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嫌われたい悪女の法外な相談室  作者: 月雅


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第8話 聖女の没落



王宮の自慢である白薔薇の庭園は、見るも無残な姿に変わり果てていた。


かつては純白の花びらが咲き誇り、甘い香りで満たされていた場所だ。

それが今は、黒く干からびた茎が骸骨のように地面に突き刺さり、腐敗臭が漂っている。

生命の気配が、根こそぎ奪われた後の荒野のようだ。


「……ひどいありさまね」


私は扇子で鼻を覆い、その惨状を見下ろした。

隣に立つリアム殿下が、侮蔑の眼差しで枯れた大地を一瞥する。


「これが『聖女の奇跡』の成れの果てか。じつに醜悪だ」

「ええ。土が死んでいますわ」


私たちは王宮からの緊急呼び出しを受けてここに来た。

理由は『聖女リナの儀式中に、ヴィオラの呪いが発動し、庭園を枯らせた』という、言いがかりにも程がある容疑のためだ。


「よく来たな、悪女ヴィオラ! 貴様の仕業だろう!」


枯れ木の中で叫んだのは、元婚約者のセドリック殿下だ。

彼はやつれた顔で、震える聖女リナの肩を抱いている。

リナは涙目で私を睨みつけていた。


「ひどいです、ヴィオラ様……! 私がみんなのために『永遠の開花』の魔法をかけようとしたら、急に黒い霧が出てきて……! これはヴィオラ様が私の邪魔をしたからです!」


彼女の主張を聞いて、私はため息をついた。

まだ、そんなことを言っているのか。


「殿下、そしてリナ様。訂正させていただきます」


私は一歩前に出た。

リアム殿下が無言で背後に立ち、威圧感で周囲の近衛兵を牽制してくれる。

おかげで私は、堂々と講釈を垂れることができる。


「呪いなど使っていません。というか、そんな高度な闇魔法、私には使えませんわ」

「嘘をつくな! ならばなぜ、リナの聖なる魔力が反転したのだ!」


セドリック殿下が食ってかかる。

私は足元の土を革靴のつま先で軽く蹴った。

パラパラと崩れる土は、灰のように白く、乾燥しきっていた。


「簡単な理屈です。……リナ様の魔法は『癒やし』でも『再生』でもない。『前借り』だからです」

「ま、前借り……?」


「そうです。彼女の魔法は、対象の生命力を活性化させ、時間を早送りしているに過ぎません。傷が治るのは、自然治癒力を一瞬で使い切らせているから。花が咲くのは、土壌の養分を強制的に吸い上げさせているからです」


私は懐から、前世の知識で作らせた簡易な『魔力測定器(リトマス紙のようなもの)』を取り出し、土に刺した。

紙は瞬時にどす黒く変色した。


「ご覧なさい。土壌の魔力素マナが完全に枯渇しています。リナ様が頻繁に『癒やし』を乱発したせいで、この土地のエネルギーが吸い尽くされたのです」


「そ、そんな……」


リナが青ざめる。

彼女は自分の力が「神からの無限のギフト」だと信じて疑わなかったのだろう。

だが、物理法則はこの世界でも絶対だ。

エネルギーは無からは生まれない。

等価交換。

誰かを無理やり元気にすれば、その代償は必ずどこかで支払われる。


「植物は正直です。無理なドーピングを続けられれば、いずれこうして力尽きる。……人間も同じですよ」


私は騎士団の方をちらりと見た。

リナの治癒魔法を頻繁に受けていた近衛兵たちの顔色は、一様に悪い。

彼らは「疲れ知らず」なのではなく、「疲れを感じる機能が麻痺している」だけなのだ。

そのツケは、数年後に寿命の前借りという形でやってくるだろう。


「う、嘘よ! 嘘だわ!」


リナがヒステリックに叫んだ。

彼女はセドリック殿下の腕を振りほどき、私に向かって手を突き出す。


「私は聖女なの! ヒロインなの! あなたみたいな悪役が、私の奇跡を否定しないで! 消えちゃえ!」


彼女の手のひらから、眩い光がほとばしった。

攻撃魔法だ。

「癒やし」の光も、過剰に浴びせれば細胞を破壊する毒になる。

光の奔流が私に迫る――。


しかし、私は身動き一つしなかった。

避ける必要がないからだ。


バチィィン!!


私の目の前で、見えない壁が光を弾いた。

リアム殿下が、あくびを噛み殺しながら片手を上げていた。


「……私の婚約者に触れるなと言ったはずだが?」


彼の指先から放たれた闇色の魔力が、リナの光をあっさりと飲み込み、消滅させた。

圧倒的な実力差。

リナはその場にへたり込んだ。


「あ……あぁ……」

「馬鹿な……聖女の光が、通用しないだと……?」


セドリック殿下が呆然と立ち尽くす。

リアム殿下は冷酷に見下ろした。


「彼女は聖女ではない。ただの『魔力過多の突然変異種』だ。その力の使い方も知らず、無自覚に周囲を食い荒らす害虫だよ」

「害虫……!?」

「事実だろう。見ろ、この庭を。そしてお前の顔色を。……お前も吸われていたんだよ、セドリック」


リアム殿下の指摘に、セドリック殿下は自分の手を見た。

確かに、彼の手は小刻みに震え、肌は乾燥していた。

リナと一緒にいればいるほど元気になる気がしていたが、それは麻薬的な高揚感に過ぎなかったのだ。


「……私は、生気を吸われていたのか……?」

「いやぁぁぁ!! 違う! 私はみんなを幸せにしたかっただけなのに!」


リナが泣き叫ぶ。

その姿は、もはや悲劇のヒロインですらなく、自分の過ちを認められない駄々っ子のようだった。


私は少しだけ哀れに思った。

彼女もまた、ゲーム知識という偏った情報に踊らされた被害者なのかもしれない。

だが、経営者として、この損害を見過ごすわけにはいかない。


「……さて。原因が分かったところで、事後処理をしましょうか」


私はパンパンと手を叩き、空気を変えた。


「このままでは王宮の土壌汚染が広がり、他の植物も死に絶えます。復旧工事が必要ですわ」

「ふ、復旧だと? どうやって……」

「金と技術で解決します」


私はセバスチャンに合図を送った。

待機していた私の商会のスタッフ(作業着を着た孤児たち)が、荷車を押して入ってくる。

積まれているのは、私の領地で開発した特製の肥料と、中和剤だ。


「まず、酸性に傾いた土壌を石灰で中和。次に、完熟堆肥を混ぜ込んで微生物を活性化させます。魔力の充填には、魔石を粉砕したものを散布。……物理的な土木工事ですが、これが一番確実です」


私はリナに向き直った。


「奇跡なんて便利なものはありません。壊れたものを治すには、汗をかいて、時間をかけて、泥臭く直すしかないのです」


スタッフたちが手際よく枯れ木を撤去し、土を掘り返し始める。

その活気ある光景は、リナの「魔法」よりもよほど生命力に溢れていた。


セドリック殿下は、黙ってその様子を見ていた。

そして、ゆっくりとリナから距離を取った。


「……セドリック様?」

「僕は……君に依存していただけなのかもしれない」


彼は力なく呟いた。

洗脳が解けた瞬間だった。

リナは絶望的な顔で彼にすがりつこうとしたが、近衛兵たちがそれを阻止した。

彼らもまた、自分たちの体の不調の原因を悟り、聖女を見る目が冷たいものに変わっていたからだ。


「連れて行け。彼女には、厳正な検査が必要だ」


リアム殿下の命令により、リナは拘束された。

「離して! 私は悪くないの! ヴィオラが悪いのよぉぉ!」

その叫び声は、誰の心にも届かず、虚しく響いた。


 ◇


一連の騒動が落ち着いた後。

私は少しだけ緑が戻り始めた庭園(まだ雑草レベルだが)を見つめていた。


「……疲れた」

「お疲れ様。見事な手際だったよ」


リアム殿下が後ろからショールをかけてくれた。

その優しさが、今は素直に心地よい。


「あの子、どうなるんですか?」

「魔力封印の腕輪をつけて、修道院で再教育だ。……もっとも、彼女が犯した罪(国庫横領の共犯と器物損壊)を償うには、一生かかっても足りないがね」


厳しい処分だ。

でも、それが社会のルールだ。

夢を見て周りを巻き込んだ代償は、自分で支払わなければならない。


「セドリックは廃嫡が決定的だ。精神的な治療が必要だろうな」

「……そうですか」


私は元婚約者の背中を思い出した。

彼もまた、楽な方へ逃げた弱さがあった。

人は誰しも、安易な救済(奇跡)にすがりたくなるものだ。

だからこそ、私は「対価」を求める商売にこだわるのかもしれない。

対価を払う痛みこそが、人を現実に繋ぎ止めるアンカーになるから。


「さて、帰ろうか。私の愛しい『鬼のコンサルタント』」

「……その呼び方、やめてください」

「では、マイ・ハニー?」

「もっと嫌です」


私たちは軽口を叩きながら、再生の始まった庭園を後にした。

私の手には、リアム殿下の温かい手が握られていた。

枯れた大地にも、いつかまた花は咲く。

ただしそれは、魔法ではなく、地道な労働の結果として。


その当たり前の事実が、今の私にはとても愛おしく感じられた。


次回、いよいよ断罪劇の幕が上がる。

でも、断罪されるのは悪役令嬢わたしではない。

法廷で、これまで積み上げた「帳簿」が火を噴く時が来た。


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