第10話 大団円
悪役令嬢とは何だろうか?
物語を乱す者か、破滅する者か、それとも――新たな物語を紡ぐ、最強のトリックスターか。
王都の大通りは、耳をつんざくような歓声に包まれていた。
空からは花びらが雪のように降り注ぎ、沿道の民衆は熱狂の渦中にある。
「ヴィオラ様ー! こっち向いてー!」
「リアム殿下、万歳! お似合いのご夫婦だ!」
「悪魔のクロワッサン、今日も最高に美味いぞー!」
私は豪奢なオープン馬車の上で、引きつった笑顔を張り付けながら手を振っていた。
隣に座るリアム殿下は、涼しい顔で優雅に微笑んでいる。
「……どうしてこうなったのかしら」
私は歯の隙間から、誰にも聞こえない声で愚痴をこぼした。
「私の計画では、今頃は田舎の別荘で、膝に猫を乗せて紅茶を飲んでいたはずなの。なんで国中の視線を浴びて、パレードなんてしてるのよ」
「人生とは予測不能なものだ。だから面白い」
リアム殿下は私の腰に回した手に力を込め、観衆に見せつけるように引き寄せた。
キャーッ! と黄色い悲鳴が上がる。
「それに、君が望んだ『金持ちの隠居生活』より、こっちの方が刺激的で性に合っているだろう?」
「否定はしませんが……刺激が強すぎます」
私は溜息をついた。
今日は私たちの結婚式、兼、お披露目パレードだ。
元婚約者に断罪され、悪女として追放されかけた私が、まさか国の英雄として祝福されるなんて。
シナリオライターもびっくりの急展開である。
馬車が広場に差し掛かると、そこには見慣れた顔ぶれが最前列に陣取っていた。
「ボスー! ウェディングドレス、似合ってるぜ!」
「姐さん、幸せになれよー!」
スラムの孤児たちが、真新しい制服を着て手を振っている。
彼らは私の推薦で、王宮の伝令係や補給係として雇われたのだ。
その横には、ハンカチで目頭を押さえるガウェイン騎士団長と、相変わらず派手な服を着たカルロ会頭の姿もある。
彼らの商会や騎士団の旗には、なぜか私の顔をデフォルメしたイラストが描かれていた。
「……あれは肖像権の侵害では?」
「いいじゃないか。国民的アイドルだ」
「悪女です」
私は訂正したが、リアム殿下は楽しそうに笑うだけだった。
◇
パレードが終わり、王宮に戻った私たちは、バルコニーで一息ついていた。
ここからは王都の全景が見渡せる。
夕日に染まる街は美しく、あちこちで祝いの宴が始まっているようだった。
「さて、ヴィオラ。君にプレゼントがある」
リアム殿下が懐から一通の書類を取り出した。
嫌な予感がする。
彼からのプレゼントといえば、大抵は宝石か、厄介な仕事と相場が決まっているからだ。
「……何ですか、これ」
「辞令だ」
私は書類を受け取り、目を丸くした。
『王立総合戦略研究所・設立趣意書』
『初代所長:ヴィオラ・フォン・グランマニエ(王弟妃)』
「……は?」
「君の『相談室』を公的機関に格上げした。これからは国賓や大貴族の相談だけでなく、国家戦略の立案も頼む」
リアム殿下は悪びれもせず言った。
「もちろん、予算は無制限だ。君が欲しがっていた製紙工場も、魔道具開発ラボも、全て用意した。思う存分、その知恵と経営手腕を振るってくれ」
私は紙を持つ手が震えた。
予算無制限。
経営者として、これほど魅力的な響きはない。
自分のアイデアを、国家規模で実現できるのだ。
治水工事も、物流改革も、教育制度の見直しも、全部私の思い通りにできる。
「……でも、これじゃあ隠居どころか、過労死コースでは?」
「安心しろ。実務部隊として、優秀な文官を五十名ほどつけた。君はハンコを押して、指示を出すだけでいい」
「……」
「それに、働きすぎないように、私が毎日監視してあげるよ。夜は強制的に寝かしつけるから覚悟しておくように」
彼は私の耳元で囁き、耳たぶを甘く噛んだ。
私はカッと顔が熱くなる。
この男、公私混同も甚だしい。
「……契約期間は1年ですよ。忘れないでください」
「ああ。だが、この研究所のプロジェクト計画書を見たまえ。完了まで最低でも10年はかかる」
彼はウィンクした。
ハメられた。
最初から私を逃がす気なんてなかったのだ。
でも、不思議と腹は立たなかった。
むしろ、胸の奥から湧き上がる高揚感があった。
私は根っからの仕事人間なのだ。
退屈な田舎暮らしよりも、難題を解決して金を稼ぐ方が、生きている実感を得られる。
「……分かりました。引き受けます」
私は辞令をピシッと指で弾いた。
「ただし、私のコンサル料は高いですよ? 国庫が空になるくらい絞り取りますから」
「望むところだ。君が稼ぐ分以上に、私が国を富ませてみせよう」
リアム殿下は私の手を取り、指輪に口付けた。
それは契約の証ではなく、永遠のパートナーへの誓いのようだった。
「それと、もう一つ報告がある」
「まだあるんですか?」
「隣国から『ぜひヴィオラ妃に我が国の経済改革を』と招待状が来ている。……新婚旅行ついでに、一稼ぎしに行かないか?」
私は吹き出した。
新婚旅行で仕事?
ロマンチックの欠片もない。
けれど、それが私たちにはお似合いだ。
「いいですね。隣国の特産品には興味がありました。関税撤廃の件も含めて、根こそぎ利益を出してやりましょう」
「ふっ、頼もしい悪女だ」
私たちは顔を見合わせ、共犯者のように笑い合った。
◇
それから数年後。
王都の一角にある『王立総合戦略研究所』の看板の前には、今日も長蛇の列ができていた。
並んでいるのは、各国の王族、大商人、そして悩める一般市民たち。
「次の方、どうぞ。時間は厳守でお願いしますね」
執務室の回転椅子に座り、私はテキパキと指示を飛ばす。
隣には、宰相の地位に就いたリアム殿下が、私の入れた紅茶を飲みながら書類をチェックしている。
足元では、セバスチャンと成長した元孤児たちが忙しく走り回っている。
「ヴィオラ所長! 東方との貿易協定、締結しました!」
「ボス! 新開発の魔道具、バカ売れです!」
「あなた、今夜のディナーはキャンセルして、至急会議だそうだ」
「もう! 忙しいわね!」
私は悲鳴を上げながらも、口元には笑みが浮かんでいた。
机の上には、山積みの金貨と、それ以上の感謝の手紙。
私は悪役令嬢として嫌われるはずだった。
静かに隠居するはずだった。
その計画は完全に失敗したけれど――まあ、これはこれで悪くない人生だ。
「さあ、悩める子羊たちよ。財布の紐を緩めて入ってきなさい。このヴィオラ様が、貴方たちの人生を黒字に変えてあげるわ!」
私は扇子をバッと開き、不敵に微笑んだ。
悪女の相談室は、本日も商売繁盛。
ただし、お支払いは人生を変える覚悟を持って。
(完)
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