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境界に立つ者たち  作者: 麻婆豆腐


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第29章 名を呼ばれる者たち

結果発表は、翌朝だった。


講堂の前に張り出された羊皮紙を前に、

受験者たちは静かに集まっていた。


歓声も、怒号もない。

あるのは、息を呑む音だけだ。


番号。

名前。

合格、不合格。


それ以上の説明は、どこにもない。


リュシアは、人垣の後ろから一歩ずつ近づいた。


(……見る前から、心臓がうるさい)


足を止めた一瞬、ふと違和感を覚える。


人の流れが、妙に整いすぎている。

押し合いも、割り込みもない。


誰かが、無言で立ち位置を調整しているような――

そんな感覚。


(……気のせい、よね)


深く考える前に、視線を羊皮紙へ戻す。


上位合格者――十名。


一行目。


カイオン・——


そこに刻まれた名前に、周囲がざわめいた。


「……聞いたことない名前だな」

「どこの家だ?」

「庶民……?」


リュシアは、息を止める。


(……一位)


あの質素な服装の受験者。

迷いなくペンを動かしていた青年。


名前が、はっきりと刻まれている。


二行目。


リュシア・——


指先が、わずかに震えた。


(……あった)


確かに、そこに。


(……二位)


知らず、息を吐いていた。


三行目。


フェリクス・オルデン。


今度は、はっきりとした反応が起きる。


「オルデン?」

「……あの商業都市オルディアの?」


低いざわめきが、ゆっくりと広がった。


(……三位)


リュシアは、胸の奥でその順を噛みしめる。



人々の反応は、すぐに分かれた。


一位が庶民。

二位が王権派の大貴族の娘。

三位が商業都市出身。


貴族の名門は、下位に散らばっている。


派手な服装の青年が、羊皮紙を睨みつけたまま動かなかった。


「……ふざけるな」


低い声。


「こんな結果が、あるか」


誰も答えない。


試験は、公平だった。

だからこそ、言い訳ができない。


青年は苛立ちを隠そうともせず、踵を返す。

その進路を、誰かが自然に一歩避けた。


――避けさせられた、という方が近い。


(……?)


一瞬だけ、違和感。


だが、それもすぐに人の流れに紛れて消えた。


(……伏線、回収だな)


リュシアは、そう思ったが、口には出さなかった。



講堂の中で、合格者だけが呼び集められる。


初めて、互いに顔を合わせた。


一位の青年――カイオンは、少し居心地が悪そうだった。

視線を泳がせ、手を落ち着きなく動かしている。


「……あの」


小さく声を出したのは、彼だった。


「合ってますよね。ここ」


「はい」


答えたのは、リュシア。


「上位合格者の控室です」


カイオンは、ほっとしたように息を吐く。


「よかった……」


その様子に、リュシアは少し驚いた。


(……もっと、堂々としてると思った)


だが、すぐに理解する。


この青年は、勝ち慣れていない。

それでも、勝ってしまった人だ。


そこへ、軽い足取りで近づいてきた人物がいた。


「いやあ、やっぱり通ってたね」


にこやかな笑み。

落ち着いた目。


「二位、おめでとう。リュシア」


声をかけたのは、フェリクスだった。


「……あなたは?」


「フェリクス・オルデン」


さらりと名乗る。


「オルディア出身。商いの家系だよ」


言葉は軽い。

だが、目は鋭く、場の空気をよく見ている。


「正直、君が落ちてたら

 この学校、疑ってた」


冗談めかした言い方。


リュシアは、少しだけ笑った。


「それは、光栄です」


カイオンが、二人を見比べて慌てて言う。


「あ、あの……よろしくお願いします」


ぎこちないが、誠実な声だった。


フェリクスは一瞬目を瞬かせ、

すぐに肩をすくめる。


「一位がそれ言う?」


「いや……その……」


カイオンは、耳まで赤くなった。


リュシアは、思わず口元を押さえる。


(……この三人で、やっていくのか)


そう思った瞬間、

不思議と不安はなかった。



その日の午後。


合格者の名は、すぐに街中に広がった。


そして同時に――

一位の名前も。


庶民。

農村出身。

特別な後ろ盾なし。


期待と、

嫉妬と、

悪意が、静かに芽吹いていく。


それを、

まだ誰も口にしないだけだ。


だが、リュシアは感じていた。


(……これは、始まりだ)


知識を持つ者。

力を持つ者。

守るものを持たない者。


三人が、同じ場所に立った。


学術国家エイドリアで、

新しい試練が、静かに幕を開ける。


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