第16章 神の言葉は裁きである
神殿の地下。
そこは、祈りの場ではない。
裁定のための空間だった。
石壁は厚く、窓はない。
声は反響し、嘘は逃げ場を失う。
⸻
男は、柱に鎖で繋がれていた。
拷問の痕は、すでに十分だった。
爪の間、肋骨、肩口――
どれも、ガルディア式だ。
だが、男は口を割らない。
「……吐け」
神官の一人が言う。
「お前が運んだ物資の行き先」
「背後の名」
男は、血の混じった唾を吐いた。
「神官風情が……」
「何が分かる」
声は掠れていたが、意思は折れていない。
拷問は、意味をなさなかった。
ガルディアの兵にとって、
痛みは“教育”でしかない。
⸻
大神官が、一歩前に出る。
「やめなさい」
低く、よく通る声。
「ここは、力を競う場ではない」
男は、ようやく大神官を見た。
「……大神官、か」
「なら話は簡単だ」
「俺は帝国に従った」
「それだけだ」
嘘ではなかった。
だが、核心でもない。
大神官は、それ以上踏み込まなかった。
代わりに、後ろを振り返る。
「巫女様」
その名が告げられた瞬間、
空気が変わった。
⸻
巫女が、静かに前へ出る。
白い衣。
飾り気のない姿。
だが――
誰も、その存在を軽く見なかった。
この国において、
**神の言葉を“受け取る者”**は、
王よりも、法よりも重い。
巫女は、男を見下ろした。
声を荒げない。
問いたださない。
ただ、告げる。
「あなたは」
「自分が何をしたのか、分かっていますか」
男は、鼻で笑おうとした。
だが――
できなかった。
喉が、震えた。
「……任務だ」
「帝国のためだ」
「そうです」
巫女は、否定しない。
「あなたは、命令に従った」
「それは、罪ではありません」
男の目が、わずかに揺れる。
だが、次の言葉は刃だった。
「ですが」
「あなたは、“神が沈黙している時間”を利用した」
「それを、知っていましたね」
沈黙。
それは、肯定だった。
⸻
巫女は、目を伏せる。
祈るように――
だが実際には、裁定するように。
「神は、すぐには裁きません」
「ですが」
「沈黙は、許可ではありません」
その瞬間。
男の肩が、わずかに落ちた。
拷問では崩れなかったものが、
音もなく崩れていく。
「……俺たちは」
男の声が、震え始める。
「時間がないと、言われた」
「今しかないと」
「神殿が止まっている間に――」
巫女は、遮らない。
それが、神意だった。
⸻
「誰の命だ」
大神官が、静かに問う。
男は、歯を食いしばる。
だが、もう耐えられなかった。
「……第五皇子だ」
「シュメール殿下」
その名が、重く落ちる。
「将軍を……」
「あの人を“使える駒”として欲しがった」
「帝国の中で、兵を動かせる者だからだ」
涙が、一筋、頬を伝った。
「俺たちは、将軍を慕っていた」
「だから……」
「だから、利害が一致した」
言い終えた瞬間、
男は泣いていた。
悔恨ではない。
恐怖でもない。
神意に触れてしまった者の涙だった。
⸻
巫女は、ゆっくりと告げる。
「あなたの言葉は、聞き届けました」
「神殿は、すぐに裁きません」
「ですが」
「この告白は、消えません」
「神の前では、すべてが記録されます」
男は、深く頭を垂れた。
それが、
この世界で最も重い服従だった。
⸻
巫女は、踵を返す。
大神官が、静かに続いた。
「これより先は」
「神殿の責任です」
その背中を見送りながら、
神官たちは理解していた。
――神の言葉は、
――慈悲ではない。
――裁きだ。
そして同時に。
人が、自らの罪を認めるための、
最後の機会でもある。
境界で起きていることは、
もはや偶然ではなかった。
神は、沈黙している。
だが――
見ていないわけではない。




