第38章 静かな違和感
学術都市エイドリアの午後は、穏やかだった。
講義を終えた学生たちが中庭に集まり、
試験の出来や教授の癖について、気楽に言葉を交わしている。
「今日は、随分静かですね」
リュシアはノートを抱え、そう言った。
「試験が終わった直後だからな」
フェリクスが肩をすくめる。
「皆、燃え尽きたんだろ。
……まあ、俺は次を考えてるけど」
「相変わらずだな」
カイオンは苦笑したが、その表情は少し柔らいでいた。
三人の距離は、少しずつ縮まっている。
互いの癖も、考え方も、まだ全部は分からない。
だが、同じ机で学び、同じ問題に頭を悩ませた時間が、
確かにそこに積み重なっていた。
それでも――
リュシアだけは、どこか落ち着かなかった。
(……何かが、噛み合っていない)
理由は言葉にできない。
境界で感じた、あの“止まっている感覚”に、少し似ていた。
「どうかした?」
フェリクスが、ちらりとこちらを見る。
「いいえ。ただ……」
言いかけて、リュシアは首を振った。
「考えすぎですね」
⸻
同じ頃。
学術都市の一角、王族用の控えの間で、
第二王子カッシウスは書類を閉じた。
「……妙だな」
独り言のように、低く呟く。
従者が控えめに問う。
「何かございましたか」
「いや。表向きは、何もない」
カッシウスは立ち上がり、窓の外を見た。
整いすぎた街並み。
秩序だった制度。
学問を尊ぶ人々。
「だが、“何もない”という状況が、
ここまで続くのは不自然だ」
従者は言葉を挟まない。
「学術都市は、知を集める場所だ。
同時に――
野心も、思想も、必ず集まる」
一瞬、カッシウスの脳裏に浮かんだ名があった。
(……リュシア)
ここへ学びに来た少女。
だが、学ぶだけでは終わらせられない資質を持つ。
「まだ、頼むつもりはない」
カッシウスは静かに言った。
「だが、そう言っていられる時間も、
長くはなさそうだ」
⸻
夕刻。
リュシアは寮の廊下を歩きながら、窓越しに空を見上げた。
鐘が鳴る。
ただの時報。
学術都市では、いつもの音だ。
それでも。
胸の奥に、小さな棘のような違和感が残った。
(……学ぶために来たはずなのに)
その思いを、振り払うように歩を進める。
学術都市エイドリアは、今日も平穏だった。
だが、その平穏が
“守られているもの”なのか、
“嵐の前の静けさ”なのか――
まだ誰にも、分からない。




