第22章 王妃のお茶会
第22章 王妃のお茶会
嵐のような数日が過ぎ去ったあと、
王宮には、いつもの静けさが戻っていた。
王宮の奥、陽の入りにくい小さな温室で、
ひっそりと茶会が行われていた。
白い陶器のカップから、かすかに湯気が立ちのぼる。
花の香りと、乾いた書類の匂いが混じる場所だった。
「ずいぶん、顔が変わったわね」
王妃は、微笑みながらそう言った。
向かいに座るリュシアは、一瞬だけ言葉に詰まる。
だが、背筋を正して答えた。
「……多くを見ました」
王妃は、それ以上問い返さなかった。
代わりに、ゆっくりと紅茶を口に運ぶ。
⸻
リュシアが幼い頃、
この温室でセリウスと三人で菓子を分け合ったことがある。
王子はいつも先に飽き、
リュシアは最後まで紅茶を飲みきり、
王妃はその様子を、何も言わずに眺めていた。
泣いているときもあった。
叱られた日も、悔しさを隠そうとしていた日も。
王妃は、決して慰めなかった。
ただ、席を外さなかった。
「あなたは、あの頃から変わっていないわ」
王妃は静かに言った。
「“見なかったことにできない”」
リュシアは、思わず視線を伏せた。
「それは、重たい性質よ」
王妃は微笑む。
「でも――
それを捨てなかったから、ここまで来た」
⸻
王妃は、ふと視線を窓の外へ向けた。
「第二王子は、今もエイドリアで学んでいます」
「制度を知り、思想を知り、
“なぜ国は揺れるのか”を学んでいる」
「あなたも、行きなさい」
それは命令ではなかった。
選択肢を示す声だった。
「力は、剣だけではありません」
「人を救うための力は、
時に“考え続けること”から生まれる」
王妃は、はっきりと言った。
「あなたには、それができる」
⸻
一瞬、沈黙が落ちる。
その沈黙を破ったのは、
紅茶のカップが置かれる小さな音だった。
「……もっとも」
王妃は、わずかに口元を緩める。
「あなたの家族が、
大人しく送り出すとは思えないけれど」
リュシアは、思わず息を詰めた。
「父も、兄も……」
「ええ。よく知っているわ」
王妃は、少し困ったように笑った。
「昔から、あの家は“守りすぎる”」
「それもまた、あなたが育った理由でしょうね」
⸻
茶会は、穏やかに終わった。
王妃は最後に、リュシアを見て言った。
「学びなさい」
「そして、戻ってきなさい」
「世界がどれほど複雑でも、
人が“選び続けられる”ことを、忘れないために」
リュシアは、深く一礼した。
⸻
温室を出ると、
王宮の廊下はいつものように静かだった。
侍女の足音。
遠くで響く鐘の音。
世界は、何事もなかったかのように続いている。
だが――
その夜、リュシアの家では、
まったく別の意味で、嵐が起きようとしていた。




