第7章 境界の中でとまるもの
第7章 境界の中でとまるもの
神殿の裏手から、さらに半日ほど進んだ場所に、一本の道があった。
街道と呼ぶには細く、
獣道と呼ぶには、あまりに整いすぎている。
「ここです」
リュシアが足を止めて言った。
「リュネリア直轄地と、各国の管轄が切り替わる場所です」
エリアスは周囲を見渡した。
境界を示す碑も、紋章も、柵すらない。
だが、空気だけがはっきりと違っている。
「……何もないな」
「だからこそ、ここが境界なんです」
リュシアは淡々と続ける。
「誰の領土でもある。
同時に、誰の責任でもない」
その言葉に、エリアスは朝の畑を思い出していた。
踏み荒らされていたのに、
“荒らされた”と誰も決めなかった場所。
⸻
道の先に、低い石造りの建物が見えてきた。
窓はなく、装飾もない。
倉庫だと分かるのは、その形だけだった。
「聖別倉庫です」
「神殿に納められる前の物資を、一時的に保管する場所」
「一時的、って……どれくらい?」
エリアスの問いに、リュシアは少し間を置いた。
「神託が下りるまで、です」
⸻
中は、異様なほど整っていた。
木箱は等間隔に並び、
封印札が一つずつ掛けられている。
壊された痕跡も、
盗まれた形跡もない。
「……盗まれた感じ、しないな」
「はい」
リュシアも頷いた。
「だから問題にならないんです」
エリアスは、箱の札を読む。
《聖別待ち》
その横に、日付があった。
「……半年?」
「最も古いものは、それくらいです」
エリアスは息を呑んだ。
「半年もここに?」
「神殿の判断が下りない限り、触れません」
⸻
「じゃあ……」
言葉を選びながら、エリアスは続ける。
「この間に、必要な場所があっても?」
「神殿は関与しません」
リュシアの声は揺れない。
「ここは、神のものでも、人のものでもない」
「だから、誰も責任を取らない」
その瞬間、
背後から静かな足音が響いた。
⸻
「……立ち入りは、控えていただきたい」
低く、穏やかな声。
振り返ると、回廊の影に一人の神官が立っていた。
古い神官衣。
だが、姿勢は崩れていない。
「祈りの途中にある場所ですから」
リュシアが一歩前に出る。
「失礼しました。
調査の許可は、上級神官エルマス様より頂いています」
その名に、神官は小さく頷いた。
「……そうですか」
「では、私はサルヴィオス」
「この倉庫の聖別工程を預かる者です」
肩書き以上のことは語らない。
⸻
サルヴィオスは箱に触れず、目を閉じた。
「まだ、ですね」
「神託が下りていない」
「だから、ここにある物は“途中”です」
途中。
その言葉が、エリアスの胸に残った。
「もし」
思わず口を開く。
「本当に今、必要な場所があったとしても?」
サルヴィオスは、ゆっくりとエリアスを見る。
責めるでも、試すでもない。
「その時は」
静かに言った。
「神が、必要な時に答えを与えます」
「人が急ぐ理由は、神にはなりません」
⸻
外に出ると、風が吹いていた。
境界の道には、何の印もない。
だが確かに、
ここで何かが止まっている。
エリアスは倉庫を振り返る。
(……嘘じゃない)
サルヴィオスは、本気でそう信じている。
だからこそ――
彼は、最も危険な種類の人間だった。




