第34章 一方そのころ、王都アストリアでは
評議会の円卓には、
目に見えない緊張が張りついていた。
最初に口を開いたのは、
リュシアの父――クラウディウス・ルキウス・アステルだった。
「……エイドリアへの留学が、
ここまで評議の場を騒がせるとは思いませんでしたな」
淡々とした声。
だがそれは、場の空気を試す言い方でもあった。
すぐに応じたのは、
貴族派筆頭、皇帝の弟――ルキウス・ヘルヴィウス。
「騒がせている、という認識自体が奇妙だな」
低く、感情の起伏を感じさせない声。
「たかが一人の令嬢が学びに行くだけの話だ。
それを“事件”のように扱う方が、
よほど不自然ではないか?」
円卓の数名が、息を詰める。
その言葉は穏やかだが、
明確な牽制だった。
続いて口を挟んだのは、
ローデリクの父――ローデリク・ヴァルター・ヘルヴィウス。
「偶然でしょう」
淡々と、事実だけを述べるように。
「王権派の家から、
優秀な娘が一人選ばれただけのこと」
「偶然に、
意味を持たせすぎです」
“偶然”。
その言葉に、
数人の貴族が視線を交わす。
――本当に偶然か?
――それとも、流れか?
誰も、口には出さない。
王妃が、静かに言葉を挟んだ。
「偶然かどうかは、
彼女が何を学び、
何を持ち帰るかで決まるでしょう」
穏やかな声。
だが、逃げ道のない論理だった。
皇帝の弟が、王妃を見る。
「王妃は、
ずいぶんと期待なさっているようだ」
その視線には、
わずかな探る色があった。
「学は、時に秩序を乱す」
「我々は、
その“乱れ”を制御する立場にある」
王妃は、微笑みを崩さない。
「だからこそ、
学ばせるのです」
「知らぬまま恐れるより、
知った上で選ぶ方が、
よほど統治に向いています」
一瞬、場が静まり返る。
その沈黙を破ったのは、王だった。
「……十分だ」
低く、しかし明確な声。
王は、皇帝の弟に視線を向ける。
「余は、
この件を“危険”とは見ていない」
「むしろ、
変化を観測する好機だ」
皇帝の弟は、
一瞬だけ口角を上げた。
「――なるほど」
それ以上、反論はしなかった。
だがその沈黙は、
納得ではない。
様子を見る、という選択だった。
⸻
◇
評議会が終わり、
人の気配が引いた回廊。
王妃は、窓辺に立っていた。
「……貴族派は、焦っているわ」
背後で、王が静かに答える。
「焦りは、
自分たちの秩序が揺れている証だ」
王妃は、ふっと息を吐く。
「それでも、
あの人(皇帝の弟)は侮れない」
「ええ」
王は短く頷いた。
「だからこそ、
君の言葉を支えた」
王妃は一瞬、驚いたように振り返り、
そして微笑む。
「……ありがとう」
しばし沈黙。
やがて王妃が、ぽつりと零した。
「セリウスが、
少し厄介な問題を抱えているみたい」
王は、問い返さない。
「君が気づいているなら、
いずれ動くだろう」
王妃は、遠くを見る。
「……リュシアが、
うまく支えてくれたらいいのだけれど」
王は、穏やかに言った。
「もう、支え合っているさ」
王妃は、その言葉に小さく笑った。
静かな回廊に、
二人の影が並ぶ。
国は、まだ保たれている。
だが――
その均衡を崩す芽は、
確実に育ち始めていた。




