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嫌われたい悪女の法外な相談室  作者: 月雅


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第9話 逆転裁判



半年前、私はこの場所で「稀代の悪女」として断罪された。


王宮の第一謁見えっけん室。

高い天井にはシャンデリアが輝き、磨き上げられた大理石の床は冷たく光を反射している。

あの時、私は床に這いつくばり、壇上の王太子セドリックと聖女リナを見上げていた。

周囲の貴族たちは、私を嘲笑し、蔑んだものだ。


しかし今、景色は完全に逆転している。


「……座り心地はどうだ?」


耳元で甘い声がした。

隣に座るリアム殿下が、私の手に自分の手を重ねてくる。

今の私が座っているのは、玉座のすぐ脇に設けられた「王族席」。

かつて私を見下ろしていた壇上の、さらに上座だ。


「……悪くありませんわ。でも、視線が痛いです」


私は扇子で顔を半分隠し、眼下を見下ろした。

そこには、みすぼらしい平服を着せられ、衛兵に囲まれたセドリック殿下とリナの姿があった。

そして、周囲の貴族たちは、私に対して媚びを含んだ視線を送っている。

権力の風向きが変われば、こうも態度が変わるのか。

現金なものだ。


「これより、王太子セドリックおよび男爵令嬢リナの、国政混乱ならびに国庫横領の罪に関する査問会を開廷する!」


裁判官役を務める法務大臣の声が響き渡った。

重々しい木槌ガベルの音が、静寂を切り裂く。


「被告人、前へ」


促されて前に出た二人は、対照的だった。

セドリック殿下は魂が抜けたように項垂れているが、リナはまだ納得がいかない様子で、私を睨みつけている。


「私は悪くない! 全部ヴィオラが悪いのよ! あの女が私をいじめて、邪魔をしたから……!」


リナが叫ぶと、ざわめきが起きた。

法務大臣が眉をひそめる。


「静粛に。……では、弁護側の主張を聞こう。宰相殿」


進み出たのは、恰幅の良い宰相だった。

彼は王太子派の筆頭であり、リナの活動を裏で支援していた黒幕の一人だ。

彼は脂汗を拭いながら、必死の形相で声を張り上げた。


「へ、陛下、ならびに陪審員の皆様! 確かに聖女リナの行動には未熟な点がありました。しかし! 彼女を精神的に追い詰め、このような事態を招いた元凶は、そこに座るヴィオラ嬢にあります!」


宰相がビシッと私を指差した。


「ヴィオラ嬢は、困窮する民や騎士に対し、法外な金銭を要求する悪徳商売を行っておりました! 金貨10枚、30枚……これは暴利です! 国民の財産を搾取する彼女こそ、裁かれるべき国賊ではありませんか!」


なるほど。

自分たちの横領を棚に上げて、私の商売を「違法な搾取」として攻撃し、道連れにする作戦か。

貴族たちの一部が「確かに高すぎる」と囁き合うのが聞こえる。


リアム殿下が立ち上がろうとしたが、私はそれを制した。

これは私の喧嘩だ。

私のビジネスを否定されるのは、悪口を言われるより腹が立つ。


「……異議あり」


私は立ち上がり、よく通る声で言った。

会場の視線が一斉に集まる。


「宰相閣下。私の商売を『暴利』と仰いましたが、それは誰の基準ですか?」

「誰が見ても明らかだろう! たかだか数十分の会話に、平民の年収分の金を要求するなど……」

「では、実際に支払った『顧客』の声を聞いてみましょうか」


私はパチンと指を鳴らした。

大広間の扉が開き、証人たちが次々と入廷してくる。


最初に現れたのは、大手商会の会頭カルロだ。

彼は宰相を一瞥いちべつし、鼻で笑った。


「暴利? とんでもない。私は金貨10枚でヴィオラ様に相談しましたが、そのおかげで商会の利益は十倍になりました。あの助言がなければ、うちは潰れていましたよ。むしろ安すぎたくらいです」


次に、騎士団長ガウェインが胸を張って進み出た。


「私も同感だ! 金貨20枚を払ったが、そのおかげで部下の死亡率はゼロになった! 命の値段を考えれば、ヴィオラ様の料金はタダ同然だ! むしろ、聖女の『無料の癒やし』のせいで、どれだけの兵が危機に晒されたか!」


ガウェイン団長の怒号に、リナがビクリと肩を震わせる。


さらに、隣国の大使が進み出た。


「我が国の王弟殿下も、ヴィオラ様のコンサルティングにより不眠症を克服され、政務に復帰なさいました。彼女への報酬として、我が国は貴国との関税撤廃を決定しました。彼女一人の経済効果は、国家予算に匹敵しますぞ」


会場がどよめいた。

関税撤廃。

それは、私の相談料どころではない巨額の利益をこの国にもたらすことを意味する。


私は悠然と宰相を見下ろした。


「聞いたでしょう? 価格とは、提供する価値で決まるのです。私が提供したのは『結果』です。一方、貴方たちが提供したのは何ですか? 『根拠のない精神論』と『未来への負債』だけではありませんか」


「ぐ、ぐぬぬ……!」


宰相は言葉に詰まり、顔を真っ赤にして後ずさった。

勝負ありだ。

しかし、私は手を緩めない。

ついでに、とどめを刺しておこう。


「それに、宰相閣下。貴方がリナ様を擁護するのは、彼女の活動予算として計上した裏金が、貴方の隠し口座に流れているからではありませんか?」


私はリアム殿下から預かっていた帳簿の写しを、法務大臣の机に叩きつけた。


「これは王弟殿下の調査による、資金の流れを示す証拠です。聖女のドレス代、宝石代、そして『活動費』の名目で消えた数万枚の金貨……全て、貴方の懐に入っていますね?」


「な、な、な……!?」


宰相は絶句し、その場に崩れ落ちた。

周囲の貴族たちが、蜘蛛の子を散らすように宰相から距離を取る。


「……見事だ」


リアム殿下が満足げに呟いた。

法務大臣が木槌を叩く。


「判決を言い渡す! 宰相は収賄および公金横領の罪で逮捕! 男爵令嬢リナは、王家に対する詐欺と器物損壊の罪により、魔力封印の上、北の修道院へ幽閉とする!」


リナが悲鳴を上げた。


「いやぁぁぁ! 私はヒロインなのよ! なんでバッドエンドなの!?」


彼女は衛兵に引きずられながら、最後まで自分の物語にしがみついていた。

現実を見ようとしなかった彼女の末路だ。


「そして、セドリック王太子!」


大臣の声に、セドリック殿下がビクリと顔を上げた。


「貴殿はリナの暴走を止められず、宰相の不正を見過ごし、さらに無実のヴィオラ嬢を断罪した! その愚かさは王の器にあらず! よって廃嫡とし、辺境の別邸にて謹慎を命じる!」


「……はい」


セドリック殿下は抵抗しなかった。

彼は私の方を向き、深々と頭を下げた。


「すまなかった、ヴィオラ。……君の言う通り、僕は勉強不足だったようだ」


その顔には、憑き物が落ちたような安堵が浮かんでいた。

彼もまた、聖女という幻想と、王太子という重圧に押し潰されていた一人だったのかもしれない。

少しだけ同情するが、復縁する気は毛頭ない。


「お元気で、セドリック様。辺境は空気が綺麗ですから、頭を冷やすには良い場所ですよ」


私が冷たくも温情のある言葉をかけると、彼は寂しげに笑って連行されていった。


大広間に静寂が戻る。

そして次の瞬間、割れんばかりの拍手が巻き起こった。

私に向けられた称賛の拍手だ。

「国の救世主だ!」「さすがは未来の王弟妃!」


私はため息をついた。

まただ。

悪役令嬢として嫌われて終わるはずが、完全に英雄扱いされている。


「……計算違いもいいところですわ」

「そうか? 私は最高の結末だと思うが」


リアム殿下が立ち上がり、私の腰に手を回した。

公衆の面前だというのに、隠す気ゼロだ。


「害虫は駆除された。国庫も正常化した。そして何より、君の有能さが証明された」

「……仕事が増える予感しかしないのですが」

「安心してくれ。君のマネージメントは私がやる。過労死はさせないよ。……ただし、夜の時間は独占させてもらうが」


彼が耳元で囁いた内容に、私は耳まで赤くなった。

この男、法廷の場で何を言っているんだ。


「……契約期間は1年ですよ。忘れないでください」

「ああ。だが、契約書には『双方の合意があれば自動更新される』と書いてあったはずだ」

「合意するつもりはありません!」

「それはどうかな? 君はもう、私なしでは満足できない体になっているはずだ……主に、仕事の規模的な意味で」


悔しいが、否定できない。

王弟の権力と資金力があれば、私のビジネスアイデアは無限に実現できる。

彼は私の弱点(仕事人間であること)を完全に把握して揺さぶりをかけてきている。


私は拍手喝采の中、不敵に笑う「魔王」を見上げた。

この法廷闘争には勝ったが、この男との「恋愛という名の交渉」は、まだ当分決着がつきそうにない。


次回、いよいよ最終話。

私の悪役令嬢としての人生は終わり、新たな「女傑」としての人生が始まる……のか?


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