第一章:夏の匂い
2005年の大阪府茨木市安威。
蝉の声が容赦なく響く夏の日、
教室の窓から見える田んぼが、
熱波で揺れている。
授業中もぼんやりと外を眺めてばかりで、
中学二年生になった淳也は、
先生に何度か名前を呼ばれた。
幸恵は隣の席に転校してきたのは、
春の終わり頃だった。
髪をポニーテールにまとめ、
制服のスカートを少し短く折って、
笑うと八重歯がちらりと見える。
クラスではすぐに人気者になった。
明るくて、誰にでも優しい。
でも、僕には特別に話しかけてくるようになったのは、
理科の授業がきっかけだった。
「淳也くん、これ知ってる?
不燃花って、火つけても燃えへん花なんやって」
先生が黒板に描いた小さな白い花を指さして、
幸恵が小声で言った。
僕はただ頷いたけど、
心臓が少し速くなった。
それから、休み時間に少しずつ話すようになった。
放課後、川沿いの土手で会うようになったのは、
夏休み直前だった。
最初は偶然。
僕が自転車で帰る途中に、
幸恵が一人で座っているのを見かけた。
「ここ、涼しいやろ?
一緒に座ろ」
幸恵はそう言って、笑った。
僕らは土手に並んで座り、
川の流れを眺めた。
向こう岸の田んぼが夕陽に染まり、
遠くで子供たちの声が聞こえる。
言葉は少なかったけど、
それが心地よかった。
幸恵の横顔を見ているだけで、
胸が温かくなった。
夏休みに入って、毎日土手で会った。
不燃花を探して歩き回ったり、
小石を川に投げてどれだけ遠くまで飛ばせるか競ったり。
幸恵はいつも小さなビニール袋に、
お母さんが作ったおにぎりを持ってきてくれた。
「淳也くん、食べて。
梅干し入ってるよ」
ある日、ようやく本物の不燃花を見つけた。
白くて小さな花で、触ると少し硬い。
僕らはマッチを取り出して、火をつけてみた。
火が花びらを舐めるけど、燃え広がらない。
ただ、かすかに焦げた匂いがした。
「ほんまや……不思議やな」
幸恵の目が輝いた。
「ずっと残るんやね、この花」
その言葉が、なぜか胸に深く刺さった。
あの夏は永遠に続くような気がしていた。




