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第九章:桜道
駐車場に戻ると、結衣がすでに車に乗っていた。
「お父さん、遅い! どこ行ってたん?」
「ちょっと、桜見てた」
彩花が運転席から笑った。
「春やもんね。懐かしい気持ちになるわ。
私も学生の頃、桜の下で好きな人と待ち合わせしたことあったな」
淳也は助手席に座り、シートベルトを締めた。
「そうなん?」
「うん。でも、結局すれ違って……まあ、昔の話やけど」
彩花は軽く笑って、車を発進させた。
窓の外に、桜並木が流れていく。
結衣は後部座席で、
試合の興奮をまだ引きずって友達に送る文を打っている。
淳也は掌を開いた。
幸恵の指先の温もりが、まだ残っているような気がした。
胸の奥で、不燃花がまた少しだけ焦げた匂いを放った。
でも、今度はそれが痛くはなかった。
家族の笑い声が、車の中に満ちている。
幸恵は、もうすぐ近くにいる。
同じ街で、違う道を歩いている。
それでいいと思った。
それが、大人としての答えだと思った。




