第37章 静かな自信
昼の講義が終わったあと。
学術都市エイドリアの回廊には、いつもより穏やかな空気が流れていた。
リュシア、カイオン、フェリクスの三人は、中庭の縁に腰を下ろしていた。
石造りのベンチは冷たいが、今はそれが心地いい。
「……今日の議論、正直どうだった?」
最初に口を開いたのはカイオンだった。
いつものように俯きがちだが、声は以前よりはっきりしている。
「悪くなかったと思う」
リュシアは即答した。
「関税の例、きちんと整理できていましたし、
教官も評価していました」
カイオンは一瞬、目を瞬かせる。
「……そうかな」
「そうだよ」
今度はフェリクスが口を挟んだ。
「少なくとも、あの場で“間違っていない答え”を出せたのは君だけだ」
少し皮肉を含んだ言い方だったが、からかう調子ではなかった。
カイオンは、ゆっくりと息を吐いた。
「……ずっと、俺は場違いだと思ってた」
「周りはみんな、頭が良くて、
自信満々で……」
「でも今日の講義でさ」
彼は、自分の手を見つめながら続ける。
「分かる問題があった」
「ちゃんと考えたら、
ちゃんと答えに辿り着けた」
それは、とても小さなことだった。
だが、カイオンにとっては確かな一歩だった。
リュシアは、少しだけ柔らかい声で言う。
「それが、学ぶということです」
「才能があるかどうかより、
考え続けられるかどうか」
フェリクスは肩をすくめた。
「まあ、才能がないとここまでは来られないけどね」
「でも、残れるかどうかは別」
カイオンは苦笑した。
「相変わらず、言い方きついな」
「事実主義なだけ」
そう言いながらも、フェリクスの視線はどこか穏やかだった。
三人の間に、短い沈黙が落ちる。
気まずさはない。
以前なら、沈黙は不安だった。
今は、考えるための時間になっていた。
そのころ――
エイドリアから遠く離れた場所で、
一人の男が書簡を読み終え、火にくべた。
「まだだ」
低い声が、闇に溶ける。
「今は、学ばせておけ」
紙は灰になり、痕跡は残らない。
再び、エイドリアの中庭。
カイオンは、顔を上げた。
「……俺、もう少し頑張ってみる」
「ここで逃げたら、
一生、逃げ続ける気がするから」
リュシアは、静かに頷いた。
「ええ。一緒に」
フェリクスは、立ち上がりながら言う。
「じゃあ、明日は早いぞ」
「遅刻したら置いてくから」
その背中を見ながら、
カイオンは初めて、胸の奥に灯るものを感じていた。
不安ではない。
焦りでもない。
――静かな、自信だった。




