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境界に立つ者たち  作者: 麻婆豆腐


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15/26

幕間 沈黙の後で

神殿は、静かだった。


あの夜以降、

誰もが何かを感じていたが、

誰も口にはしなかった。



サルヴィオスは、

翌朝から聖別工程に姿を見せなくなった。


理由は公表されない。


ただ、神殿内の掲示板には短い通達が貼られた。


「サルヴィオス神官は、

当面の間、職務を整理する」


それだけだった。


裁きの言葉はない。

断罪も、免罪もない。


だが、それで十分だった。


神殿に仕える者たちは理解した。


――これは罰ではない。

――だが、許されたわけでもない。


信仰に従った判断が、

常に正しいとは限らない。


それを、神殿自身が認めたのだ。



巫女は、その夜ひとり、

奥の回廊を歩いていた。


灯りは最小限。

足音が、やけに大きく響く。


目的地は、

神殿の最深部にある一つの扉。


そこには、名も札もない。


ただ、

「前任者のための場所」があるだけだ。


巫女は扉の前で立ち止まり、

一度だけ、深く息を吸った。


「……すぐに裁くことはしません」


小さな声で、そう告げる。


「サルヴィオスも、神殿も」


「一度、立ち止まります」


返事はない。


だが、沈黙は拒絶ではなかった。


「この件は……」


巫女は言葉を選びながら続ける。


「一代で抱えるには、重すぎました」


「私は、判断を先送りにします」


「それでも――」


拳を、そっと握る。


「見なかったことにはしません」


長い沈黙。


やがて、

扉の向こうから、微かな気配が揺れた。


声は、聞こえない。


だが巫女は、

その沈黙を「了承」と受け取った。


深く一礼し、

踵を返す。



翌日。


神殿の動きは、目に見えて変わった。


聖別工程は一時停止。

倉庫の管理は複数人制へ。

判断は、必ず二段階で行う。


どれも地味で、

劇的な改革ではない。


だが――

「止まる」という選択だった。



巫女は、窓辺に立ち、

境界の街を見下ろす。


人は行き交い、

何事もなかったかのように日常が続く。


(それでも)


胸の奥で、静かに思う。


(もう、神託だけでは足りない)


神は沈黙した。


だがそれは、

人に考えることを許したということでもある。


巫女は、そっと目を閉じた。


境界で動いている者たちの顔が、

脳裏をよぎる。


――判断してしまう者たち。


神殿は、

彼らを止める場所ではない。


ただ、

見誤らないために立ち止まる。


その選択を、

今は信じるしかなかった。



神殿は裁かなかった。


だが、

何も変わらなかったわけではない。


静かな変化は、

すでに始まっていた。


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