↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
境界に立つ者たち  作者: 麻婆豆腐


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/131

第20章 老将裁かれる

裁きの場は、華美ではなかった。


石造りの広間。

壁に掲げられた紋章は、どの国の誇りも誇示していない。


ここは、

国家の感情を入れないための場所だった。


⸻


ガルディア帝国将軍

グナエウス・ヴァレンティア


鎖は、つけられていない。


それを拒んだのは、彼自身だった。


「必要ない」


老いた声だったが、濁りはない。


「逃げぬ者に、鎖は侮辱だ」


誰も、反論しなかった。


⸻


四十年前。


この名は、アストリアにとって

「勝てない夜」を意味していた。


幾度も国境を越え、

幾度も軍を翻弄し、

撤退の判断だけは、常に正しかった男。


敵でありながら、

誰もその手腕を否定できなかった。


⸻


裁きを告げる神官が、問いを投げる。


「貴殿は、

 今回の件において

 国境を越えた不正な工作を行ったか」


グナエウスは、迷わず答えた。


「行った」


ざわめきが起こる。


だが、彼は続けた。


「それが罪であるなら、否定はせぬ」


「私は将軍だ」


「勝つために動く」


「それだけだ」


⸻


「では問う」


神官の声が、わずかに強まる。


「なぜ、

 部下を使い、

 神殿と王都を欺いた」


グナエウスは、目を伏せた。


ほんの一瞬だけ。


それは、

敗北を認める仕草ではなかった。


思い出す者の沈黙だった。


⸻


――あの日も、同じ顔をしていた。


若い兵士。

名もない平民の子。


震える声で、命令を待っていた。


「将軍。

 この作戦は……」


グナエウスは、言った。


――これは、お前の責ではない。

――判断したのは、私だ。

――お前は、ただ生きて帰れ。


それは、

王の言葉ではない。


将軍が、兵に与えられる最大の救いだった。


⸻


「……彼は」


グナエウスは、ゆっくりと顔を上げた。


「私の最側近などではない」


「ただ、

 戦場で名が知られるようになった者だ」


「それでも――」


一度、言葉を切る。


「彼は、

 私のために動いた」


「それを、

 止められなかった」


⸻


沈黙。


それを破ったのは、

神官ではなかった。


大神官だった。


「あなたは、

 勝つために動いた」


「しかし――」


その声は、驚くほど穏やかだった。


「その勝利に、

 “責任”を背負う覚悟も、

 最初からあったのではありませんか」


グナエウスは、

初めて、はっきりと大神官を見た。


「……ある」


短い答えだった。


だが、それで十分だった。


⸻


判決は、読み上げられる。


「将軍グナエウス・ヴァレンティア」


「貴殿を、

 国家転覆を企図した罪により、

 正式に裁く」


処罰は、重い。


だが、

見せしめではない。


彼が将軍であることを認めた上での裁きだった。


⸻


最後に、

一つだけ、許された問い。


「後悔は?」


グナエウスは、笑った。


それは、誇りでも、嘲りでもない。


「後悔がある者は、

 将軍にはなれぬ」


「ただ――」


一瞬、視線を落とす。


「国は、

 私が思っていたよりも

 長く生き延びていた」


「それだけが、

 少しだけ……誤算だった」


⸻


裁きは終わった。


英雄でもなく、

怪物でもなく。


一人の老将が、

静かに歴史の外へ降りていく。


⸻


その夜。


裁きの場を離れた者たちは、

誰も勝利の顔をしていなかった。


証拠は、繋がらない。

黒幕は、見えない。

王妃暗殺未遂の闇も、霧の中だ。


止めた。

だが、終わってはいない。


そして誰もが、

同じ予感を抱いていた。


――この男を、

――再び奪い返そうとする者が、

――必ず現れる、と。


国境は、

まだ揺れている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。