第13章 夜明け前、影だけが残る
第13章 夜明け前、影だけが残る
空が、わずかに白み始めていた。
鳥の声はまだない。
境界の街が、
一日の中で最も「判断を失う」時間。
⸻
「……動いた」
最初に気づいたのは、エリアスだった。
倉庫の裏手。
音を殺した足運びで、人影が現れる。
一人、二人――
いや、三……四人。
「運び屋だな」
セリウスが低く言う。
「武装は軽い。
戦う気はない」
「“通す”だけですね」
リュシアが即座に続けた。
⸻
影の一人が、封印札に触れる。
破らない。
剥がさない。
わずかに位置をずらすだけ。
「……“触れていない”扱いか」
エリアスが息を詰める。
扉が音もなく開き、
箱が一つだけ運び出される。
選別されている。
価値の高いものだけを。
「医療資材だ」
「足りない状態を、
“維持”するためですね」
リュシアの声は冷静だった。
⸻
次の瞬間。
影は、散った。
合図もなく、
四方へ。
「追うな!」
セリウスの制止が入る。
「今動けば、
こちらの存在を確定させる」
正しい判断だった。
だが――
悔しさが残る。
⸻
夜明け。
倉庫は、静まり返っていた。
封印札は元の位置。
箱の数も、帳簿通り。
「……何も起きてない」
エリアスが呟く。
「ええ」
リュシアは頷く。
「だからこそ、
“内部と外部の両方”が関わっています」
「完全に、
仕組まれた通過です」
⸻
そこへ、足音。
「……ここまでです」
エルマスだった。
一晩中、
倉庫の影に立っていた顔だ。
「神殿としては、
これ以上は追えません」
「ですが」
一拍置き、続ける。
「責任者として――
私個人なら、動けます」
エリアスは、思わず彼を見る。
「そこまで……」
「判断を止めた結果が、
これです」
エルマスの声は静かだった。
「今度は、
止めません」
⸻
その夜。
宿の裏手。
人目につかない細い通路に、影が落ちた。
「……セリウス殿下」
低く、抑えた声。
エリアスが反射的に身構える。
「誰だ?」
影の中から現れた男は、三十代半ば。
地味な装いだが、立ち姿に隙がない。
男はまず、セリウスにだけ深く一礼した。
「遅くなりました」
「監視を避ける必要がありましたので」
「ご苦労、ヴァロ」
セリウスは短く答える。
そのやり取りに、
エリアスは一瞬、言葉を失った。
(……殿下?)
横を見ると、
リュシアもわずかに視線を逸らしている。
男――ヴァロは、
そこで初めて二人へ向き直った。
深すぎず、浅すぎない礼。
「初めてお目にかかります」
「私はヴァロ」
「セリウス殿下の随行を務めております」
「現在は、
非公式の補佐役です」
エリアスは、思わずセリウスを見る。
「……え?」
「説明は後で」
セリウスが言った。
「今は、
情報を聞こう」
⸻
ヴァロは、再びセリウスに向き直る。
態度は、完全に変わる。
王族に対する、完璧な礼節。
「殿下」
「境界の運搬人から、
断片的な情報を掴みました」
「今月中に一度だけ、
夜明け前の時間帯に、
非正規の通行が予定されています」
「神殿の動きが、
最も鈍る時間とのことです」
空気が、張り詰めた。
「場所は?」
「まだ特定できておりません」
「ただし」
ヴァロは続ける。
「次は、
聖別倉庫を使わない可能性が高いでしょう」
「監視が集まっていることを、
察しているのでしょう」
⸻
エリアスが、低く息を吐いた。
「……相当、慣れてるな」
「軍属だった者の動きです」
ヴァロは淡々と答える。
「逃げる判断に、
迷いがありません」
セリウスは短く頷いた。
「ありがとう」
「無理はしないで」
「承知しております」
ヴァロは即座に一礼する。
「殿下こそ、
御身を第一に」
その言葉だけは、
補佐役ではなく――
忠臣のものだった。
ヴァロは影に溶ける。
⸻
残された三人。
エリアスが、ゆっくりと口を開いた。
「……説明、いるよな」
セリウスは苦笑する。
「うん」
「たぶん、
全部話す必要がある」
リュシアは、小さくため息をついた。
「……ええ」
「とても」
夜は深い。
だが、
隠されていた立場と立場が、
同じ場所に並び始めていた。
境界で起きたことは、
もう“偶然”ではない。
そう、誰の目にも分かるほどに。




