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境界に立つ者たち  作者: 麻婆豆腐


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第6章 境界へ向かう理由

境界の道を抜けると、街が現れた。


城壁は低く、門は広い。

だが、そこに掲げられているのは、どの国の紋章でもない。


人の往来は多く、

市場の呼び声も、鍛冶場の金属音も聞こえてくる。


一見すれば、どこにでもある街だった。


「……思ったより、普通だな」


エリアスが率直に言う。


「もっと荒れてるのかと思ってた」


「だからこそ、人が集まります」


隣を歩くリュシアが答えた。


「ここは、リュネリアの直轄地です」


「ただし――

 どの国の“内側”でもありません」


エリアスは周囲を見回した。


行商人。

傭兵崩れ。

神殿関係者らしい者。

身なりの整った商人と、訳ありの雰囲気を隠さない男たち。


雑多だが、衝突は起きていない。


「……なんで、ここに住むんだ?」


国に属さない土地は、

守られない。

裁かれない。

何かあっても、助けは来ない。


それでも、人は集まっている。


「理由は単純です」


リュシアは歩きながら説明する。


「ここは街道の結節点です」


「物資も、人も、必ず一度は通る」


「止まる場所が、必要になる」


エリアスは頷いた。


確かに、荷を下ろす行商人の姿が目につく。


「それだけではありません」


リュシアは続けた。


「ここでは、多くの判断が“保留”になります」


「裁判も、徴税も、信仰上の裁定も」


「最終的な決定は、神殿か本国に委ねられる」


「だから――

 ここで、止まることができる」


止まる。


その言葉が、エリアスの胸に引っかかった。


市場の端で、揉め事が起きていた。


「確かに預けたんだ!」


商人が声を荒げる。


倉庫番は首を振る。


「書類がない」


下級神官が困ったように言う。


「神託が下りていません」


誰も、嘘は言っていない。

だが――

誰も、動かない。


「……誰も、責任を取らないんだな」


エリアスが呟いた。


「はい」


リュシアは否定しなかった。


「ここでは、それが秩序です」


その光景を見た瞬間、

エリアスの胸に、嫌な既視感が広がった。


畑と、同じだった。


荒らされているのに、

誰も「荒らされた」と判断しない。


場所が、

村から境界へ変わっただけで、

ここでも同じだ。



夕刻。


二人は街外れの宿に入った。


木造の建物で、年季は入っているが、

床はきちんと掃かれ、暖炉の火も安定している。


「二人分、泊まりで」


主人は顔を上げて頷いた。


「飯はどうする?」


「お願いします」


そう答えると、

ほどなくして、香ばしい匂いが漂ってきた。


固いパン。

豆の煮込み。

燻製肉と、野菜のスープ。


派手ではないが、腹にたまる。


「……うまいな」


思わず、エリアスが漏らす。


「こういう街は、飯が大事なんです」


リュシアが言った。


「通る人間が多い分、

 ここで体を休められるかどうかが、命に直結します」


食事をしていると、

近くの卓から声が聞こえてきた。


「今日は静かだな」


「静かすぎるのが、逆に怖い」


「神殿の判断待ちだろ?」


年配の行商人が、ため息をつく。


「待ってりゃ、そのうち何とかなる」


「何ともならなきゃ?」


「……その時は、その時さ」


別の男が、肩をすくめた。


「ここは境界だ」


「良くも悪くも、

 “決まらない”場所だからな」


エリアスは、無言でスープを口に運ぶ。


決まらない。

判断されない。

だが、人は生きている。


「不思議な街ですね」


リュシアが小さく言った。


「ええ」


エリアスは答える。


「……逃げ場みたいで」


「同時に、

 逃げ続ける場所でもある」


リュシアは、少しだけ目を伏せた。


「だからこそ、

 ここで起きていることを見過ごすと、

 後で必ず歪みになります」


エリアスは、箸を置いた。


「……だから、ここに来たんだな」


リュシアは、はっきりとは答えなかった。


だが、その沈黙が、答えだった。


境界の街。


止まるための場所であり、

止まり続けるには危険すぎる場所。


その中心に、

二人は足を踏み入れていた。


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