第1話|魔力ゼロの忌み子
初めまして、福永ひかるです。
処刑された王女が天空に国を築く、怒涛の覚醒ファンタジーです。
シャナの静かな決別を見届けていただけたら、嬉しいです。
これから毎日(or 頻繁に)更新予定です。
応援よろしくお願いします!
「待て、シャノン・ルーン!」
王が声を張り上げる。
「処刑は予定通り執り行われた。
これからは──王家の一員として、最高位の待遇で迎え入れようではないか!」
その言葉に、広場がざわめいた。
今しがた「忌み子」と罵っていた者たちが、戸惑いと好奇の入り混じった視線を向ける。
赦し。
奇跡。
王の慈悲。
そう呼ぶには、あまりにも都合が良すぎた。
処刑台の上で、シャノンは静かに瞬きをする。
首を落とされ、死に。
それでもなお立ち上がった、その瞬間に。
ようやく差し出された「王女としての椅子」。
「……王家の一員として、ですか」
(処刑台の上で、初めて与えられる“価値”)
シャノンの声は、驚くほど落ち着いていた。
怒りも、涙も、そこにはない。
ただ、事実を確認するような、平坦な響き。
「私を“魔力ゼロの忌み子”と呼び、十数年、存在しない者として扱ってきた、その王家が?」
王の表情が、一瞬だけ歪む。
「それは……誤解だ。お前を正しく評価できていなかっただけで──」
シャナは冷たい目でただ見据える。
沈黙は、何よりも雄弁だった。
(──もう、遅い)
その感情だけが、胸の奥に澄んだ形で浮かび上がった。
そして、ゆっくりと視線を空へと向ける。
雲ひとつない、冬の青空。
幼い頃、ただ一度だけ自由を夢見た、あの場所。
「安心してください」
彼女は、微かに笑った。
それは救いの笑みではない。
赦しの微笑でもない。
──決別の表情だった。
「私はもう、王家に居場所を求めていませんので」
次の瞬間。
彼女の足元から、白い光が溢れ出す。
円環。
幾重にも重なる光の輪。
それは、王都の空すべてを覆い尽くすほどの、巨大な魔法陣だった。
「な……何をするつもりだ、シャノン・ルーン!」
王の怒号が飛ぶ。
だが、彼女はもう、王を見ていなかった。
視線の先にあるのは、空。
この国のすべてを見下ろす、遥かな頂。
光が、爆ぜる。
処刑台は虹に包まれ、観衆は反射的に目を伏せた。
そして──
次に彼らが見上げたとき。
そこには、翼を持つ少女の背中があった。
魔力ゼロと蔑まれた忌み子。
その存在が、王都の空を越えていく。
誰の支配も届かない、天空へと。
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『ディールの輝きを宿す者、世界の頂点に君臨する』
ディールとは、差し込む光を鮮やかな七色に分かつ、伝説的な特異な宝石の名だ。
宝石の内部で屈折した光は、決して濁ることなく、澄み渡った虹色へと反射し続ける。
その神秘的な輝きは、古代より「神に最も近い光」と称えられ、崇拝の対象となってきた。
だが──
千年もの永きにわたり、その輝きを身に宿す者が現れることはなかった。
神託は時の流れとともに次第に忘れ去られ、人々はそれをただの甘美なおとぎ話として語り継ぐようになった。
しかし、その神託が再び凄絶な現実として語られることになる。
──処刑に至るまでの記録だ。
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王女シャノン・ルーン。
愛称はシャナ。
広大な王宮の中で、彼女ほど露骨に忌み嫌われた存在はいなかった。
理由は、残酷なまでに単純なものだった。
彼女の体内に宿る魔力量が、この国の理を無視するほど“限りなくゼロ”に近かったからだ。
幼い頃のシャナが、魔力を計る測定石に小さな掌で触れても。
魔力の胎動を示すはずの光は、一度として灯ることはなかった。
「……反応、なし?」
測定官が漏らした一瞬の沈黙のあと、周囲には嘲笑を孕んだざわめきが広がっていく。
「魔力ゼロの王女? 不吉だ……」
「王家の恥だな」
「使用人以下の魔力量なんて、聞いたことがないわ」
その言葉が持つ本当の意味を、当時の幼いシャナは理解することができなかった。
ただ、見守っていた大人たちの表情が一斉に冬の氷のように冷えたことだけは、記憶の奥底にはっきりと刻まれている。
それからの日々は、逃げ場のない静かな地獄へと変貌した。
華やかな廊下を歩けば、ひそひそと囁かれる悪意ある声が、見えない棘となって背中に刺さる。
「魔力ゼロの王女」
「存在自体が不吉」
「早くいなくなればいいのに」
注がれる視線は刃のように冷たく、向けられる言葉は容赦なく彼女の心を削り取った。
そんなある日のこと。
シャナは誰の目にも留まらない中庭の片隅で、ただ独り空を見上げていた。
どこまでも高い冬の空を、白い鳥が一羽、羽音も立てずに優雅に横切っていく。
羽ばたくたびに雲間の光をその身に受け、宝石のようにきらりと輝いた。
(……いいな)
誰にも無能と責められず。
誰にも忌み子と縛られず。
ただ、自由の風に乗って空を飛べる存在。
(私も……空に行けたら)
地を這うこの城よりも高く。
憎しみに満ちたこの国よりも遠く。
誰の冷たい視線も届かない、透明な場所へ。
その切実な願いは、ついに言葉として形を成すことはなかった。
ただ沈殿物のように胸の奥へと小さく沈み、静かに残り続けた。
その密やかな願いを踏み潰すかのように、重く傲慢な靴音が背後から近づく。
「……女王様」
シャナは、恐怖に突き動かされるように反射的にそう呟いていた。
現れた女王──シャナの義母は、すれ違いざまに口角を醜く歪めた笑みを浮かべ、氷のような言葉を叩きつける。
「目障りね。私の視界に入らないでちょうだい」
冷たい言葉を浴びせられるたび、胸の奥がきゅっと悲鳴を上げる。
この拒絶の言葉を投げかけられたのも、もう何度目になるのか分からない。
それでもシャナは、ぎゅっと拳を握りしめ、何事もなかったかのように耐え忍び続けた。
自分を信じてくれる人が、まだそこにいると思っていたからだ。
いつも慈しむように優しく微笑んでくれた義妹、エリシア。
そして、婚約者として寄り添ってくれた公爵家の子息、レオナルド。
ふたりは、暗闇に閉ざされたシャナの世界を照らす、唯一無二の光だった。
ある日、国王が視察から帰還するという報せが入り、王宮内は祝祭のような慌ただしさに包まれた。
儀礼のために正面回廊へ人々が集まる中、シャナもまた、壁際にひっそりと佇んでいた。
特別な愛を期待していたわけではない。ただ、一国の王女として父を迎えるべきだと、純粋に思っていただけだ。
重厚な扉が開き、王の姿が現れる。
「お父様〜! おかえりなさい!」
真っ先に喜びの声を上げて駆け出したのは、美しい義妹のエリシアだった。
彼女は嬉しそうに国王の胸へ抱きつき、その腕の中で無邪気な花のような笑顔を咲かせる。
「ただいま、エリシア」
国王は慈愛に満ちた声で応じ、手にしていた装飾豊かな小箱を優しく差し出した。
中から覗く淡く光る宝石の輝きに、周囲の貴族たちから感嘆のどよめきが沸き起こる。
その華やかな輪から少し離れた場所で、シャナは勇気を振り絞り一歩前に出た。
「……おかえりなさいませ」
絞り出したその声は、自分の耳にも驚くほど静かに響いた。
だが、国王はその足を止めることはなかった。
視線の一つも、労いの言葉の一つも、彼女に向けられることはない。
まるで、最初からそこに誰も存在しなかったかのように、王の列は彼女の横を冷然と通り過ぎていく。
激しく叱責されるよりも、明確に否定されるよりも──。
「無」として、透明な存在として扱われることの方が、心はずっと深く削られるのだと知った。
絶望に暮れる彼女の姿を見て、エリシアは寄り添うように同情の眼差しを向ける。
「お姉様、気にしないで。きっと忙しかっただけよ」
天使のような、透き通った優しい笑み。
「そうね……ありがとう、エリシア」
その言葉の裏側を疑う術を知らず、シャナはそう思い込むことで自分自身を支えた。
それから、移ろう季節がひとつの節目を迎えた。
エリシアが華々しく社交界へと羽ばたく、デビュタントの夜。
その夜の舞踏会でも、意地の悪い貴族たちは酒の肴にするように、隅に控えるシャナを侮辱していた。
だが、そのとき。
「王家の名に泥を塗る気か! 今すぐ訂正しろ!」
静寂を裂いて、レオナルドだけが烈火の如く声を荒らげた。
世界を敵に回しても、自分を庇ってくれる人がいる。
その強烈な事実だけで、シャナは凍りついた心が救われたような気がした。
(この人たちだけは……)
ふたりの存在が支えだったからこそ、この理不尽な状況にも耐え抜くことができた。
時折、ふとした言葉の端々に、説明のつかない微かな違和感を覚えることはあった。
それでも、彼女は彼らを信じ抜くことを選んだ。
もしここで一歩でも疑いの道へ踏み出せば。
自分は本当に、この広大な世界で独りきりになってしまう気がしたから。
だからこそ。
その信頼が、緻密に練り上げられた最悪の裏切りだったと突きつけられたとき。
彼女の世界は、救いのない音を立てて残酷に崩れ落ちた。
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本作は「断罪された王女が、地上ではなく空に居場所を築く物語」です。
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