第17章 止められるもの
第17章 止められるもの
夜明け前。
アストリア王都の空は、まだ色を持っていなかった。
静まり返った王宮の一角で、
レグナは机に広げられた地図から目を離さずにいた。
境界。
神殿。
そして――王都内部。
線は引かれていない。
だが、繋がっている気配だけは、はっきりとある。
⸻
「……来ました」
低い声とともに、扉が開く。
マルクスだった。
夜を越えて戻った衣には、
わずかな埃と疲労が残っている。
「リュネリアからの最終報告です」
レグナは、顔を上げた。
「話して」
⸻
マルクスは、要点だけを伝えた。
・境界で捕らえられたガルディアの軍人
・裁きの場で語られた“陽動”という言葉
・本命は、別の場所にあるという示唆
・そして――
「神殿は、この件を“宗教制度内部の逸脱”として処理する方針です」
レグナの指が、地図の端を押さえた。
「……つまり」
「国家間問題には、しない」
「はい」
マルクスは頷く。
「その代わり――
こちらが止められなければ、次は政治の問題になります」
⸻
一瞬、沈黙。
それは恐怖ではない。
計算の時間だった。
「……間に合う」
レグナは、はっきりと言った。
「まだ、完全には噛み合っていない」
「神殿の動きが鈍る時間を狙うなら――
次は、明後日の夜明け前」
マルクスが、目を見開く。
「阻止できますか」
レグナは答える前に、一度だけ息を整えた。
【失敗すれば、責任はすべてこちらに来る】
【それでも】
「ええ」
彼女は立ち上がった。
「阻止します」
⸻
命令は、短く、正確だった。
・王都内の神殿関係者の再確認
・入退記録の照合
・神官を名乗る者への“形式的な再審査”
・そして――
「騒ぎは起こさない」
「逃げ場を与えず、
“正規の手続き”の中で止める」
それは、
境界で見た“責任が消える構造”を、
逆手に取るやり方だった。
⸻
夜明け。
王都の神殿に、一人の神官が入ろうとした。
年齢、装い、所作。
どれも不自然ではない。
だが――
「少し、お待ちください」
静かな声が、足を止めた。
振り向くと、
そこにいたのはレグナだった。
「確認を一つ」
「派遣証の再提出をお願いします」
男の目が、わずかに揺れた。
それだけで、十分だった。
⸻
拘束は、一切荒立てずに行われた。
声も上がらず、
刃も抜かれない。
ただ、
逃げる理由が消えただけだった。
後に判明する。
その男は、
ガルディア側が送り込んだ監察官を装う者だった。
将軍グナエウス・ヴァレンティアを解放するための、
最後の布石。
だが――
踏まれることはなかった。
⸻
すべてが終わったあと。
マルクスは、静かに言った。
「境界で止められなかったものを、
王都で止めた形ですね」
「ええ」
レグナは、窓の外を見た。
朝日が、ゆっくりと街を照らしている。
「でも――」
彼女は、続ける。
「黒幕は、まだ見えていない」
「証拠も、
繋がりも」
「そして、
王妃暗殺未遂の闇も」
⸻
勝ったわけではない。
ただ、
致命傷を防いだだけだ。
それでも――
止められる者が、ここにいる。
レグナは、静かに息を整えた。
「……次は」
「境界の外だ」
その言葉が示す先を、
マルクスはすでに理解していた。
ガルディア。
そして――
【この事態を“見ていた”若い者たち】
物語は、
次の段階へ進む。




