第3章 交わらなかった贈り物
街道は、よく整備されていた。
石畳は均され、轍の跡も浅い。
荷車が頻繁に通ってきた道だということが、見ただけで分かる。
「……国と国を結ぶ道、って感じだな」
エリアスがそう呟くと、
前を歩いていたレグナが振り返らずに言った。
「そう見えるように、
金と人を使って整えてきた」
それ以上は語らない。
だが、その言葉だけで十分だった。
⸻
その夜、二人は街道沿いの野営地で焚き火を起こした。
火にかけた鍋が、静かに湯気を立てている。
周囲に人の気配はない。
レグナは革袋から書類の束を取り出し、
一枚を選んでエリアスに差し出した。
「これが、アストリア側の記録だ」
羊皮紙には、簡潔な数字と署名が並んでいた。
金銭。
穀物。
医療資材。
どれも、宗教国家リュネリアへ
引き渡されたことになっている。
「……かなりの量ですね」
エリアスが正直に言う。
「少なくとも、
神官を派遣する対価としては十分だ」
レグナはそう答えた。
「長年、
リュネリアからは神官が派遣されてきた」
「辺境での祈祷。
争いの仲裁。
疫病流行時の祝福」
「互いに利のある関係だった」
⸻
エリアスは紙面から目を上げた。
「でも……」
「最近は、
神官が来ていない」
「そうだ」
レグナの声は淡々としている。
「リュネリア側は、
物資を受け取っていないと言っている」
「だから、
神官は送れない、と」
⸻
焚き火が、ぱちりと弾けた。
「……どちらかが、
嘘をついてるんじゃないですか」
エリアスの問いは、素朴だった。
だがレグナは、首を横に振る。
「その線は、考えにくい」
「記録は整っている。
証人もいる。
運搬路も一致している」
「アストリアは、
確かに渡している」
「リュネリアも、
本気で困惑しているように見える」
⸻
「じゃあ……」
エリアスは言葉を探す。
「途中で、
消えた?」
「可能性は高い」
レグナは頷いた。
「だが問題は、
“消えた”ことそのものではない」
エリアスを見る。
「なぜ、
誰も気づけなかったのか」
⸻
その言葉に、
朝の畑の光景が重なった。
踏み荒らされた薬草。
根だけが残り、
必死に探した跡だけが残っていた。
見えていたのに、
分からなかった。
⸻
「帝国の中枢は、
派閥と利害で縛られている」
レグナは続ける。
「神殿も同じだ。
信仰という“揺るがぬ前提”がある」
焚き火に枝をくべる。
「だから、
しがらみの外で物を見る目が必要だった」
⸻
エリアスは、しばらく黙っていた。
「……それで、
俺ですか」
「そうだ」
即答だった。
「観察して、
違和感を拾い、
だが結論を急がない」
「辺境で育ち、
人と薬草を見てきた」
「それで十分だ」
⸻
その時、
闇の向こうから馬の足音が近づいた。
やがて一人の女が、
焚き火の明かりの中へ現れる。
無駄のない装備。
迷いのない歩き方。
「遅れました」
短くそう言って、
女は頭を下げた。
「リュシアと申します」
「アストリア側の、
実務調査担当です」
⸻
レグナは軽く頷いた。
「ここからは、
彼女が同行する」
「私は一度、
王国へ戻る」
エリアスが顔を上げる。
「何かあったんですか」
「事件だ」
それ以上は語らない。
「この件は、
途中で止められない」
レグナはリュシアを見る。
「境界を頼む」
「了解しました」
リュシアは、
感情を挟まずに答えた。
⸻
夜が、さらに深くなる。
焚き火の向こうで、
二つの国が静かにすれ違っている。
エリアスは思う。
これは、
単なる物資の話ではない。
金と食糧は、
リュネリアに「渡されなかった」のではない。
届く前に、
消されている。
それは――
神官を、送らせないために。
その結果だけが、
静かに、
何度も繰り返されている。




