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嫌われたい悪女の法外な相談室  作者: 月雅


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第1話 相談室開業



まさか、ここまで計画通りに行くとは。


私は王都の外れに佇む、つたの絡まる古びた屋敷を見上げて、口元を歪めた。

誰が見ても没落の一途を辿る貴族の隠居先だ。

窓枠はガタついているし、庭は雑草が伸び放題。

本来なら嘆き悲しむべきシチュエーションだろう。


けれど、私の胸中にあるのは歓喜だけだった。

やっと、あの堅苦しい王宮から解放されたのだから。


「ヴィオラ様、お荷物を運び込みました。しかし、本当にここでよろしいのですか?」


背後から声をかけてきたのは、実家である公爵家から付いてきてくれた老執事、セバスチャンだ。

白髪を綺麗に撫で付け、背筋を伸ばした彼は、埃っぽい廊下を見て眉をひそめている。


「ええ、最高よセバスチャン。見て、この静けさ。ドレスの裾を踏まれることも、香水の臭いに酔うこともないわ」

「……左様でございますか。王太子殿下からの婚約破棄、並びに謹慎処分を受けたというのに、お嬢様はお元気ですね」


セバスチャンの呆れ混じりの視線を、私は優雅な扇子の動きで受け流す。


三日前、王宮の夜会で王太子セドリック殿下に断罪された時のことを思い出す。

『君のような冷酷で可愛げのない女は、僕の隣にふさわしくない!』

聖女リナを腕に抱きながら叫んだ彼の顔は、ある意味で清々しかった。


私はその瞬間、心の中でガッツポーズをしたのだ。

前世でブラック企業のメンタルケアと経営再建に追われ、過労死した私にとって、王妃教育という名の終わらない残業は地獄でしかなかったから。


「それで、セバスチャン。看板の準備は?」

「はい。言われた通りに」


セバスチャンが門の前に立てた木製の看板を指差す。

そこには私が美しいカリグラフィーで書いた文字が踊っていた。


『ヴィオラの人生相談室 ~愚痴から経営まで~』

『料金:一回につき金貨10枚(前払い)』


セバスチャンが深いため息をつく。

「お嬢様、正気ですか? 金貨10枚といえば、平民が家族四人で一年暮らせる金額です。貴族のご婦人でも、ドレス一着分に相当しますよ」

「だからいいのよ」


私は埃を被ったソファに腰を下ろし、持参した帳簿を開く。


「私はね、もう誰にも媚びたくないの。でも、生きていくにはお金が必要でしょう? 実家からの援助は最低限だし、慰謝料代わりにお金を稼ぐ必要があるわ」

「稼ぐといっても、この金額では誰も来ません。来たとしても、『強欲な悪女』という悪評が立つだけです」

「それが狙いよ」


私はニヤリと笑った。

悪評が立てば、セドリック殿下も二度と私に関わろうとしないだろう。

復縁なんて言われたら目も当てられない。

それに、誰も来なければ静かな隠居生活が守られる。

万が一、物好きな金持ちが来たら、適当にあしらって金貨を頂戴すればいい。

完璧な計画だ。


「お茶を淹れてちょうだい。今日はゆっくり読書でもするわ」


私は勝ち誇った気分で、持参した難解な魔導書を開いた。


 ◇


それから数時間が経過した。

窓の外は夕闇に包まれ、屋敷の周囲からは虫の声が聞こえてくる。

予想通り、客なんて来る気配はない。

王都の噂好きたちは、今頃私の没落を面白おかしく語っているはずだ。


「平和ね……」


冷めた紅茶を飲み干した時だった。


コン、コン。


重厚なオーク材の扉が、控えめだが力強く叩かれた。

私は顔を上げる。

セバスチャンと視線が合う。


「……まさか」

「物好きがいらしたようですな」


セバスチャンが慇懃に扉を開ける。

そこに立っていたのは、一人の男だった。

上質な生地の服を着ているが、肩は落ち、目の下には濃いクマがある。

商人風の出立ちだ。


「ここは……噂の悪役令嬢、ヴィオラ様のお屋敷でしょうか」


男の声は枯れていた。

私は扇子で口元を隠し、努めて冷淡な声を出す。

悪女らしく振る舞わなければ。


「ええ、そうよ。何の用? 私は謹慎中の身なのだけれど」

「看板を見ました。人生相談、金貨10枚と……」

「冷やかしならお帰りになって。私は安売りしない主義なの」


扉を閉めようとする素振りを見せる。

すると、男は慌てて懐から革袋を取り出し、テーブルの上に叩きつけた。

ジャラリ、と重い音が響く。


「金ならあります! 頼む、話を聞いてくれ! このままじゃ俺の商会は終わりなんだ!」


袋の口が緩み、中から本物の金貨が覗く。

私は瞬きをした。

本当に払う人がいるなんて。

まあいいわ、金貨10枚分の時間は潰してあげましょう。


「……入りなさい。セバスチャン、お茶を。ただし、一番安い茶葉でいいわ」


ソファの向かいに座らせた男は、大手の織物商会を束ねるカルロと名乗った。

王都でも指折りの商人だ。

そんな彼が、今は髪を振り乱して頭を抱えている。


「人が……定着しないんです」


カルロは悲痛な声で語り出した。


「うちは給金も悪くないはずだ。なのに、雇った職人が三ヶ月も経たずに辞めていく。おかげで納品が遅れ、信用はガタ落ちだ。残った古株たちも疲弊して、いつ倒れるか……」

「なるほど」


私は指先でテーブルを叩く。

よくある話だ。前世でも腐るほど聞いた。


「貴方、職人たちにどんな声をかけているの?」

「そりゃあ、精一杯励ましているさ! 『お前たちは家族だ』『辛い時こそ一丸となろう』って、毎日酒を振る舞って……」

「ああ、もういいわ。聞いているだけで胃もたれがする」


私はカルロの言葉を遮った。

彼は驚いたように口を開けたまま固まる。


「いい? カルロ。貴方がやっているのは経営じゃない。ただの押し付けがましい自己満足よ」

「な、なんだと! 俺は彼らを思って……!」

「思っているなら、酒なんて振る舞う前に評価制度を見直しなさい」


私は懐からメモ用紙を取り出し、羽根ペンを走らせる。

前世の知識を、この世界の言葉に変換して書き連ねていく。


「貴方の商会の問題点は二つ。一つは『頑張っても報われない給与体系』。もう一つは『精神論による拘束』よ」

「精神論……?」

「職人は技術を売りにしてるの。家族ごっこをしたいわけじゃない。彼らが欲しいのは、自分の技術に対する正当な対価と、休む時間よ」


書き上げたメモを、カルロの目の前に突き出す。


「まず、年功序列の固定給を廃止して、出来高制のボーナスを導入しなさい。若くても、早く正確に織れる人間には古株以上の金を払うの」

「そ、そんなことをしたら、古株が反発する!」

「反発するような無能な古株は切り捨てなさい。それが組織の新陳代謝よ」


私の冷たい言葉に、カルロが息を呑む。

さらに私は続ける。


「それから、終業後の酒盛りは禁止。その金があるなら、職場の照明を明るくして、腰に負担のかからない椅子を買いなさい。彼らに必要なのは、暑苦しい愛情じゃなくて、快適な労働環境よ」


一気にまくし立てて、私はふう、と息を吐いた。

少し言いすぎただろうか。

まあ、これで「血も涙もない女だ」と罵られて、金貨を置いて帰ってくれればそれでいい。


沈黙が落ちた。

カルロは震える手でメモを拾い上げ、食い入るように見つめている。

そして、ゆっくりと顔を上げた。


その目には、涙が浮かんでいた。


「……す、すごい」

「は?」

「今まで誰も教えてくれなかった……。みんな『愛が足りない』とか『もっと熱意を見せろ』としか言わなかったのに……」


カルロはガバッと立ち上がり、私の手を取ろうとして――セバスチャンの咳払いで慌てて引っ込めた。

代わりに、床に額をこすりつける勢いで頭を下げる。


「あんたは商売の神様か!? まさにその通りだ! 俺は、俺の満足のために彼らを付き合わせていただけだったんだ!」

「ちょ、ちょっと待って」

「目が覚めました! すぐにこの案を実行します! 古株の説得には骨が折れるでしょうが、商会を守るためなら鬼にでもなりますよ!」


カルロは憑き物が落ちたような晴れやかな顔をしている。

最初に会った時の死相はどこへやら、全身からやる気がみなぎっていた。


「ヴィオラ様! この御恩は忘れません! 金貨10枚なんて安すぎる! 成功した暁には、必ず追加の謝礼をお持ちします!」


彼は嵐のように感謝の言葉を並べ立て、メモを大事そうに懐にしまって帰っていった。

バタン、と扉が閉まる音が屋敷に響く。


残されたのは、テーブルの上の金貨と、呆気にとられる私だけ。


「……どういうこと?」


私は扇子でこめかみを押さえた。

嫌われるはずだった。

「人の心がないのか」と罵られるはずだった。

なのに、なんであんなに感謝されているの?


「お嬢様」

セバスチャンが、いつの間にか極上の(安い茶葉ではない)紅茶を淹れ直してくれていた。

その表情は、どこか誇らしげだ。


「どうやら、お嬢様の『悪女』としての振る舞いは、少々劇薬すぎたようですな」

「……意味が分からないわ」


私は金貨袋を手に取る。ずっしりと重い。

たった数十分話しただけで、平民の年収十年分を稼いでしまった。


「まあいいわ。お金はお金よ。これで当面の生活費には困らない」


私は自分に言い聞かせるように呟いた。

これは誤算だ。でも、悪い誤算ではないはずだ。

たまたま、あの一人が変わっていただけ。

次はきっと、私の悪名を聞きつけた誰かが、私を断罪しに来るに違いない。


そう思っていた私の平和な目論見が、大きく外れていくことを知るのは、まだ少し先の話だ。


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