第48章 最初に気づいたのは数だった
最初に気づいたのは、違和感ですらなかった。
「……一枚、足りない?」
カイオンは、机の上に積まれた課題の束を見下ろしていた。
指で数えただけだ。
意味もなく、癖のように。
教授に頼まれて、クラス全員分の課題を回収し、
指導室へ運ぶ途中だった。
「おかしいな……」
提出は、確かに全員から受け取った。
欠席者もいない。
誰かが未提出だと言った覚えもない。
(前の課題では、人数は合っていた)
それなのに。
もう一度、数える。
——やはり、一枚足りない。
「……?」
名前を思い浮かべようとして、止まった。
誰がいないのか、分からない。
クラスの人数は多い。
顔は思い出せる。
声も、座っていた場所も。
だが――
「その一人」だけが、思い出せない。
(……こんなこと、あるか?)
気になって、課題の表紙を一枚ずつめくる。
名前、名前、名前。
どれも見覚えはあるのに、
「欠けている一人」が浮かばない。
そのとき。
「何をしている?」
背後から声がした。
振り返ると、担当教授が立っていた。
「いえ……」
カイオンは、正直に言った。
「課題が、一枚足りない気がして」
教授は、少しだけ眉をひそめた。
「提出は全員分だったはずだ」
「はい。でも……」
カイオンは、言葉を選ぶ。
「“誰がいないのか”が、分からないんです」
教授は、しばらく黙っていた。
そして、静かに棚へ向かい、一冊の薄い帳面を取り出した。
表紙には、こう書かれている。
――《在籍確認帳》
「これは、名簿ではない」
教授は言った。
「学園に“在籍している者”が、
今この瞬間、存在しているかを確認するための帳だ」
「難しいことはない」
教授は帳面を開き、ペンを一本差し出した。
「クラス名を書いて、ページを開け」
カイオンが指示通りにすると、
白紙だったページに、名前が次々と浮かび上がった。
ゆっくりと。
まるで、思い出すのを手伝うように。
(……これが、全員?)
カイオンは、無意識に数えた。
——数が、合わない。
名前は並んでいる。
だが、**一つ分の“空白”**がある。
そこには、
名前が浮かぶはずの“場所”だけが、ぽっかりと残っていた。
「……これは」
喉が、ひくりと鳴る。
教授は、静かに言った。
「“いたはずなのに、今はいない”」
「それが、この帳の示す意味だ」
「名簿から消えたのではない」
「記憶から、薄れている」
廊下の喧騒が、急に遠く感じられた。
「確認したいなら」
教授は続ける。
「その空白を持って、教室へ行け」
「この帳は、場所に近づくほど反応する」
「——ただし」
一瞬、視線が鋭くなる。
「“いない理由”を、無理に探るな」
「気づいた者が、次に消えることもある」
カイオンは、帳を受け取った。
重さはない。
だが、胸の奥が重い。
(……数えなければ)
(何も、気づかなかった)
廊下には、いつも通り学生たちが行き交っている。
笑い声も、足音も、変わらない。
——ただ。
一人分だけ、
確かに、最初からいなかったかのように扱われている。
それを知ってしまったのは、
今のところ、カイオンだけだった




