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境界に立つ者たち  作者: 麻婆豆腐


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第10章 3人の役割

境界の街に、夕暮れが落ちてきた。


昼間の埃が静まり、

通りには料理の匂いが漂い始める。


「今日は、ここまでにしましょう」


そう言って立ち止まったのは、

白と灰を基調とした神官衣の男だった。


「……エルマス?」


リュシアが名前を呼ぶ。


エルマスは小さく頷いた。


「境界に入ったと聞いて、

 様子を見に来ました」


そして――

そこで初めて、セリウスの存在に気づく。


一瞬、空気が引き締まった。


「……お一人、

 増えていますね」


穏やかな声だが、

責任者としての警戒がはっきり滲んでいる。


セリウスは一歩前に出た。


「失礼します」


「帝国アストリアの監察官に仕える者です」


「ここ数日、

 境界を調べている人物の、ですね」


エルマスは即答しなかった。


視線を、

セリウス、リュシア、エリアスへと

静かに巡らせる。


「……なるほど」


「最近、

 境界に動きがあると聞いていました」


「監察官が、

 直接動くほどの案件、ということですか」


探るような言葉だったが、

それ以上は踏み込まない。


「ここは境界です」


エルマスは淡々と続ける。


「名前よりも、

 行動が問われる場所だ」


「承知しています」


セリウスは短く答えた。


エルマスはそれで納得したように、

話を切り替えた。



エルマスが案内したのは、

街の中央から少し外れた宿だった。


看板は古いが、

中は清潔で、灯りも温かい。


「三部屋、空いています」


「別々に使ってください」


「……いいんですか?」


エリアスが聞く。


「境界では、

 一人で考える時間も必要です」


「それに――」


エルマスは一瞬だけ言葉を切った。


「あなた方は、

 それぞれ違う役割を持っている」


説明はしない。

だが、見抜いている目だった。



食堂に並んだ料理は、

素朴だが腹にしっかり溜まるものだった。


焼いた肉。

根菜の煮込み。

硬めのパン。


「うまい……」


エリアスが率直に言う。


店の主人が笑った。


「派手な料理は出せませんがね」


「腹が減ったままじゃ、

 考え事はできませんから」


「考え事?」


「ええ」


主人は鍋をかき混ぜながら言う。


「ここに来る人は、

 みんな何かを抱えてる」


「国とか、神殿とか、

 そういう“大きな話”です」


「でも結局、

 帰るときに覚えてるのは――」


主人は肩をすくめた。


「今日、

 ちゃんと飯を食えたかどうか」


エリアスは、静かに頷いた。


(村と、同じだ)


難しい理屈より、

目の前の暮らし。


それが、この街の考え方なのだ。



食後、三人はそれぞれ部屋へ向かった。


静かな廊下。

木の床が、わずかに軋む。


セリウスが部屋に入ろうとした、その時。


「……殿下」


低い声がかかった。


振り返ると、

廊下の影から一人の男が現れる。


三十五前後。

控えめな装いだが、

立ち姿に無駄がない。


「……ヴァロ」


セリウスは小さく息を吐いた。


「来てたのか」


「ええ」


ヴァロは一礼する。


「無茶はなさらぬように」


「ここは境界です」


「分かってる」


セリウスは苦笑した。


「でも、

 動かないわけにもいかない」


ヴァロは一歩だけ近づく。


「それは、

 あなた一人で背負うことではありません」


「どうか、

 ご自身の立場を忘れないでください」


一瞬の沈黙。


「……了解」


「ほどほどにする」


ヴァロはそれ以上言わず、

影へと戻った。



それぞれの部屋に、夜が落ちる。


エリアスはベッドに腰を下ろし、

今日一日を思い返していた。


国。

神殿。

境界。


そして、

飯を食わせる宿の主人の言葉。


(……難しいことは分からない)


(でも)


(誰が困ってるかは、分かる)


それでいい。


三人は別々の部屋にいながら、

同じ夜を過ごしていた。


役割は違う。


だが――

進む方向は、もう揃っている。


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