第4章 揺れる王国
アストリア王都では、祈りが滞っていた。
朝と夕に行われるはずの祝詞。
裁きの前に読み上げられるべき神名。
争いを収めるための形式的な祈祷。
どれも、欠け始めている。
理由は単純だった。
神官が、足りない。
宗教国家リュネリアから派遣されるはずの神官が、
この半年、王都に姿を見せていなかった。
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神殿の回廊を抜け、
評議の間へ向かう途中で、レグナは足を止めた。
壁際に立つ侍従たちの視線が、
わずかに刺さる。
囁き声が、意図的に抑えられているのが分かった。
「……まただ」
「神官も呼べない監察官だそうだ」
聞こえないふりをして、歩く。
慣れていた。
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評議の間では、議論がすでに始まっていた。
「神官が来ない以上、
裁きも祭事も滞る」
「民が不安に思うのは当然だ」
声を張り上げているのは、
皇帝の弟を中心とした貴族派だった。
血統を重んじ、
序列を守り、
変化を嫌う者たち。
「だからこそ、
今は“余計な動き”を控えるべきだ」
「辺境の者を取り立てるなど、
民の反感を買うだけだろう」
レグナは黙って聞いていた。
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王権派――
皇帝と王妃を中心に、
能力で人を用いようとする一派。
商業、医療、法。
実務を支える者たちの多くが、
こちらに属している。
だが今、
神官不在という“穴”が、
確実に揺さぶりをかけていた。
「神が沈黙しているのではないか」
そんな言葉が、
いつの間にか民衆の間に広がっている。
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「全部、私のせいにされている」
評議の後、
王妃は静かにそう言った。
「神官を呼べないのは無能だと」
「外から来た妃だから分からないのだと」
「商いの血が、信仰を汚したのだと」
貴族派の囁き。
民衆の視線。
どちらも、確実に積もっている。
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「あなたの人を見る目は、信じている」
王妃は、レグナを見た。
続けて、穏やかに問いかける。
「神の言葉を伝える神官と、
あなたはどう違うのかしら?」
「なぜ、
あなたの方が信じられるのかしら?」
レグナは少し考え、答えた。
「神官は、神を見ます」
「私は、人を見ます」
王妃は、微笑んだ。
「……ええ。それが、あなたね」
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その時、
評議の間の扉が静かに開いた。
「堅い話は終わったか?」
軽い調子の声。
皇帝だった。
「レグナ、
君がいると空気が張り詰めるな」
冗談めかして言い、
王妃の隣に立つ。
「だが安心しろ。
私は、君の判断を疑っていない」
「昔からそうだ。
君は、面倒なところに首を突っ込む」
「そして大抵、
一番厄介な答えを持ち帰ってくる」
場の空気が、わずかに緩む。
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レグナは思う。
この国は、
静かに分かれ始めている。
信仰と制度。
血統と能力。
表と裏。
そしてその境界で、
誰かが、意図的に物を消している。
答えは、
まだ見えない。
だが――
止めてはいけない。
この混乱は、
すでに一つの事件になっている。




