第46章 浮いた声、歪む成功
合同授業の教室は、いつもより空気が重かった。
学年の異なる学生が集まり、
互いの実力や立場を、無言のうちに測り合っている。
リュシアは前列で、静かにノートを広げていた。
その斜め後ろ――
ユリアンは、露骨にこちらを気にしている。
(……今なら)
教授が課題を提示した。
「この仮定条件をもとに、
問題点を指摘しなさい」
ユリアンは、間を置かず手を挙げた。
「質問があります」
教授が頷く。
「この問題、
実地経験がないと分からない内容ですよね?」
教室が、ざわりとする。
「つまり」
ユリアンは、ちらりとリュシアを見た。
「机上の理屈だけで答えても、
意味がないんじゃないかと」
笑いを誘うつもりだった。
だが――
「その前提は違います」
リュシアの声は、落ち着いていた。
「実地経験が必要なのは、
応用段階です」
「今回は、
基礎理論の正確さを問う問題です」
ユリアンが口を開く前に、
リュシアは黒板を指す。
「この条件を見落とすと、
現場では致命的です」
「実務ほど、
理論の曖昧さが許されません」
教室が、静まり返った。
教授は眼鏡越しにユリアンを見る。
「今の説明は的確だ」
「君の発言は、
論点をずらしている」
「授業中だ。
私情を持ち込まないように」
明確な注意。
ユリアンは、それ以上何も言えなかった。
その後の時間、
彼の存在は教室の中で浮いたままだった。
フェリクスは後方から、その様子を眺めている。
(……やり方を間違えたな)
(だが、今日の主役はあいつじゃない)
⸻
同じ授業。
ローデリクは、
別の意味で視線を集めていた。
「完璧だな」
教授が、答案を手に頷く。
「論理構成も、精度も申し分ない」
「この水準を、
ここまで安定して出せるのは立派だ」
周囲がどよめく。
「また一位か……」
「最近、すごくない?」
ローデリクは、
わずかに顎を上げて微笑んだ。
(当然だ)
(俺が負けるはずがない)
取り巻きたちが、口々に称える。
「さすがだな」
「やっぱり本物は違う」
ローデリクの胸は、高鳴っていた。
不安はない。
焦りもない。
むしろ――
すべてが、あまりに順調すぎる。
(……完璧だ)
自分でも、
そう思ってしまうほどに。
フェリクスは、
その光景を横目に見る。
笑わない。
(順調すぎる)
(不自然なほどに)
⸻
放課後。
池のほとりで、
ユリアンは一人、苛立ちをぶつけていた。
「くそ……!」
小石を投げる。
水面が歪む。
そのとき。
「今日は、ついてなかったね」
穏やかな声。
振り返ると、
そこには上級生が立っていた。
以前、
ローデリクに声をかけていた人物。
にこやかな笑顔。
柔らかな口調。
「でも、君の言ってること」
「間違ってないと思うよ」
ユリアンは、思わず顔を上げる。
「……本当ですか?」
「うん」
上級生は、池を見ながら言う。
「出来すぎた人間ほど、
裏があるものだ」
「特に、
最近やたらと評価が集中してる連中はね」
ユリアンの胸に、
言葉が染み込む。
「一人で悩まなくていい」
上級生は、穏やかに続けた。
「ちゃんと、
話を聞いてくれる場所はある」
池の水面は、
静かに揺れていた。
その裏側で。
ローデリクは、
称賛の中心に立ちながら、
満足げに笑っていた。
疑う理由はない。
疑う必要もない。
――そう、思い込めるほどに。
歪みは、
まだ誰の目にも見えない。
だが確実に、
静かに広がり始めていた。




