第24章 残された判断
夜。
境界の街の宿は、いつもより静かだった。
昼間の喧騒が嘘のように、廊下には足音もない。
エリアスは、寝台に腰を下ろしたまま、剣を磨いていた。
だが、刃に映る自分の顔を、どこか他人のように感じている。
(……終わった、はずなのに)
将軍は裁かれた。
計画は潰えた。
戦争の火種は、ひとまず消えた。
頭では、そう理解している。
それでも――
胸の奥に、残っている言葉があった。
「国に恥じるつもりはない」
あの男は、そう言った。
捕らえられ、逃げ場を失い、それでも背筋を伸ばして。
(……恥、か)
エリアスは、手を止める。
恥とは何だ。
負けることか。
捕まることか。
――違う。
あの男は、自分が何をしているかを分かっていた。
それでも動いた。
思い出す。
部下たちの動き。
無駄のない配置。
逃げ道を残した指揮。
(……逃げる気は、なかった)
最初から、成功しなくてもいい作戦。
陽動。
時間稼ぎ。
そして――
“責任を引き受ける役”。
エリアスの指が、無意識に握られる。
(使われたんだ)
将軍は、自分の意思で動いた。
だが、選択肢を与えられてはいなかった。
誰かが、上から見ていた。
名前を出さず、顔も出さず、
「この役をやれ」とだけ命じた存在。
(……まだ、終わってない)
境界で起きたことは、
あの将軍一人の罪ではない。
もっと大きな、
もっと静かな“判断”が、背後にある。
エリアスは、剣を鞘に戻した。
眠るためではない。
逃げるためでもない。
(次は、見逃さない)
自分が何者になれるかは、まだ分からない。
英雄でも、軍人でもない。
それでも。
(……使われる側で、終わるつもりはない)
窓の外。
境界の夜は、変わらず静かだった。
だが――
どこかで、確かに次の火種が、くすぶっている。




