くほど静かに、そして速やかに結論を出した。


 彼女にとって、善悪とは相対的な概念に過ぎない。


 天秤が映しだしたのは、数式のような光だった。


 絡み合う線。

 書き換えられていく因果。

 組み直される前提条件。


 感情に流されず、「なぜ?」を問い続け、世界の構造そのものに挑んだその知性が、条件一の『構造への加害』として緑の光を一瞬で満たした。


「まあ、当然だよね……ふふん」


 彼女は誇らしげに天秤を一瞥すると、軽やかな足取りで扉を潜った。



 次にクリアしたのはレイだ。


 天秤には、盤上の駒を冷徹に見据え、己の命さえ駒として「次の一手」を構築する姿が現れた。


 彼の頭脳は、常に「最悪の事態」を想定し、その先の「最善」を構築しようとしていた。


 彼にとっての『選択肢』とは、与えられるものではなく、自ら捻り出すもの。


 その強固な自律性が天秤を動かした。


 緑の光が、確かに灯る。


「……妥当な結果だ」


 彼は確かな足取りで虹色の光の中へと消えていった。



 三番目にクリアしたのは、ヴィクターだ。


 彼の前にある天秤は、激しい苦悩を体現するように大きく上下に揺れていた。


 天秤に乗ったのは、冷たい感触だった。


 血。

 鎧。

 離れていった手。


 彼が騎士として「守れなかった命」への自責と、それでも「守ろうとした意志」の記憶。


 ヴィクターは、拳を握った。


 彼は、常に他者のために己を削ってきた。


 天秤は、他者のために己を削り、調和を保とうとし続けた「存続への執念」を高く評価した。


 緑の光が、静かに輝く。


「……行こう」


 静かな覚悟と共に、彼は開かれた扉へと足を踏み入れた。


────────────



 ディランは、扉の前で覚悟する。


 この先に何が待っているのか。


 いや──もう、迷う必要はない。


 しばらくして、扉を開けた。


──その瞬間。



 思わず眩しさに目を細めた。


 視界に収まりきらない色と動きが、一斉に押し寄せる。


 次の瞬間、輝かしいファンファーレの音が鼓膜を震わせた。


 パパパパーンッ!


 高らかに鳴り響くトランペットの旋律。


 それに呼応するように、ハープやバイオリンの音色が重なり合い、

 祝祭の調べとなって街中を駆け抜けていく。


 そして天秤の間を越えた人々の歓声が、祝祭のざわめきとなって街を満たしていた。


「……っ、これは……」


 遅れて、視界が開けてくる。


 そこにあったのは、幻想の極致だった。


 空から降り注ぐのは、何万という色とりどりの花びら。


 魔法の風に乗り、花火のように宙を舞い、弧を描いては消えていく。


 見渡す限りの街並みは、輝くリボンと色鮮やかな旗で飾られていた。


 そして空には、幻影魔法で形作られた虹色のクジラやイルカ、クラゲたちが、

 ゆったりと、祝うように旋回している。


 まだ骨組みだけのはずの街が、

 ただ一人の魔法によって「最高の歓迎」を具現化していた。


「……すごい歓迎だよね」


「オーロラ!」


 振り向くと、そこにはオーロラがいた。


 両腕いっぱいに、わたあめやチョコレート、色とりどりのキャンディーを抱えている。


「お前も、クリアしたのか」


「うん。私が最初にクリアしたんだよ」


 すると、背後から馴染みのある声が響く。


「よう、ディラン!」


 ヴィクターが肩をすくめ、短く手を挙げた。


「私も合格しました」


 レイも静かに歩み寄る。


「お前ら!」


 ディランは思わず口元を綻ばせた。


「全員揃ってるじゃねぇか……!」


 ディランは胸の奥で、無意識に張り詰めていた緊張の糸が、温かな熱とともに解けていくのを感じた。


 そして、ふと我に返ってオーロラが抱えた「戦利品」を指差す。


「……っていうか、オーロラ。

 お前、なんでそんなにお菓子を持ってるんだ?」


「ふふん」


 オーロラは得意げに笑い、街の至るところでふわふわと浮かぶシャボン玉を指差した。


「この泡に触れると、お菓子が出てくるんだよ。

 ほら──こんな感じ」


 指先が触れた瞬間、ぱちん、と弾ける音と共に甘い香りが広がり、手のひらに新しいチョコレートが転がり落ちた。


 オーロラは目を輝かせる。

 まるで無垢な子供のように、無邪気に。


「……ここ、最高でしょ?」


「お前なぁ……」


「ハハハッ!」


 その言葉に、誰も否定しなかった。


 天空の風に吹かれながら、四人は自分たちが手に入れた「新しい居場所」の輝きに、しばし言葉を忘れて見入っていた。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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