第二章:言葉にできなかった想い
夏休みの半ば、
幸恵の家に初めて行った。
安威の古い一軒家で、
庭に小さな畑があった。
お母さんが冷たい麦茶を出してくれて、
縁側で二人で飲んだ。
「淳也くん、将来何になりたいん?」
幸恵が突然聞いた。
僕は考えたこともなかった。
「わからん……普通に会社員とか?」
「私は看護師。
人の痛みがわかる人になりたいんや」
幸恵の声は真剣だった。
その時、彼女がお父さんの転勤の話を少し漏らした。
「お父さん、仕事でよく移動するから、
私も小さい頃から何回か引っ越したことあるねん。
でも、安威は一番好きかも」
その言葉に、僕は少し不安を覚えたけど、
深く考えなかった。
とある雨の日。
土手で急に雨が降ってきて、
近くの橋の下に駆け込んだ。
濡れた制服が肌に張りついて、
幸恵の肩が触れた。
「淳也くん……好きやで」
幸恵が小さな声で言った。
雨の音が大きくて、聞き間違いかと思った。
僕は固まって、何も返せなかった。
ただ、頷くだけ。
その夜、家に帰って鏡の前で何度も練習した。
「僕も好きや」って。
でも、次の日に会った時、言えなかった。
幸恵はいつも通り笑っていたけど、
僕は自分を責めた。
夏の終わり、
安威の河川敷で小さな花火大会があった。
家族連れで賑わう中、
僕らは少し離れた場所に座った。
花火の光が幸恵の顔を照らし、
煙の匂いが混じる。
「綺麗やな……でも、ちょっと寂しい」
幸恵が呟いた。
僕の手が、彼女の手を探した。
でも、触れられなかった。




