第42章 一瞬の高揚と届かない距離
講義室に、珍しくどよめきが走った。
「……満点、だと?」
教官が成績表を見直し、低く呟く。
その名を呼ばれた瞬間、
ローデリクはゆっくりと立ち上がった。
「やはりな」
自信に満ちた声。
周囲の取り巻きたちが、一斉にざわつく。
「さすがローデリク様!」
「今回の課題、難しかったのに」
「やっぱり血筋が違うんだよ」
称賛を浴びながら、ローデリクは席に戻る。
その表情には、隠そうともしない満足があった。
(当然だ)
(この程度で、終わるはずがない)
⸻
少し離れた席で。
リュシアは、静かにその光景を見ていた。
「……急に、ですね」
小さく呟く。
「前回まで、あんなに安定してなかったのに」
フェリクスが顎に手を当てる。
「確かに」
「伸び方が、ちょっと極端だ」
「でも」
カイオンは、すでにノートを閉じていた。
「結果が出てるなら、それでいい」
それ以上、話題を広げる気はなさそうだった。
リュシアも、それ以上は何も言わない。
(気にしても、意味はない)
(私は、私の学びを続けるだけ)
そう結論づけ、講義室を後にする。
⸻
廊下は、昼休み前の静かな時間だった。
窓から差し込む光が、石床に細長い影を落としている。
「……おお」
その声に、リュシアは足を止めた。
「リュシアじゃないか」
振り返ると、そこにいたのは――
黒髪の青年。
アストリア王家の第二王子、カッシウス。
「久しぶりだな」
気取らない笑顔。
昔と変わらない調子。
「この前、弟を助けたんだろ?」
「聞いたぞ」
「ありがとうな」
あまりに自然な言い方に、
リュシアは一瞬、言葉を失った。
(……いまは)
(もう、同じ立場じゃない)
そう理解しているからこそ、
反射的に背筋が伸びる。
「い、いえ……」
「偶然、その場に居合わせただけです」
丁寧な言葉遣い。
距離を保った返答。
それを聞いて、カッシウスは目を瞬いた。
「なんだよ」
「ずいぶん他人行儀だな」
からかうように言って、肩をすくめる。
「まあ、立場もあるか」
「無理に昔に戻れとは言わない」
それでも――
その視線は、どこか変わらず温かかった。
「学びに来てるんだろ?」
「それでいい」
短い言葉。
だが、余計なものが一切ない。
「また話そう」
そう言って、軽く手を振り、歩き去っていく。
⸻
そのやり取りを――
遠くから、じっと見つめている視線があった。
柱の陰。
人の流れに紛れながら、
一人の少年が、目を細めている。
ユリアン。
(……呼び捨て)
(あんな距離で、話すのか)
胸の奥に、言葉にできない感情が湧き上がる。
羨望か。
焦りか。
それとも――
「……ふうん」
誰にも聞こえない声で、そう呟いた。
視線は、リュシアから離れない。
まだ、この時点では。
それが嫉妬になるのか、執着になるのか――
本人ですら、分かっていなかった。
ただ一つ。
この日、
ユリアンの中で何かが動き始めた。
それだけは、確かだった。




