第18章 告白がもたらす波紋
神殿の鐘は、鳴らなかった。
それが意味するところを、
関係者は全員、理解していた。
――これは、外に知らせる話ではない。
だが同時に、
決して、内側だけで終わる話でもない。
⸻
石造りの回廊。
大神官は、数名の上級神官を前にして、短く告げた。
「記録は三重に封じる」
「巫女様の言葉は、そのまま残す」
「ただし――」
一拍、置く。
「解釈は、各々に任せる」
ざわめきは起きなかった。
それが、
この告白の重さを物語っていた。
神殿が“裁かない”という選択をした時、
それは同時に、
人の側に判断を突き返すという意味になる。
⸻
その日の夕刻。
エリアスは、エルマスに呼び止められた。
人目を避けた、裏の通路。
「……聞いた方がいい」
エルマスは、いつになく硬い表情だった。
「正式な報告ではない」
「だが――」
「君は、境界にいた」
「関わった人間だ」
エリアスは、黙って頷く。
⸻
語られたのは、断片だった。
誰が。
いつ。
どこまで。
名は出ない。
詳細も伏せられている。
だが――
「第五皇子、という言葉だけが残った」
その一言で、
エリアスの背筋が、冷えた。
「……帝国の?」
「ええ」
エルマスは、視線を逸らした。
「“駒として使える人物”を欲した、と」
「将軍を慕う者たちと、利害が一致した」
「それだけです」
「……それ以上は?」
エルマスは、首を振った。
「それ以上を知ろうとすれば、
神殿ですら、無傷ではいられない」
それだけ――
で済む話ではない。
エリアスは、拳を握りかけて、やめた。
(怒っても、意味がない)
(これは……)
(もっと、遠いところで決められていた)
⸻
その夜。
セリウスが、静かに言った。
「名前が出ない方が、厄介だよ」
「出ない、ということは」
「“触れてはいけない位置”にいる」
リュシアも頷く。
「神殿が裁かないのは、逃げではありません」
「“今、裁けない”と判断した」
「それ自体が、警告です」
エリアスは、言葉を探した。
「……じゃあ」
「将軍は?」
「救われたんですか」
沈黙。
その沈黙が、答えだった。
「命は、救われた」
セリウスが言う。
「でも」
「彼が信じていた“帝国”は」
「もう、同じ形では戻らない」
⸻
エリアスは、その夜、眠れなかった。
焚き火の光。
拘束された男の横顔。
そして――
顔も声も出てこない、
“決定を下した誰か”の影。
(英雄じゃない)
(悪人とも言い切れない)
(ただ――)
(上にいる)
その事実だけが、重かった。
⸻
同じ頃。
帝国のどこかで。
分厚い帳簿が、静かに閉じられた。
名は記されていない。
だが、印だけが残る。
赤ではない。
黒でもない。
保留を意味する印。
「……余計なことをしたな」
誰かが、そう呟いた。
その声は、怒りでも焦りでもなく、
**駒の配置が狂ったことへの**不快感だった。
将軍は救われた。
だが――
盤面は、確実に動いた。
⸻
エリアスは、夜明け前に立ち上がる。
剣を取るでもなく、
祈るでもなく。
ただ、空を見る。
(知らなければ、楽だった)
(でも――)
(知ってしまった)
それが、
彼が“境界に立つ者”である証だった。
神殿から始まった告白は、
帝国へと、静かに波紋を広げていく。
まだ、名前は出ない。
だが。
誰かが、必ず姿を現す。
エリアスは、そう確信していた。
そして同時に――
その時、自分が何を選び、
**どちら側に立つのか。**
初めて、はっきりと考え始めていた。




