幕間 沈黙の後で
神殿は、静かだった。
あの夜以降、
誰もが何かを感じていたが、
誰も口にはしなかった。
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サルヴィオスは、
翌朝から聖別工程に姿を見せなくなった。
理由は公表されない。
ただ、神殿内の掲示板には短い通達が貼られた。
「サルヴィオス神官は、
当面の間、職務を整理する」
それだけだった。
裁きの言葉はない。
断罪も、免罪もない。
だが、それで十分だった。
神殿に仕える者たちは理解した。
――これは罰ではない。
――だが、許されたわけでもない。
信仰に従った判断が、
常に正しいとは限らない。
それを、神殿自身が認めたのだ。
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巫女は、その夜ひとり、
奥の回廊を歩いていた。
灯りは最小限。
足音が、やけに大きく響く。
目的地は、
神殿の最深部にある一つの扉。
そこには、名も札もない。
ただ、
「前任者のための場所」があるだけだ。
巫女は扉の前で立ち止まり、
一度だけ、深く息を吸った。
「……すぐに裁くことはしません」
小さな声で、そう告げる。
「サルヴィオスも、神殿も」
「一度、立ち止まります」
返事はない。
だが、沈黙は拒絶ではなかった。
「この件は……」
巫女は言葉を選びながら続ける。
「一代で抱えるには、重すぎました」
「私は、判断を先送りにします」
「それでも――」
拳を、そっと握る。
「見なかったことにはしません」
長い沈黙。
やがて、
扉の向こうから、微かな気配が揺れた。
声は、聞こえない。
だが巫女は、
その沈黙を「了承」と受け取った。
深く一礼し、
踵を返す。
⸻
翌日。
神殿の動きは、目に見えて変わった。
聖別工程は一時停止。
倉庫の管理は複数人制へ。
判断は、必ず二段階で行う。
どれも地味で、
劇的な改革ではない。
だが――
「止まる」という選択だった。
⸻
巫女は、窓辺に立ち、
境界の街を見下ろす。
人は行き交い、
何事もなかったかのように日常が続く。
(それでも)
胸の奥で、静かに思う。
(もう、神託だけでは足りない)
神は沈黙した。
だがそれは、
人に考えることを許したということでもある。
巫女は、そっと目を閉じた。
境界で動いている者たちの顔が、
脳裏をよぎる。
――判断してしまう者たち。
神殿は、
彼らを止める場所ではない。
ただ、
見誤らないために立ち止まる。
その選択を、
今は信じるしかなかった。
⸻
神殿は裁かなかった。
だが、
何も変わらなかったわけではない。
静かな変化は、
すでに始まっていた。




