第6話 直接対決
バンッ!!
轟音と共に、オーク材の扉が蝶番ごと弾け飛んだ。
静かな昼下がりのティータイムは、最悪の形で中断された。
土足で踏み込んできたのは、煌びやかな鎧を纏った近衛兵たち。
そしてその中央で、金髪をなびかせて仁王立ちしている男。
この国の王太子であり、私の元婚約者、セドリック殿下だ。
「見つけたぞ、悪女ヴィオラ! 国民を惑わす詐欺商法はそこまでだ!」
彼は剣の柄に手をかけ、劇画のようなポーズで叫んだ。
埃が舞う中、私はゆっくりとティーカップをソーサーに戻した。
「……セバスチャン」
「はい、お嬢様」
「扉の修理代と、クリーニング代。それから『不法侵入による精神的苦痛』の慰謝料。全て請求書に追加しておいて」
「承知いたしました。王家への請求ですので、割増料金を適用しておきます」
私たちの冷静なやり取りに、セドリック殿下の顔が朱に染まる。
「貴様! この期に及んで金の話か!?」
「当たり前ですわ。ここは私の店、貴方は招かれざる客。礼儀を知らない方には、金銭で解決していただくのが一番かと」
私は優雅に扇子を開き、彼の怒気を扇ぎ払うように振った。
内心では心臓が早鐘を打っているが、絶対に表には出さない。
ここで怯えたら、彼らの思う壺だ。
私は「ふてぶてしい悪女」を演じ切らなければならない。
セドリック殿下は大股で私に歩み寄ると、バンと机を叩いた。
「黙れ! 余は貴様を捕縛しに来たのだ!」
「容疑は?」
「詐欺罪、並びに聖女リナへの不敬罪だ! お前は法外な金を取り、リナの慈悲深い活動を妨害した! そのせいでリナは心労により倒れ、癒やしの力も弱まっている!」
なるほど。
リナの魔法が不調なのを、私のせいにしに来たわけだ。
自分の管理能力不足を棚に上げて、都合の良いスケープゴートを探す。
相変わらずの思考回路に、呆れを通り越して感心すら覚える。
「殿下、訂正させていただきます」
私は机の引き出しから、一束の書類を取り出した。
「まず詐欺罪についてですが、当相談室は全ての顧客と『同意書』を交わしております。料金体系も明示し、満足いただけなければ返金規定もあります。現在まで、返金請求は一件もありません」
「口先を……!」
「次に、聖女様への妨害ですが、私は自分の店を経営していただけです。彼女が勝手に自滅……いえ、活動を縮小されたことと、私に何の因果関係が?」
理路整然と返すと、セドリック殿下は言葉に詰まった。
だが、すぐに感情論で押し返してくる。
「屁理屈だ! お前が悪どい商売をしていることは明白だ! 金貨30枚などという暴利、許されるわけがない!」
「それは需要と供給の問題です」
「うるさい! 衛兵、この女を捕らえろ! 地下牢で頭を冷やさせてやる!」
彼の命令一下、近衛兵たちが躊躇いがちに動き出す。
私はすかさず、最後の一枚――切り札となる羊皮紙を掲げた。
「お待ちになって。私を拘束すれば、国際問題になりますわよ」
兵士たちの足が止まる。
セドリック殿下が怪訝そうに眉を寄せた。
「……何だと?」
「これをご覧ください。隣国の王弟殿下、および東方の大商会連盟との『コンサルティング顧問契約書』です」
私は契約書の署名欄を指差した。
そこには、誰もが知る大国の印章が押されている。
「契約条項第5条。『顧問たるヴィオラへの不当な拘束、または業務妨害が生じた場合、当事国との通商条約を見直す権利を有する』……つまり、私を捕まえれば、この国への食料輸入と鉄鉱石の輸出がストップします」
「なっ……馬鹿な! たかが小娘一人のために、そんな契約があるものか!」
「あるのです。彼らにとって、私の助言はそれだけの価値がありますから」
私はにっこりと微笑んだ。
これはハッタリではない。
先日の宝石商の一件や、外交官の悩み相談を通じて取り付けた、私の最強の防具だ。
セドリック殿下の顔色が青ざめる。
国の経済を人質に取られては、さすがに手出しできない。
……はずだった。
「ええい、偽造だ! そんなもの、私が認めん!」
彼は理性を投げ捨てた。
契約書をひったくり、ビリビリと破り捨ててしまったのだ。
紙片が雪のように舞い散る。
「あーあ……」
私は天を仰いだ。
原本じゃなくて写しでよかったけれど、この人は本当に王族なのだろうか。
「これで証拠はない! さあ連れて行け!」
セドリック殿下が私の腕を掴もうと手を伸ばす。
その指先が触れる寸前――。
「……私の顧問契約書を破るとは、随分と良い度胸だな、甥っ子」
地を這うような低い声が、部屋の温度を一気に下げた。
奥のVIPルームの扉が静かに開く。
そこに立っていたのは、シャツのボタンを少し寛げた、黒衣の男。
この国の裏の支配者、王弟リアム殿下だ。
「り、リアム叔父上……!?」
セドリック殿下が飛び退いた。
まるで幽霊でも見たかのような反応だ。
それも無理はない。
リアム殿下は普段、表舞台には出てこない。
彼が出てくる時は、誰かの首が飛ぶ時だと相場が決まっているからだ。
「な、なぜここに……?」
「ここは私の行きつけでね。君が騒ぐから、せっかくの昼寝が台無しだ」
リアム殿下は気だるげに歩み寄ると、私の肩を抱き寄せた。
所有権を主張するように、強く、確かな熱量で。
「ヴィオラは私の専属顧問だ。彼女への侮辱は、私への侮辱と受け取るが……構わないね?」
その紫色の瞳が、蛇のようにセドリック殿下を射抜く。
殺気などという生易しいものではない。
絶対的な強者のオーラが、部屋中の空気を支配していた。
近衛兵たちは一斉に剣を収め、直立不動の姿勢をとった。
彼らにとっても、王太子より恐ろしいのはこの「影の大公」なのだ。
「誤解です、叔父上! 私はただ、この女が国を乱していると……!」
「乱しているのは君と、あの聖女だろう」
リアム殿下は冷たく切り捨てた。
「国庫の無駄遣い、騎士団の規律崩壊、そして外交問題になりかねない暴挙。……セドリック、君の廃嫡を兄上(国王)に進言してもいいんだぞ?」
「ひっ……!」
廃嫡。
その一言は、セドリック殿下にとって死刑宣告に等しい。
彼はガタガタと震え、助けを求めるように周囲を見回したが、誰も目を合わせようとしない。
「さっさと消えろ。二度とこの屋敷の敷居を跨ぐな」
「……く、くそっ! 覚えていろ!」
セドリック殿下は捨て台詞を残し、逃げるように部屋を出て行った。
近衛兵たちも「失礼しました!」と慌ただしく敬礼して去っていく。
壊れた扉だけが、嵐の爪痕として残された。
静寂が戻る。
私は大きく息を吐き、へなへなと座り込みそうになった。
それを、リアム殿下の腕が支える。
「……助かりました。ありがとうございます」
「礼には及ばない。私の安眠妨害を排除しただけだ」
彼はそう言うが、私を抱く腕の力は緩まない。
むしろ、さらに引き寄せられ、背中が壁に押し付けられた。
いわゆる、壁ドンだ。
至近距離にある美貌に、心臓が跳ねる。
「それに、あの契約書の話……感心したよ。いつの間にあんなコネを作っていたんだ?」
「……生き残るための保険です。貴方だけに頼るわけにはいきませんので」
「可愛くないな。だが、そこがいい」
リアム殿下は楽しそうに目を細め、私の耳元で囁いた。
「これで君は、公然と私の庇護下に入ったわけだ。もう逃がさないよ、ヴィオラ」
「……契約外の業務はお断りです」
「契約内容は改定すればいい。私が全権を持っている」
彼の吐息が首筋にかかる。
甘い檻が、音を立てて閉じていく音がした。
元婚約者を撃退したのはいいけれど、もっと巨大な「魔王」に捕まってしまった。
この状況、どう考えてもコンサルティングの範疇を超えている。
私は真っ赤になりそうな顔を必死に扇子で隠しながら、壊れた扉の向こうの青空を恨めしく見つめた。
私の平穏な隠居生活は、粉々に砕け散った扉と共に、どこか遠くへ飛んでいってしまったようだ。
次回、そんな魔王様から、とんでもないプロポーズを受けることになるなんて。
私の胃痛は、まだまだ治りそうにない。




